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クロエ図書館  作者: 大山
館長案内
8/21

ひとりのふたり その2

 エニグマの横に付いて、幾度か不規則に本棚を曲がって行けば、眼前、開けた光景にリリアの目が大きく開かれてしまった。

 サロン風の閲覧スペースにあった窓と同じ白い光を放つ、あれほど大きくない、一般民家と同じ大きさの窓が、本棚を背にした対面の壁に数点。

 中央上方には何かの物語を描いたステンドグラスが、光の陰を床に落としている。

 その手前では観葉植物の鉢が中央に一本道を作っており、他の空間はラウンジなのかソファーと足の低いテーブルが配置されている。

 観葉植物を目で追えば、五段程度の階段を経て、少し小高くなった位置――現在リリアが立つ床に到達。

 鉢から四角い花壇へと足場を変えた緑たちは、これをリリアから見て左側に伸ばし、誰もいないカウンター前までの通路を作り上げていた。


 そう、ここはどこからどう見ても、リリアが魔道書(グリモア)と衝突する前まで求めていた、図書館の玄関ホール。


 中でも彼女の意識を奪ったのは真正面、左右と上方に窓とステンドグラスを従えた、重厚なその扉だ。

 外へと続くであろう、図書館の出入り口。

 リリアは知らず知らずエニグマから手を離すと、扉に向かって歩き出した。

 これを止めなかったエニグマは、彼女の動きを追うように僅かに顔を動かすだけで沈黙を保ったまま。

 さして時間を要さず扉の前まで来たリリアは、一瞬の躊躇いを見せて後、ゆっくりと金の長い取っ手に手をかけた。

 深く息を吸い込み、吐き出し。

「ここを開けたら、何処に繋がるのでしょうか?」

 押し引きせず、力も入れず、掴んだ手を上に滑らせたリリアは、そっと手を離すと名残惜しげに簡素な金細工へ指を這わせた。

 つ……としなやかな指が取っ手を下へなぞり行けば、彼女の呟きを聞いて近づいたエニグマが、鱗を持つ長く細い指を扉に押し当てた。

「開けてみるか? りりあが望めばこの扉は何処へでも繋がるぞ」

「……エニグマは?」

 取っ手から離れたリリアの手が、赤と黒で構成されたエニグマの服を掴んだ。

 仰ぎ見るセレストブルーの瞳に映るのは、色のない感情。

「エニグマが望んだら、この扉は何処へでも繋がるのですか?」

 扉を前にしたところでもう帰る場所は此処以外にないと、今ではもう勘の域で実感していたリリアは、最初にその情報をもたらした異形の男へ問う。

 彼がこのまま何処かへ行ってしまうのではないか、という不安を無意識に感じて。

 そんなリリアの心を知ってか知らずか、エニグマは無情にも首肯する。

「にゃ。確かにえにぐまでも、この扉は何処へでも繋げられる。けど……論より証拠デス。開けてみるデス」

 難なくそう告げた彼は、手に力を入れると扉を押し開けた。

「待っ――!」

 心の準備が出来ていない、何よりもエニグマとの別れを怖れたリリアは、コート然の衣服に必死でしがみ付いた。

 ――のだが。

「あ、あら?」

 エニグマが開けた扉の先にリリアが見た景色は、窓と同じ真っ白な光の壁。

 意味が判らず上を向いたなら、安心させるようにリリアの頭へ手を置いたエニグマが、白い壁を向いたまま何やら楽しそうに言った。

「確かにえにぐまが望めば、この扉は何処へでも繋げられるデス。普通は自分の存在する世界にしか通じていない、でもえにぐまは花竜(ルファ)なので自由に色んな世界に行けるデス。花竜(ルファ)の力はそれくらい強い。でも、だからこの扉は何処へも繋がらないデス」

「どうして?」

「えにぐまが望んだから」

「望んだのに、繋がらない?」

「逆デス。望んだから、繋がらないデス。お陰でえにぐま、とっても気分が良い」

「?」

 にやり、何とも不敵に歪んだ大きな口を、内包する舌がべろりと舐め上げる。

 血の滴る極上の獲物を捕らえたような肉食の気のある仕草。

 リリアの目が丸くなれば、扉を閉めたエニグマは彼女の肩を両手で掴む。

 ぐっと屈んだ至近の顔が、御伽噺の悪い魔女を連想させる声音で言った。

「りりあ、りりあ。りりあの怖れる顔、怯える目、縋る手、震える身体、竦む足……全部全部、えにぐまがもたらしたモノ。えにぐまがいなかったらなかったモノ。それがとても嬉しい。楽しい。そんなりりあは大好き、大好物デス」

