11.蒸気機関と水管ボイラー
1685年4月1日
条例の施行の為の雑事や元々滞っていた業務の片付けに追われている間に4月になった。
今日から件の条例が施行され、現代知識を使う環境が整った。
というわけで早速ワッフェ鉄工所へ向かうことにする。
鉄工所に着き、工場主であるワッフェと会うと世間話もそこそこに話を切りだした。
「ワッフェさん、今日より施行される特定秘密保護条例についてご存じですかな?」
「ええ、何でも特定秘密に指定された物の情報を漏らすと罪に問われるそうで・・・。」
「その通りです。実はあなた方につくってもらいたい物があるのです。
これからの社会を大きく変化させるほど重要なもので、製作に精度が必要となる代物です。
ここから先は特定秘密となるので言えませんが、この話受けて貰えませんか?」
「私どもが伯爵様の頼みを断れる訳がないでしょう。
それに、作るのが難しい物ほど職人魂に火がつくってもんですよ。
その話、うちでやらせてください。」
「その言葉を待っていました。
もう一度言いますが、ここから先は特定秘密となるので漏洩の無いように。
今回開発をお願いするのは蒸気機関というものです。
水は水蒸気になると体積が約2千倍以上にもなります。
つまり、密閉した容器内で水を沸騰させると・・・」
「内部の圧力が高まる、というわけですな。」
「その通りです。
この圧力というのは結構馬鹿にできないもので、この力を使えば重い物を動かすこともできると考えています。
ちょっと、絵を描いてみましょう。」
事務棟を出て木の枝を持って地面に簡単な図を書く。
この時代、紙は存在するが非常に高価で質も悪い。
「この円を水を貯めておくタンク、四角を水を水蒸気にするボイラーとします。
ボイラーは細い金属の管で構成されていて加熱されています。
この金属の管を水管と言いますが、その中を水が通るうちに加熱され水蒸気となるのです。」
このようなボイラーは水管ボイラーと呼ばれ、現代でも数多く使われている形式の物だ。
「ちょっと待ってくれ、ボイラーとやらは説明のように細い金属の管で構成されたものじゃないと駄目なのか?
普通に鍋のようなものでお湯を沸かしても良いんじゃないか?
この水管とやらを作るとなると多くの手間と時間がかかるし、それに伴って費用も嵩むぞ?」
「確かにその通りです。ですが、この構造には理由があるのです。
この構造は表面積を大きくすることで、熱源から熱を効率的に受け取らせているのです。
表面積の大きい方が時間当たりに受け取れる熱量が大きくなります。
燃料は常に燃やされていますから、短時間で多くの熱を受け取れるほうがより多くの蒸気を得ることができるのです。
これは機関の効率に大きく関わってくることになります。
それでは、説明を続けます。
このボイラーで発生した水蒸気はシリンダーに入ります。
このシリンダーは金属の筒と稼働するピストンから構成されています。
シリンダーに入った蒸気は圧力を下げようとしてピストンを持ち上げ、このときのピストンの動きを動力として取り出します。
この動力はそのままだと単純な上下運動ですが、クランク機構を介すると回転運動にもする事ができます。
ピストンを動かした蒸気は弁を通じて排出されます。
排出された蒸気は今度は直径を変えたシリンダーに再び送り込まれ、そのエネルギーを余すとこなくピストンに伝えます。
最後のシリンダーを出た蒸気は今度は復水器という機構に送り込まれます。
これは蒸気が通る管の周りを水で満たした構造をしていて、ここで蒸気は水に戻ります。
蒸気を水に戻すことでその収縮するときの圧力、負圧が生まれることでより多くの水蒸気をボイラーから引き込むことができるのです。
復水器で使った冷却水は熱を貰ってお湯になっていますからこれを使って給湯などもできます。
これが蒸気機関と言うものです。」
「話を聞くに蒸気機関とは素晴らしい物のようですな。
加工精度も必要でしょうが、それでこそやり甲斐があるというものです。
大急ぎで取りかからせてもらいましょう。
このような話をうちに持ってきていただきありがとうございます、伯爵。」
「いえいえ、こちらこそ引き受けて貰えて何よりですよ。
開発途中でかかった費用は必要なときに請求してください。
それではお願いしますね。」
このようなやり取りをして俺はワッフェ鉄工所を後にした。
蒸気機関の完成が楽しみだ。