それじゃあ婚約者じゃなくてお茶くみメイドじゃない
名前借りました
「お茶なんて、誰にでも淹れられる」
婚約者ワットが言った。
私アンペアは、いつもワットにお茶を淹れている。
婚約したばかりの頃、美味しいから毎回お茶を淹れろと自分が言ったのに、ワットは忘れているらしい。
学園で、邸で、お茶を淹れる。
学園で見ていた生徒達は「婚約者じゃなくてメイドじゃない」と私を蔑んだ。
侯爵の子息のワットはモテる。
中身は空っぽで浮気者だが、顔と身分が良いからだ。
自分が婚約者に成り代わりたい令嬢達は、ワットに擦り寄り、チヤホヤする。私の悪口を吹き込む。
「お前は地味だ。ただのお茶を淹れるしか能の無いメイドだ!私には華やかなボルトが似合う」
昼食の時間、お茶を淹れる私に、毎回違う令嬢を伴わせて、侯爵家の料理長が作ったランチを食べるワット。
お茶を淹れたら、私は離れて隠れて1人で昼食を食べる。
ワットは、私が一目惚れして婚約をせがんだと思っているみたいだ。
侯爵家が、我が領地で栽培から加工までしている紅茶の茶葉が欲しくて、伯爵家に婚約を打診してきた。
伯爵家の我が家は、侯爵家からの婚約を断れない。
それを知らないワットは、なんと、学園の長期休暇前のパーティーで婚約破棄を宣言した。
「地味なお前より、この華やかなオームの方が私に相応しい!お前とは婚約破棄だ!」
この前と違う人じゃん。
じゃなかった。
「かしこまりました」
私は礼をして、家に帰り、婚約破棄を報告した。
両親は、怒り狂って、侯爵家に乗り込み、浮気したワット有責で婚約破棄と、茶葉の取引停止を求めた。
侯爵夫妻は土下座したが、両親の怒りはおさまらない。
低位の伯爵家だが、今は公爵家の後ろ盾があり、侯爵夫妻は要求を飲むしかなかった。
簡単に、婚約は破棄された。
次の日、伯爵家から婚約を打診された。
今度はまともな人が良いなぁ…
顔合わせのお茶会。
いつもの癖で、お茶を淹れてしまった。
「お茶を淹れてくれるの?」
新しい婚約者ジュールは、嬉しそうに笑った。
私が淹れたお茶を美味しそうに飲む。
「とても美味しいよ」
ウットリと私を見つめるジュールに、私は首を傾げた。
そんなにお茶が美味しかったのかな?
ゆったりお茶を飲んでいると、飼っている柴犬が走ってきた。名前はシヴァ。
ジュールに尻尾を振り、早く撫でで、と見上げている。
ワットには懐かなかったシヴァが、ジュールには懐くなんて…
ワットが来る時は、シヴァを私の部屋に閉じ込めていたけど、ジュールなら大丈夫そう?
「シヴァ」
ジュールは、シヴァを撫でた。
シヴァはお腹を出して撫でられている。
…名前教えたっけ?
「ははは…良い子だ…」
ジュールは、顔中ベロベロ舐められている。
「散歩に行こうか」
ジュールが言うと、シヴァははしゃいだ。
庭を歩くジュールとシヴァ。
私はそれを、ずっと眺めていた。心が温かくなった。
婚約はすぐに決まった。
「お茶が不味い」
ワットは苛立っていた。地味な婚約者と婚約破棄をしてやったのに、家に帰ったら、両親に叱られ、廃嫡された。
弟が跡を継ぐ事になった。
私は侯爵家の嫡男なのに…何故だ?
格下の伯爵家なんてどうでもいいだろう?新しい相手のオームは、侯爵家の令嬢なんだから。
謹慎を言い渡されて私は不満だったが、学園が長期休暇で良かったのかもしれない。
謹慎なんて、他の生徒に知られたら恥ずかしい。
庭でお茶をしたが、いつもと違って美味しくない。
メイドにお茶を淹れなおさせた。
「おい!アンペアを呼べ!」
私はメイドに向かって言った。メイドは、執事にアンペアを呼ぶように言われたと報告した。
「坊ちゃま、何故アンペア様をお呼びになるのですか?」
執事に言われた。
「お茶が飲みたいからだ」
私は当然のように答える。
「アンペア様とは婚約を破棄されました。アンペア様を呼ぶ事などあり得ません」
「はぁ!?私の命令が聞けないのか?」
「坊ちゃまは、伯爵家と侯爵家の顔に泥を塗ったので、廃嫡されましたね。家に置いていただけるだけ、ありがたいと思い、大人しくなさっててください」
執事が慇懃無礼に言ったので怒鳴りつけた。
「父上に言ってクビにしてやる!」
「どうぞ」
父上に言いつけたら、俺の方が、部屋から出るなと言われて閉じ込められた。
執事やメイドの監視付きで。
「やぁ!今日も可愛いね。会えて嬉しいよ」
私は、アンペアの手を取り、指先に口付けをする。
最近決まった婚約者だ。
ずっとずっと、願っていた婚約。
両親に婚約したいと言っていたのに、許可を待つ間に他の家に横取りされた。
彼女が幸せなら、身を引こうと思っていた。それなのに、相手の男は、彼女の優しさにあぐらをかき、浮気までした。
男の様子を見ていたから、婚約破棄するだろう事は分かっていた。
今度こそ、彼女と婚約したい。