「うひゃっ!?」

 前触れもなく、べろんっと舐められる頬。

 思わず首を竦めて睨んだなら、両肩から手を離したエニグマは軽やかな足取りで来た道を戻り、愉快だと言わんばかりに一回転。

 シルバーグレイのギザギザした長髪が舞えば周囲に花が散り、赤と黒の裾が翻れば楽器が煩く打ち鳴らされる。

「怒った顔も大変宜しい。喜ばしい!」

 スカートのポケットに手を突っ込めば入っていたハンカチ。

 これで舐められた頬を拭いていたリリアは、エニグマの悦の入りように、睨みを困惑に変えて尋ねた。

「エニグマ、あなた……実は変態さん?」

 途端、エニグマはぴたりと止まり、油の切れたブリキのおもちゃの動きでリリアに向かい合う。

 ぎこちない足が一歩近づけば、リリアは思わず仰け反り、そんな反応を受けてエニグマの腕が近くの観葉植物に伸ばされた。

 背の高い彼では鳩尾辺りまでしか届かない植物の背。

 これをぎゅーっと抱きしめたエニグマは、足りない丈を埋めるように植物へと顔を埋めた。

「…………?」

 一貫性のないエニグマの行動にますます困惑を強めたリリアは、ハンカチをポケットに仕舞うと、怯えた割にスムーズな足運びで彼に近づいていった。

 するとこれを知ってか、植物を抱くエニグマの腕が更に締まっていく。

 ヒト一人分の空間を開けて立ち止まったなら、植物の間から覗き込む形で、不可思議な紋様の描かれた目元の布がリリアを見つめた。

「ようやくからかえたと思ったのに、やっぱりりりあは鬼デス。非情デス。冷酷デス。えにぐまが自由に喜ぶことさえ邪魔するなんて」

「からかわれていたのですか、私。それにしても随分な言われようですね。別に邪魔した憶えはありませんよ? ただ、いきなり変な事をするので驚いただけです」

「にゃあ? 変な事?」

 自分より背の低い植物に顔を埋めているせいで、ほとんど頭を下にした状態のエニグマが、そのままの格好で首を傾げた。

 楽とは遠い姿勢に、苦しくはないのかと訊きたくなったが、リリアは自身の頬を指差すと別の事を言った。

「わたしの頬、舐めたでしょう? かなり変な理由で喜んで」

「変な理由……?」

「ほら、嫌がれるのが嬉しいって」

「それは……」

 閉ざされた大きな口がもごもごと蠢く。

 このまま待っているのもいいが、いい加減、ちゃんとした格好で話して欲しいと思ったリリア。

 植物を抱く肘を引いたなら、縋りつくのを止めた腕がだらりと下に落ち、続けてエニグマの身体が短い階段まで移動、その上に腰掛けた。

 リリアがこれを追い、真正面で立ち止まれば、エニグマの口から小さな溜息が零れた。

「喜怒哀楽……この内、喜と楽は一過性デス。長くは持たない。でも怒と哀はそこそこ持つ」

「……もしかしてそれが、からかうのが好きな理由ですか?」

 エニグマがリリアに構って欲しいと思っていた事は察しが付いたものの、からかう理由はそれ自体が好きなだけだと思っていた。

 けれどもエニグマのこの言葉は、全てが誰かに――今であればリリアに構われたいと響くモノがあった。

 からかった相手が、怒るなり哀しむなりして、自分を見てくれる事を望んでいる、と。

 リリアの仮定を肯定するように、エニグマは小さく頷く。

「そうだ。喜と楽よりも怒と哀の方が皆、えにぐまを憶えやすい。だからからかうのが好きだ」

「……嫌われてしまいますよ?」

 くっと喉で笑う異形の男にぽつりと告げれば、勢い良く顔を上げた彼は、それ以上の笑みを向けてきた。

「望むところだ。嫌い、大嫌い、嫌悪感は大いに結構! 刻々、移り変わる好意よりも好ましい!」

 まるで舞台俳優のように、おどろおどろしくも恍惚を語るエニグマ。

 対し、鼻面を合わせた至近のリリアは、そんなエニグマの様子に恐れを抱く事もなく、自身の顎に指を一本滑らせた。

