1話 再びの始まり
この地の向こう 1.5章
序幕
あまりの、自然災害に恐れをなした、かつての人々は国を空中に上げてしまった。
隕石の落下、火山の噴火、大地震、大津波、おかしな天気たち。大雨だったり、大雪だったり、ひどい強風だったり、雨が降らなかったりと、とにかく農作物や植物や自然の動物達は大いなる被害を受けた。人も例外ではない。多くの人が亡くなる毎日が何年は続いた。それが一つの場所ならまだしも、四方方々で災害が起こっているため、復旧の時間さえも与えてはくれなかった。
とにかく、全ての土地はともかく、人だけでも安全なところへ異動しようと国を空に上げようと声が上がったことから始まった。あれこれ、あれこれ、長い長い議論が行なわれた。
その間に、いくつか沈んだり、逆に海から出現する地面があった。そのたびに会議が開かれ、名前や主有民族が国によって決められ、地方になったりした。
そして、最終的に空に浮かべることになった国は海からの直立飛行に成功し、強風などを避けながら動いている。ノアの箱舟のようだと表現した人もいたが、どちらかといえば、空中庭園に近い。
地上にいた、ほとんどの地方の住人はゆっくりと時間をかけ、地方から国へ移動していった。しかし、住人の中にはこの地を離れないという者も現われ、それは本人達の意見が尊重された。
そして、離れていた小さかったり、大きかったりした地方と言われる土地たちはどんどんくっつき、大きな大陸になってしまった。もちろん、原因は様々だが。それでも、地方に残っている人々が少ないせいか、特に大きな混乱もなく、時間がただただ、流れた。
言語は段々、似たようなものになり、それでも、独自の文化はなぜか保護されながらあり続けた。
携帯は腕に巻くものになったがメール機能はあり続けた。パソコンもテレビもどんどん薄くなっていた。交通機関も徐々に自然にやさしくなるようにと変化していった。
優秀な人材も高額で取引される時代になっていた。しかし、当然、全員がそうであるわけではないので、そうでない者はどこの会社にも入れないという大いなる差が生まれていた。
食べ物も得られない者たちは自分達で作る道を選び、他の地を求めて動き、この地は完全なる人手不足になっていた。
そこで、ロボットが急激に開発され、人を手助けするタイプから、人にそっくりなものまで作り出された。
その結果、人口よりロボットの方が多い地方もあるくらいにまでなった。ロボットにも権利をと、国で長い時間をかけて議論されロボット用の法律も出来た。それにより、人とロボットとの結婚も認められ、一緒に焼かれることを望んだロボットも多くいた。それ以外にロボットの停止が出来ないという背景もあったのだが。
酋長の誕生
壊れても修理ができる者がいなかたせいか、地方にしては珍しくここは人だけで構成されていた。そんな森の多くでの出来事だった。
「この子が次の酋長だ」
と、子供を抱きかかえた村人は、多くの人数がいた群衆の前で高らかに言った。
この国では(まだ国だったころ)、前の酋長が亡くなった年の最初に産まれた子供が酋長になるという習慣を持っていた。それは、前の酋長が老衰でも事故か、他の何かで亡くなっても同じ事だった。
酋長と認定された子供は、男の子でも女の子でも同じように扱われていた。親元から離され、他の場所で育てられるため、その年の母親たちは自分の子供が生まれたことを隠したがった。誰か、認定されればもう変わることがない。なので、後から酋長よりも大きい子供が出現することはよくあった。
しかし、この年、母親トピは子供を産んで死んでしまい、隠すことができなかった。そして、その子供が酋長とされた。
酋長の認定の儀式は、この村の奥の森のさらに奥にある洞窟で行われ、村人の全員が参加していた。一番奥にある水に前の酋長の骨を沈め、新しい酋長の体を清めるという行事だった。そして、酋長が洞穴から抱きかかられて出てきたときに大きな地震が起こった。
まだ、何人かは洞穴の中におり、そのまま埋まった。とりあえず、なにか道具を持ってこようと村人たちは慌てて村に戻った。
しかし、彼らの足はすぐに止まった。しばらくなにも、誰も言わなかったのは誰もが目の前の光景を信じられずにいたせいなのかもしれない。
村の半分がなかった。