両親に頼み込み、婚約破棄の翌日には、彼女に婚約を申し込んだ。
彼女は、私の事を覚えていなかったが、彼女の両親は覚えていてくれて、驚きつつも、歓迎してくれた。
昔、私が婚約を望んでいた事も、覚えていてくれたらしい。
今度こそ、彼女を幸せにしてみせる。
小さい頃、私は命を狙われていて、暴漢に襲われたり、誘拐されそうになったり、終いには、お茶に毒を入れられて、1ヶ月寝込んだ。
お茶を飲めなくなり、食事も無理になり、人前に出れなくなった。
私は、公爵子息だったが、命を守る為に伯爵家で匿われる事になった。
伯爵家の両親は、とても優しかった。お茶は飲めなかったが、少しずつ、食べられるようになった。
義母が寄り添ってくれて、少しずつ、部屋の外に、庭に、出られるようになった。
しばらくして、隣の領地の伯爵家のお茶会に参加する事になった。
私は、義母の後ろに隠れたまま、顔だけ出して、伯爵夫妻と令嬢に、挨拶をした。
「こんにちは」
令嬢が、そっと挨拶してくれた。
それが、幼い頃のアンペアだった。
「ごめんなさいね。この子は、人が怖いの」
義母が言うと、令嬢は
「少しお待ちください」
と言って、どこかへ行った。
しばらくして、何かを抱えて戻ってきた令嬢。
それは、柴犬という種類の犬だった。
イスに座る私の目の前で、大人しく地面にちょこんと座る柴犬とアンペア。
…可愛い…
「あのね、頭の上から触ると怖がるから、顎を触るのよ」
お姉さんぶって、教えるアンペア。
…ドヤ顔してて可愛い…
あちこち撫でまくって、柴犬もアンペアもテンションが上がる。
「ほら!見て!足が動く!」
後ろ足がカイカイしてる。
「!!」
私は、柴犬の反応も、令嬢の動きもじっと見ていた。
その日は、そのまま帰った。
その次のお茶会の時は、柴犬に、私の手の匂いを嗅がせた。
手をペロっと舐められて、とても驚いた。
でも、噛まれる事はなかったから、ホッとした。
その次のお茶会の時は、柴犬の顎を撫でた。
恐る恐る近付いたが、いざ撫ででみると、毛がフワフワで、温かくて、嬉しそうに尻尾をブンブン振ってくれた。
柴犬の名前はシヴァだった。
私に、視線で大好きだと伝えてくれるシヴァを好きになった。
私は、義母の側を離れられなかったのに
「お散歩行こう」
と、言われ、庭の中だけシヴァとアンペアと散歩した。
「お茶の葉を見に行こう!」
その次のお茶会では、邸の裏にある茶畑に行った。
シヴァとアンペアがいれば大丈夫だった。
お茶の葉を手で摘んで、陰干しして、揉んで、発酵させて、乾燥させる…
手間が掛かっているんだなぁ…
葉を摘むのも、葉を揉むのも、楽しかった。
その次のお茶会では、私が揉んだ茶葉を使って、お茶を淹れてくれた。
思い切って、一口飲んだ。
ただそれだけで、義母は目を潤ませて喜んでくれた。
アンペアと
「美味しいね」
と言い合った。
とても幸せだった。
私は、義父と義母に、アンペアと婚約したいと言った。
義父は、公爵家にお伺いを立てた。
公爵家の返事を待っている間に、アンペアと侯爵家嫡男との婚約が決まってしまった。
私は、アンペアの幸せを願い、身を引こうと思った。
それからしばらく過ぎ、学園に入学した。
アンペアの婚約者がいた。
アンペアの婚約者は、常に違う令嬢を侍らせていた。
その頃には、公爵家は嫡男が跡を継いでいたから、私は匿われていた伯爵家を継ぐ事になった。
次の年、アンペアが入学してきた。
アンペアは、とても素敵な令嬢になっていた。
学園でも邸でも、婚約者の為にお茶を淹れているらしい。
そして
「お前は地味だな」「お茶を淹れるしか能の無いメイドだ」
と、婚約者はアンペアを蔑んでいた。
他の生徒がアンペアを蔑んでいても、庇ったりしない。婚約者を守らないなんて、最低な男だ。
それなら、婚約を解消して、アンペアを私にくれ、と何度言おうと思った事か。
アンペアが、美味しいお茶を淹れてくれているのに、感謝もしない。
私は、父に頼んで、アンペアの伯爵家を援助して欲しいと言った。
義父は、公爵家に伝えてくれて、公爵家は、後ろ盾となり援助する事になった。
そして私は、侯爵子息とどこかの令嬢が腕を組んで歩いている時に壁に隠れて
「2人はお似合いだな〜婚約すれば良いのに」
と、聞こえるように言った。
他の生徒も
「本当にお似合いだな〜」
「美男美女で婚約すれば良いのにな〜」
と噂に乗ってきた。
その噂は、どんどん拡まった。
やがて、2人はその気になったのだろう。
とうとうアンペアに婚約破棄をした。
私は、隣に座る愛しい婚約者に微笑み掛けた。
愛しい婚約者も、微笑み返してくれた。
アンペア、必ず、私が幸せにするからね。
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