「それってつまり、好きという気持ちが変わらなければ、やっぱり嫌われるより好きの方が嬉しいって事ですよね?」

「……にゃ?」

「あなたが先程わたしに言った言葉も含めて考えますと、エニグマは蔑ろにされるのが嫌なだけでは? からかうのだって、その方が手っ取り早く相手の注意を自分に引き付けられますからね。袖にされるくらいなら、結果嫌われる方がまだいいって」

「…………」

 図星を的確に指されたためか、ぐぅの音も出ないといった面持ちで、エニグマの鼻先が気まずそうに下を向いた。

 リリアはその様子に小さく安堵の息を零した。

「そうですか。それなら良かった」

「にゃ?」

 ぽつりと落せばエニグマの顔が不思議そうに上がる。

 吐息をつくように微笑んだリリアは、ダンスに誘う仕草でエニグマに向かって両腕を伸ばした。

「だってわたし、本当にエニグマの事が好きでしたから、好きと言われる方が嫌い、嫌いと言われる方が好きだと聞いて、かなり困っていたんです。エニグマがそういう性癖の方だったなら、真実を捻じ曲げ、嫌いだと告げた方が良いのかとも考えました。でも嘘は嘘です。いつか綻ぶモノですから好きという思いがある以上、どうしましょうか、と」

「りりあ……りりあはどうして、知り合ったばかりなのにえにぐまを好きと言う?」

 今更ながら至極尤もな質問を受けて、リリアの目がきょとんと瞬く。

 しかしそれは同時に、エニグマを頼ろうと思った理由にも繋がるため、そこに迷っていたリリアはぱっと答えられなかった。

 考え込む視線が伸びたままの己の腕を捕らえたなら、これを降ろして腕を組む。

「うーん。たとえばわたしがこのまま倒れるとして」

「にゃ?」

「エニグマはどうしますか?」

「どう、と聞かれても……その時に為らなければ判らないが、たぶんえにぐまは倒れないようにりりあの腕を掴むデス」

「何故?」

「それは勿論、えにぐまがそうしたいからデス」

「うん。だからわたしはあなたが好きなのだと思います」

「……にゃ?」

 理解に苦しむと顰められる顔つきへ、腕組みを解いたリリアはふっと笑った。

「あなたは放っておかないでしょう? 一人でいようとするわたしも、無茶しようとするわたしも。それも思惑があっての事ではなく、極々自然に」

「……えにぐまは、えにぐまのやりたいようにしているだけデス」

「ええ。だから大好き」

 しれっとリリアが答えたなら、目元の布を隆起させてますます不可解だという顔をするエニグマ。

 それでも一応の納得を見せるように深く溜息をついたエニグマは、階段から立ち上がると、忘れていた身長差で数歩下がったリリアの頭へ軽く手を置いた。

「エニグマ?」

「りりあ。さっきのたとえだが」

「はい」

「本当にやるな」

 これまで聞いてきたエニグマの声の中で、一番真剣に届いた音色。

 目を丸くしたリリアは圧倒されたように頷くと、はっと我に返った顔をして苦笑を象った。

「ええ勿論。でもほら、わたしの本体は本ですから、問題は何も」

「ある。問題は大アリだ」

「え……?」

 被さる手の平により、エニグマの顔は見えないものの、諭す言葉には苦みが滲んでいる。

「確かにりりあの本体は魔道書(グリモア)だが、りりあの精神はりりあの擬態によく馴染んでいる。擬態が精神の記憶する痛覚を刺激すれば、本体に傷が付かなくても、りりあはとても痛いと感じる」

「痛みだけ、ですか?」

「そう、痛みだけ。身体の何処を吹き飛ばされても、すぐに擬態は再生され痛みも感じなくなる。本体が魔道書(グリモア)ゆえに死にもしない。だが、その時感じた痛みはりりあの中に残るだろう。りりあは想像できるか? どれだけ傷ついても痕跡も、治る過程もない恐怖を。記憶にしか存在し得ない苦痛を」