さっきの大きな地震で、地盤がゆがみ、大きな亀裂が入り、村の半分が海の中に消えていた。家も、土地もなかった。呆然とする村人たちの前に影が現れた。見上げると、そこに、浮かんでいたのは国だった。それ以来、ここは地方の一つになった。
いつのころからか、村人は国にいる村人を裏切り者と言い、戦いが始まった。そして、それは今でも続いているのだった。
発表
「臨時ニュースの発表です。長年、国と地方とで分断された村人同士の闘争が行われている、ロスト地方ですが、新しい文書が見つかったとのことです。長い闘争に決着がつくような内容だという話も出ており、事実確認が行われたうち、発表されるということです。では次に……。」
この発表が行われたことを、最初に知っていたのは一人だけだった。慌てて、村に帰って酋長に話した。
「まずいな。」
「ああ。発表されては困る。薬はどうなってるんだ?」
「まだ、飲み薬に放っていませんが、投与はできます。」
「じゃ、もってこい。」
「わかりました。」
薬の完成
「反対ぃぃぃ!絶対にダメだってば!」
一人で大反対しているのは、ライズだった。
「まぁ、確かに、こんなに早く難病が解明できるとは思わなかったわ。どうせならおばあちゃんが生きているときに作ってくれれば良かったのに。」
と、同じ研究室にいたルイも腕を組んだ。
ここはシェーマン地方にある学校の大学院の研究室の一室だった。
三つ子の長男のリードと、同級生のセンリたちが他の仲間とともに、共同で研究しているところだ。その成果が出て、それを聞きつけたリードの弟のライズと、同じく同級生のルカが会いに来たところだった。
「とにかく、ミレのところへ行ってみよう。」
と、リードが言い出し、センリを含む四人で出かけることになった。
「リト、留守番を頼む。」
リードは研究仲間に声をかけた。
「わかった。」
あれから三年の歳月が過ぎていた。
もうエーアイキラーによって損傷を受けた機械たちはほぼ完全に回復している。
リードはセンリと学校に残り、センリの妹、リザのレファンド病という病気の回復薬を作ることに専念していた。このたび、一応完成したのだが……。
ファルト地方へ
ファルトという地方は、人間とロボットのための村で、他の村から追われるように出てくる人が多い。そのせいか、比較的、ひっそりとした小さな村だった。子供もいても、養子だったりして、ほとんどいなかった。
自然と、この村に来る者も少ない。そんななか。
「ミレー。ただいまー。」
車から、ライズが大声を出して、手を振って見せた。車での移動は歩くのと比べなくても断然早いものだった。
「あら、みんな、どうしたの?」
庭にいたミレは急に現れた、たくさんの訪問者に目を丸くした。
「ひさしぶりね。」
と、ルイはにっこりと笑った。
「ルイ、元気だった?」
「もちろんよ。」
「兄さん達も、センリも来てくれたのね。」
「うん…。」
と、センリはあいまいに返事をした。
「どうしたの?センリ、元気が無いようだけど。」
「いや…その…。」
「詳しい話は後だ。リザはいるか?」
リードがさっそく聞いた。
「リザならスーハーの森に行っているわ。待っていてくれれば帰ってくるけど。」
と、ミレは少々とまどったように言った。
「ご両親は?」
センリが聞いた。
「いるけど?」
「そう…。」
「会いたいんだ。」
と、リードがしっかりと言った。
「いいけど……こっちよ。」
ミレの家の中は前回に来たときとあまり変わっていなかった。木の机に椅子、ミレの母親のメルは畑にいた。父親のラファンは動物の世話をしていた。
「始めまして。ミレの兄のリードといいます。いつもライズがお世話になっています。」
と、リードはぺこりと頭を下げた。リードがここに来るのは三年ぶりだった。そして、そのとき、リードとセンリはミレの両親に一度も会ったことがなかった。今回が初めてだ。
「まぁ、本当にミレに似ているのねぇ…。」
メルは三人を見比べて言った。
「こっちは、センリ。リザの兄です。」
センリも、礼をした。
「リザがお世話になっています。」
「あら、あなたが。リザも喜ぶわ。」
と、メルはにこにこ笑った。このロボットの母親は、詳しい話をミレから聞かされているようだ。リザも養女としてこの家にきている。病気のせいで、毎日自分のことを忘れていく母親が、育てていく自信を失ったせいだ。実の兄である、センリでさえ、リザは一日たてば忘れてしまうのだ。
