【友達・1】
あおいは考えていた。周囲で他の生徒達の話し声が心地よく聞こえる中で、彼女は思わず自分の世界に入り込んでいた。
あの足音。アレは人ではないのだろうか。そもそも、本当にあの時、あそこに誰かがいたの?
でも、白い杖を取ってくれたり、引っ手繰られたあたしの鞄を取り戻してくれた誰かはいたのだろう。
でも…… あれは、耳から聞こえた声ではなかった。まるで心の中を通って、頭で響くような不思議な声。
「あ・お・い」
「圭子?」
山下圭子が、あおいに近づいて声をかけた。彼女は小学校からの友人で、いつも近くであおいを支えてくれる。
あおいは盲学校でなく、普通の中学に通っている。小学校もそうだった。
近くに盲学校が無いせいもあるが、この地域の学校が彼女を受け入れてくれた事が一番の理由かもしれない。
そのかわり、黒板を見ることが出来ないので、彼女は携帯のメモリレコーダーに授業の音声を録音する。
もちろん、一番困るのがテストで、彼女には点字に変換した問題用紙が渡される。それを手の空いている教員が口頭であおいの回答を聞き、書き込む事で解決していた。
休み時間、彼女は校庭へ出るのが好きだった。
色々な声、音、風の匂い。それらを感じているだけでも、自分まで元気に走り回っているような気分になる。
今も昼休み中、校庭の片隅のベンチに座っていた所を、圭子が見つけて声を掛けてきたのだ。
「どうしたの? 難しい顔しちゃって」
圭子が、あおいの肩をポンッと叩いて言った。
「えっ、ううん。なんでも」
あおいはそう言って首を横に振ってから
「ねぇ、圭子。ちょっと、あたしの前にしゃがんでみて」
「何? どうしたの?」
「いいから」
圭子は、ベンチに腰掛けたあおいの正面にしゃがむと「しゃがんだよ」
「もう少し離れて」
「えっ、あたしとの距離わかるの?」
「息づかいが聞こえるもの」
「えぇっ…… あたし、そんなに鼻息荒い?」
あおいは思わず笑って
「そうじゃないよ」
あおいは気配と息使いなどで、他人との距離をある程度見切る事が出来る。
それは、電車やバスに乗った時、むやみに隣の人とぶつからない為に自然に身に付いたものだ。
圭子はしゃがんだままの姿勢で、ずりずりと後ろへ下がった。
あおいが感じる圭子の気配も次第に遠ざかって行く。
「どう?」
「それで、あたしからどれぐらい?」
「二メートルってところかな」
あおいはじっと、圭子の気配をさぐる。
「ねぇ、何なの。これ」
「うん。ちょっと」
そう言って、あおいは再び笑ってみせると
「ありがとう。もういいよ」
「もう…… 何? 教えて」
圭子があおいにじゃれ付くように抱きついた。
「何でもないのよ」
あおいは、圭子に身体を揺らされながら言った。
やっぱり何か違う。
あおいは、昨日自分を助けてくれた人がしゃがんでいたのかな。などと思ったのだが、それとも何となく違った。
そもそも低い位置のまま、あの気配は素早く立ち去ったのだ。