 まるで自身こそがそういう身体だと言わんばかりに、エニグマは辛そうな声を発した。

 当のリリアは問われた想像など出来なかったが、そんな彼の様子を受け、神妙に頷いてみせた。

 エニグマの言葉が示す痛みは判らずとも、案じられていると判ったために。

 置かれた手の中でリリアが頭を軽く弾ませれば、やや乱暴に撫でられる。

 纏めたクロムイエローの髪が少しだけ解れてたものの、退いた手の先で満足そうなエニグマを認めたリリアは、文句もなく似た顔で笑い返す。

 次いで仕切り直しと辺りを見渡したリリア。

 本棚の通路を歩いている際、常にふわふわ傍にあった光の綿毛がない事に気づくと、エニグマを見上げて首を傾げた。

「エニグマ、先程のふわふわしたのは」

「ああ。わんこデス。あっちに戻ったデス」

「あれが、わんこ……?」

 リリアのいた世界とは違う形を指す言葉にますます首を傾ければ、半身を逸らしたエニグマが黒い爪をカウンターへと向けた。

 これを追ってリリアもそこを見るのだが、入って来た時同様、カウンター内には誰の影もなかった。

「見ての通り、ここはこの図書館の玄関ホールデス。先程も言った通り、そこの扉は色んな場所に通じているデス。力のある者ならどんな場所にでも行けて、力がそこまでない者は此処と自分の世界しか行き来できないデス。でもって、来館者(ビジター)はまずカウンターを利用するデス。最初から本を探しに行ってはいけないデス。迷子になるデス」

「……要するに、わたしは最初の手順を間違ったから、こうして此処に、魔道書(グリモア)として存在する羽目になったわけですね?」

 誰に確認するでもなくげっそり口にしたなら、カウンターを向いていたエニグマの顔がリリアへと向けられた。

「にゃ? りりあ、りりあはカウンターを利用しなかったのか?」

「ええまあ。わたし、此処が別の世界だと知らないで入って来たのですよ。てっきりいつも利用していた図書館だと思い込んで、そのまま」

「にゃー。そうか、それは大変デス。りりあは放浪者(ワンダラー)だったデス。時々いるデス。そういう、ついてない者」

「つ、ついていない者……」

 薄々そうだろうなーとは思っていたリリア。

 かといって、他者から言われる破壊力は絶大である。

 嘆いたところでどうにもならない不運に黄昏た笑みを浮べたなら、リリアのショックを余所に、エニグマがカウンターへと移動し始める。

 項垂れつつもこれを追ったリリア、カウンターの前で止まったのに合わせて足を止めた。

 エニグマの通った後に続く花を辿っていた眼が、シルバーグレイの髪から飛び出す爬虫類の鼻面まで上がる。

「カウンターについたらまず、このベルを鳴らすデス」

 見計らったタイミングでエニグマの手がすっぽり覆ったのは、リリアの手に置き換えるとやや大きい、カウンターに設置された卓上式のベル。

 りんりん、と高く涼しげな音色が弾む手に合わせて鳴ると、カウンターの向こうから音もなくやって来た者がいる。

 体格はエニグマと同じくらいで猫背も似たような形。

 黒い蝶ネクタイの礼服を着用しているその顔は、やはりエニグマと同じで、人間とは呼べない風貌だ。

 だからとエニグマに似ているわけでもなく、近い形を上げるなら猫の頭部、それも目も口も鼻も耳も、全てを真っ黒に塗り潰された顔をしている。

 そんな相手がカウンターに置いた手は、形だけエニグマとそっくりな、顔同様真っ黒な色。

 得体の知れない分、エニグマよりも鋭く見える指先に、思わずリリアがエニグマの肘を掴む。

 と、これを見やるエニグマに合わせて、カウンター越しの存在がこちらを向いた――気がした。

 眼差しのない視線にビクつくリリアに対し、エニグマは安心させるように首を緩く振った。

「りりあ、怯える必要はないデス。これは(シャドウ)。このベルを鳴らした相手の意を汲む者デス。りりあも鳴らしてみるデス」

 言ってベルから退けられるエニグマの手。

 返したその手でベルを鳴らすよう促されたリリアは、(シャドウ)と呼ばれた存在の動きを警戒しながらも、エニグマを掴む手とは逆の手を恐る恐る、胸の高さにあるベルへと伸ばした。