ここに、リザがいるのは、この家族の三人が唯一覚えていられる人たちだからだ。
「それで、今日は私に何の用かな?」
外の動物の世話から戻ったラファンが言った。
「実は、リザの病気のレファンド病を治す治療法が見つかったんです。」
と、リードが切り出した。
「ホントに?」
ミレは目を大きくして言った。
「ホントよ。でもねぇ…。」
ルイはためらった。
「でも?」
「問題があるんだ。」
と、センリはしぶしぶ言った。
「問題?」
「ああ。とりあえず、私とセンリは螺旋の研究から行なった。通常の場合とどこが違っているのか。で、場所はわかった。どうして、そうなるのかはまだわかっていないが、直す方法は見つめた。ところが、普通は薬が出来たら、動物実験するんだが動物をレファンド病状態にすると、死んでしまうんだ。」
「死んでしまう?だって、リザは生きているわよ。」
「いや、人の場合がめずらしいんだ。やるべきことを忘れて生きていける動物は今のところ、人間以外、見つからない。」
と、リードは言った。
「だから?」
「病気は治るが、そのあと、どうなるか全然予想が出来ないんだ。」
と、センリが変わって言った。
「予想できない?」
「つまり、直って、なにかを覚えていられるようになっても、私たちのことを覚えているかわからないってことだな。病気の前までの記憶まで戻ってしまって、今までの記憶が全部消えてしまうかもしれない。他にも、記憶ができるようになったら、今までみたいに、なにか特別な部分だけ正確に覚えていることもなくなるかもしれないということだな。」
ラファンがまとめて言った。
「そうなんです。直ることは確かなんですが、その後、どうなるかわからないんです。」
無言の時間が流れた。
「ただいまー。」
明るい声が聞こえた。
「リザ。おかえり。」
と、母親のメルは無意識のうちに返事をしていた。
「ただいまって誰?…ミレと同じ顔だー。」
リザは驚いたように言った。こんなにたくさんの人がいるとは思っていなかったのだろう。
「ライズと、そのお兄さんのリードと、その友達のセンリとルイよ。」
「よろしくー。」
リザはにっこりと笑った。やっぱり人懐っこいところは変わっていなかった。
「これ、おみやげ。」
リザの手には魚がいた。かなり大きい。
「あら、今日は魚料理ね。」
と、メルが立ち上がった。
「今日は、みんな泊まっていってくでしょう?」
「あ、いえ、私は帰ります。」
と、ルイは言った。
「そうなの?」
「ええ。ちょっとリザの顔を久しぶりに見に来ただけだから。私はこれで、あ、送らなくていいわ。」
と、立ち上がった全員に言った。
「じゃあね。」
ルイは自分の車で去っていった。
「この魚はローフ湖でー?」
と、切れ身になった魚を食べながらライズが言った。
「ローフ湖?」
センリが聞いた。つい、リードのほうを見つめてしまう。答えが出てくるのがわかっているかのように。リードは相変わらず、木の椅子にびくびくしながら浅く座りつつも説明した。
「正式にはロントフミラ湖というんだ。最後にくっついた地方との間にできた湖のことだ。スーハーの森と、しかし、魚がいるのか?」
「うん。入れたら増えたらしいの。」
と、ミレが言った。
「入れたら?」
「水質調査の結果ー、あの湖の周りにあるー草がえさになるみたいなんだ。で、入れてみたら、敵がいなくて増えたー。」
「勝手に増やしていいのかい?」
と、聞いていたラファンは聞いた。
「食料用だからいいんですよー。国の了解も得たしー。」
と、ライズが言った。
ピピピピピピピピピピピピピ・・・。
突然、音が鳴り、静まり返った。
「あ、私だ。」
リードが腕にしている時計を見ていった。
「ちょっと、失礼。」
と、リードは席を立った。
「あれ、何?」
と、リザが聞いた。
「電話だよ。」
「それもー、緊急みたいねー。」
と、ライズも言った。
「緊急?」
「うん。兄さんにー、あーやって食事中にかかってくるのはー、緊急の時だけー。」
「そうなの?」
「うん。リードに電話がかかってくることは滅多に……。」
そこまで、センリが言いかけたときである。リードが慌てて戻ってきた。
「大変だ!リトが薬を持ち出したらしい!」
「薬って……あの?」
「あの!だ!申し訳ないが、ミレ、私たちは大学に戻る!ライズ、お前は?」
「一緒に行くよー。」
三人は慌てて食事も途中で去っていった。




