13.鋼材不足と製鉄所
1685年4月28日
鉄道の建設を指示したはいいが、ここで大きな問題が浮上した。
鉄が足りないのだ。
鉄道の建設には大量の鉄を必要とする。
今回使用するレールは1mあたり50kgの鉄を使うが、これが複線で60kmともなると1万2000tもの大量の鉄が必要となる。
この世界は工作精度などが思ったよりも良かったことから、鉄の生産量もある程度の量はあるものと考えていたがそれほどでもなかったらしい。
鉄は社会を支える上で最も重要な金属であり、その粗鋼生産量は国の国力を表すものとされているほどだ。
既に鉄道建設のための鉄不足から値段が高騰してきており、このままでは建設費の上昇と民需の圧迫は避けられない。
だが、製鉄所を新設すると鉄道建設のための資金を潰してしまうことになる。
広大な領地を持つ伯爵家とは言え貯蓄にも限りがあるのだ。
どちらを優先させるか頭の中で天秤に掛けてみて、俺はため息をついた。
鉄道建設はいち早く進めたかったが仕方あるまい、先に製鉄所を優先しよう。
製鉄には幾つかの方法があるが、今回は高炉法を採用する。
高炉法による製鉄は16世紀頃にドイツからヨーロッパに広がったとされており、この世界でも既に実用化はされている。
だが、どれも水車による送風に頼った小型のものであり現代の高炉とその生産量は比べるまでもない。
そこで、今回はコークスと蒸気機関による送風を用いることによって生産量の大幅な増加を目指すことにする。
今回の製鉄所の建設計画を説明しよう。
最も重要な高炉については高さ20mとし、日産40tを目指す。
製鉄に必要なコークスを供給するために石炭の乾留炉を、また製鉄効率を上げるために熱風炉も建設する。
乾留の過程での副産物であるコールタールは有機化合物の集まりであり、使えるのでタンクを建てて保管しておく。
高炉法による製鉄では炭素やリン、硫黄などの不純物が多く含まれる。
鉄に含まれる炭素が多ければ鉄は硬くなるが、同時に脆くなってしまう。
高炉から出てきた鉄は必要以上に炭素が含まれたもので銑鉄と呼ばれている。
この銑鉄から炭素やその他不純物を取り除くために今度は転炉も必要となる。
転炉は塩基性炉材を用いたトーマス転炉とし、リンや硫黄をより完全に取り除けるようにする。
ベッセマー転炉は耐火物がリン酸などで構成されており、製造は簡単なのだが高温で操業するとリンや硫黄が残ってしまう。
こうして転炉を出て余分な炭素や不純物を取り除かれた鉄は圧延され鉄鋼となるのだ。
製鉄の過程では高炉からは高炉ガスが、乾留炉からは石炭ガスが噴出する。
これらのガスは可燃性なのでこれを有効利用しない理由はない。
そこで、ガスを燃やすことによる火力発電所も同時に設置する。
この火力発電所で発電された電気は工場内で使われたり、工場の周辺に供給される。
火力発電は水管ボイラーと蒸気タービンを組み合わせた形式のもので、廃熱を利用して給湯も行う。
このお湯を使って銭湯も併設するつもりだ。
日本が誇るお風呂文化をこの世界でも広めるのだ!
この製鉄所でつくった鉄は暫くの間はそのまま鉄道のレールに加工して建設再開まで保管しておく。
急激に鉄の供給量が増えると市場が値崩れして生活に困る人もいるしね。
この間は鉄を売ることによる資金稼ぎは出来ないが、他にも金儲けの手段はある。
そう、電気が使えるならね・・・。
以前述べたようにこの世界で紙は貴重だ。
木から作られる紙は質が悪く、羊皮紙が主に使われている。
今回、私はここに目を付けた。
現代の製紙産業は木材からパルプを作る際に水酸化ナトリウムを用いている。
そして、水酸化ナトリウムは食塩水を電気分解することで得られる物質なのだ。
さらに、その際に発生する塩素はパルプの漂白に使うことが出来る。
つまり、電気があれば白くて柔らかい高品質な紙を作ることが出来るのだ。
紙の生産量が少なく、質が悪いこの世界で高品質な紙は少々高くても飛ぶように売れるだろう。
これが資金捻出のために考え出した金策である。
その金策が果たしてうまくいくかは兎も角、鉄道建設を一度中断しての製鉄所建設が決まったのであった。