 りん、と弱々しく打ち鳴らしたのを耳にし、リリアは素早く手を引っ込めた。

 そうして人見知りする子どものようにエニグマの後ろにささっと隠れたなら、時を要せず現れる、佇んだままの(シャドウ)とは違う姿。

 いや、姿は同じなのだが、その大きさがエニグマの呼んだ(シャドウ)とは違った。

 体格は小柄ながら、しゃんと伸びた背筋。

 だというのにカウンターまでやって来ては、先に来ていた(シャドウ)の腰に抱きつき、甘える仕草で身を寄せると、「この人たちだぁれ?」と問うように小首を傾げてみせる。

(うっ。な、何故でしょう? 何か物凄く、恥ずかしいのですが……)

 片やエニグマの服を掴んでいるだけのリリア、片や恋人のように抱きついている小柄な影。

 違う仕草のはずなのに、まるで鏡を見ている錯覚に陥ったリリアは、ゆっくりと手を離していく。

 すると同じ動きで小柄な影が(シャドウ)から離れた。

「…………」

 じーっとリリアがその場で見つめたなら、小柄な影もじーっとその場でこちらを見つめてくる。

「りりあ」

 エニグマに名を呼ばれそちらを見上げかけたリリアは、視界の端で小柄な影が動いたのを知るなり、見下ろす彼から視線を逸らした。

 するとまたしても同じ動きをする小柄な影と、交される視線。

 異なるのは、先程はリリアを見やったエニグマに倣いこちらを見てきた(シャドウ)が、彼の動きを追わずに小柄な影の方を見つめているところか。

 しかもエニグマがリリアをただ見つめているだけなのに対して、(シャドウ)の方は小柄な影の気を引こうと、睦み合う恋人宜しく軽いボディタッチを熱心に繰り返している。

 見る人が見れば、いちゃつくバカップル然の二つの影。

 恥ずかしさだけが募る現状に、視線をエニグマへと逸らしたリリアは、若干頬を紅潮させながら影たちを指差した。

「……エニグマ。あの小さいのも(シャドウ)なのですかっ?」

「そうデス。あれはりりあの(シャドウ)デス」

 リリアが声を荒げたところで我関せずのエニグマは頷くと、カウンターに近寄っていく。

 この動きに合わせ、何故か直前まで首にぶら下がる小柄な(シャドウ)を抱き締めていた(シャドウ)が、小さな身体をそっと下ろしてはカウンター越し、エニグマと対面する。

 けれども前を向くエニグマとは必ずしも動きを一にせず、(シャドウ)はちらちらと小柄な(シャドウ)を気にして後ろを見やっていた。

(シャドウ)の行動の全部が全部、そうだとは思いたくありませんが。ベルを鳴らした者の意を汲むなら、エニグマもわたしが近くに来るのを望まれている、という事でしょうか?)

 そう思ったならリリアの足は自然とエニグマの横まで近づき、小柄な(シャドウ)もその動きに合わせてエニグマと向かい合う(シャドウ)の隣、リリアの真向かいまでやって来る。

「りりあ。(シャドウ)と握手」

「え?」

 見ればエニグマの手が向かい合う(シャドウ)に伸ばされ、(シャドウ)の方も同じようにエニグマへ手を伸ばしている。

 いまいち判然としない顔つきのリリアだったが、澱みないエニグマの動作に引き摺られる形で、自分も向かい合う小柄な(シャドウ)へと手を伸ばした。

 同じく伸ばされる小柄な(シャドウ)の指が触れ、皮膚が擦れ合う。

 しかしてその情報は視覚だけがもたらすものであり、触感には何も引っ掛からなかった。

 現実味に欠ける不可思議な感覚に戸惑いを見せつつも、リリアと小柄な(シャドウ)が握手を交わしたなら。


「絶っっ対っ! 家には帰らなくてよっ!」


 小柄な(シャドウ)がみるみる内に姿を変え、光るタンポポの綿毛――エニグマ言うところのわんこになった場面を見逃したリリア。

 その原因である、いきなり開かれた扉からの宣言に、目を真ん丸くしながら振り返った。







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