竜と笛吹き
これは昔々とある村のお話です。
その村は山に囲まれて、自然にあふれていて、のどかで平和な村でした。
ところがある時、遠くの山から竜がやってきました。
竜の身体は、森の木々よりも大きいです。
牙や爪は鋭く、その木々を引き裂いてしまい、村を暴れ回りました。
竜は言いました。
「俺は人間が大嫌いだ。この腹を見ろ」
そう言って竜は腹を見せました。
その竜の腹には大きなキズがありました。
「人間にやられたキズだ。このキズがうずくたびに、暴れずにはいられなくなるんだ」
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竜は山の洞窟に棲つき、時折村にやってきて、暴れるようになりました。
このままでは、村は竜に滅ぼされてしまいます。
ですが、村に竜と戦えるような人間はいませんでした。
村の人は困り果てました。
そんな時に、ある旅人が村へやってきました。
その旅人は笛を持っていて、村のはずれで笛を吹きました。
笛の音色はとても澄んでいて、心が洗われるような演奏でした。
旅人が笛を奏でていると竜がやってきました。
竜が暴れるのでは。
村の人達は恐怖に怯えました。
ですが、旅人は笛を吹き続けました。
竜は暴れることなく笛の演奏を聞き入れました。
やがて演奏が終わると、竜は山へ帰ってきました。
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その様子を見ていた村の人達は旅人に「その笛で竜の怒りを鎮めてください」と頼み込みました。
旅人は「できるかぎりのことをしましょう」と引き受けてくれました。
若者は竜の棲んでいる洞窟に行き、竜の前で笛を吹きました。
旅人が笛を吹いている間、竜は大人しくじっと聞いていました。
演奏が終わると、竜はこう言いました。
「また笛を聞かせろ。そうすれば村では暴れないでいてやる」
それから、旅人は時折洞窟へ行き、竜のために笛を吹きました。
竜は約束通り村で暴れることはなくなりました。
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ある日、村の少年が旅人のもとにやってきて、お願いをしました。
「笛の吹き方、教えて」
旅人は驚いて聞き返しました。
「どうして笛を吹きたいのかい?」
「竜をやっつけたい」
少年がそう答えると、旅人は少し困りましたが優しく言いました。
「笛は竜をやっつけるために吹くんじゃないんだよ。竜と話をするために吹くんだよ」
そう言って、旅人は少年に笛を吹きました。
それから少年は毎日若者のもとへやってきて笛の吹き方を教えてもらうようになりました。
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それからしばらくして旅人はベッドに寝込むようになりました。
村の流行り病にかかってしまったのです。
村の人達は困りました。
旅人が笛を吹かなければ竜は村で暴れてしまうからです。
村の人達は旅人に懇願しました。
「病気でつらいのはわかっていますが、どうか笛を吹いて竜の怒りを鎮めてください」
それを聞いていた少年は反対しました。
「病気なのに笛を吹いたら死んじゃうよ」
「彼が吹かなければ我々が死ぬ」
旅人はベッドから起き上がって、竜のいる洞窟へ向かいました。
少年は旅人の後を追いかけて洞窟へ入りました。
そこで少年は旅人の笛の演奏を聞きました。
その音色はとても美しく少年はただじっと立ち尽くして聞き入りました。
竜も同じように大人しく聞いていました。
やがて演奏が終わると、旅人は気づき、笛を渡しました。
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竜は村にやってきました。
ですが、笛を吹いてくれる旅人はもういません。竜が怒り狂って暴れて、もう村はもう終わりだ、と村の人達は思いました。
その時、旅人から笛をもらった少年は、その笛を吹きました。
笛の音を聞いた竜は暴れるのをやめました。
「ヘタクソ」
竜は少年にそう言いました。
ですが、竜はこうも言いました。
「もう一度吹いてみせろ。あいつのように吹くことができれば暴れないでやる」
竜は村から出ていきました。
それから少年は毎日竜のいる洞窟へ行き、笛を吹きました。
竜は吹き終わるたびに竜は「ヘタクソ」と言いました。
ですが、少年はあきらめずに竜の前で笛を吹き続きました。
あの旅人のように吹きたい。少年はその一念で吹き続けました。
竜は村を襲うことはありませんでした。
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やがて月日がたち、少年は青年と呼べるほどに成長しました。
ですが、どんなに笛の演奏が上手になっても、竜からは「ヘタクソ」と言われました。
ある日、村に剣士がやってきました。
剣士は竜を探して旅をしていると話しました。
剣士は村が竜に襲われていると聞いて、その竜を退治すると言いました。
村の人達は大いに喜びました。
ただ一人、青年だけは竜にこのことをしらせに洞窟へ走りました。
青年は竜に剣士のことを話しました。
話を聞いた竜は何かを悟ったかのように語りだします。
「その剣士はオレに傷をつけた奴だ。俺はその剣士から逃げてきた。そうか。とうとう、ここまでやってきたか」
竜は観念して剣士に斬られる覚悟を決めた。青年はそう感じました。
「今ならまだ逃げられる。山を下りてどこか遠くへ逃げてくれ」
青年は叫びました。
竜は不思議そうに尋ねました。
「何故逃がそうとする? お前は斬られた方が嬉しいんじゃないのか?」
そう聞かれた青年も、どうして竜は逃がそうとしているのか、自分でもわからなかったので考えました。
しばらく考えて答えました。
「オレはまだあなたにヘタクソとしか言われていない。ヘタクソ以外のことを言われるまであなたに笛を聞いてもらいたい」
竜はそれを聞いて鼻息一つ上げました。
「初めてお前と話をした気がする」
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剣士が洞窟にやってきました。
剣士は青年がいることに驚きましたが、すぐに剣を鞘から引き抜いて構えました。
竜は咆哮を上げました。
青年はそれが「危ないからお前は下がっていろ」と言っているように聞こえました。
竜は剣士へ襲いかかりました。
剣士は竜の爪をかわして、剣を振るいました。
その斬撃は雷光のように鮮烈で眩いものでした。直後に竜の悲鳴が雷鳴のように轟きました。
竜は腹を斬りさばかれて、おびただしい量の血が流れました。
勝敗は決しました。
あとは剣士が竜にトドメをさすだけです。
「待ってくれ!」
そこへ青年が割って入りました。
「どうか竜を殺さないでくれ!」
青年の懇願に剣士は戸惑い剣を止めました。
しかし、それは一瞬のこと。
剣士は剣をふりかぶりました。
青年ごと竜を斬るつもりでした。
それでも、青年はどこうとしませんでした。
竜は青年の前に出ました。
剣士は前に出た竜だけを斬りました。
竜は断末魔を上げて倒れました。
青年は竜に向かって笛を吹きました。青年はこれが竜に聞いてもらう最後の演奏なので認めてほしいと願って、精一杯吹きました。
「もういい」
竜は言いました。
そして、最後にこう言いました。
「この角をお前にやる」
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青年は竜の墓にやってきました。
その手に竜の角から作った笛がありました。
青年はその笛を吹きました。その笛の音は竜へと語りかけるような演奏でした。
「オレは旅に出る。あの旅人のように笛が吹けるようになりたい。旅から帰ってきたときにもう一度吹く。その時には認めてほしい」
演奏が終わると竜の墓から去りました。
その竜の墓には、旅人の笛が供えられていました。




