葬送の花、めざめのうた その3
外界から隔された図書館。
それ自体が一つの世界を形成している場所に久しぶりに訪れた彼は、
「……にゃ?」
本棚が並ぶ薄暗い通路で奇妙なモノに遭遇した。
クロムイエローの長い髪を乱して伏す人の形をしたそのモノ。
近くには、唯一無二の魔道書が同じように床に接していた。
「にゃー……」
状況がいまいち掴めず隣を見た彼は、タンポポの綿毛を何倍にも大きくして発光させた、宙に浮く物体へ首を傾げた。
「わんこ、コレは?」
この図書館を探索するに辺り、カウンターから持っていかねばならない存在は、彼の問い掛けに対して何も語らず。
その代わり、ふわふわした綿毛を上下左右に振り始めた。
図書館利用者の大半はこの動きの意味が判らないのだが、彼はこれを綿毛の意思表示だと知っており、尚且つその内容もしっかり把握する事が出来た。
このため綿毛が止まったのとほぼ同時に彼は頷き、
「なるほど。だからこっちには何もなかったのか」
人の形をしたモノの傍らに膝をつくと、グラスグリーンの鱗に覆われた手をその頭へ伸ばした。
しかし、彼の手が僅かばかり触れただけで、ソレは跡形もなく砂のように崩れ、欠片も残さず消え去ってしまう。
「形も忘れて久しいか。随分と長い間此処にあったのだな。魔道書が近くに在ったせいで喰われる事もなく。……にゃ?」
砂の名残を惜しむように指を擦り合わせていた彼は、顔を上げると先程まで魔道書が在った位置に、触れるまで目の前にあった姿が横たわっているのに気づいた。
髪を乱したうつ伏せ状態ではなく、胸の上に手を組んだ仰向けの状態で。
「にゃー……もしかしてあの身体の持ち主が、精神のみ魔道書に入ってしまったのか?」
全てを見ていたというわんこの話では、かなりの衝撃が双方に在ったと聞く。
しかもその内一方は魔道書なのだから、どんな拍子に何が起こっても不思議ではない。
今度は人の姿へ擬態した魔道書の傍に片膝をつき、片手を顔の上に翳した。
「でも、息はしていない。……死体?」
彼が知る中には呼吸を必要としない種族も多々いたものの、器官が在るなら話は別。
仮に本体が無機物だから息をしていないにしても、ここまで正確に擬態した魔道書が手を抜くとは思えなかった。
仮死状態という可能性もあるだろうが、どの道魔道書の中に居る者が起きなければコレはこのまま此処に在り続けるだろう。
一生目覚めないかもしれない。
「……花が、似合いそうだ」
何の感慨もなく呟いた彼は、自分の頭で常に咲き綻ぶ花の一輪を外すと、人の形をした魔道書の髪に飾ってみた。
悪くない、と思った。
それならいっそ、葬送の儀をしようとも思った。
彼の知る葬送の儀は、他の儀に比べても使う花の量が多いゆえに。
「図書館に穴は掘れない。祭壇を作って上に柩を持ってきて、それから曲を奏でて花を降らせて、そして歌も歌おう」
ふらっと図書館に立ち寄っただけの彼には、これからの予定が何もなかった。
これまでも似たようなモノだったから彼は思った。
(某の身体が朽ちるまで、儀を執り行うのも面白い)
目的を始まりの記憶から持たなかった彼は、そうして魔道書の擬態を横抱きにすると、図書館奥のサロンへ歩みを進めた。
それは奇しくも、魔道書の中の少女が進んでいた方向だったのだが、そんな事を彼が知るはずもなく。
ついでに彼女が目覚める可能性もすっかり失念していた彼は、葬送の儀を執り行ってまもなく掛けられた声に異様な怯え方をする羽目になる。
自分の本当の身体が本になってしまったリリアは、異形の男が話す経緯をあらかた聞き終わると盛大な溜息をついた。
この図書館へ迷い込んだ当初に思いついた夢オチ案は、何度意識を失っても実行されてくれず、それどころか覆せない現実ばかりをリリアに突きつけてくる。
「わたしの身体がこの本だという事だけでもショックでしたが……此処が幻想小説さながらの別世界である、どころか、まさか長くても数時間前と思っていたあの事故が、元の身体を失うくらい前の出来事だったなんて」
「厳密、この図書館で経過した時間はあまり別の世界で流れる時間に影響しない。でもお前さんの意識が魔道書の中に入ってしまったせいで、残された身体は不安定になり、存在出来る時間だけ過ぎてしまった。老いもしない身体は風化するしかなかった」
「……ちなみに、元の世界に戻れたりは」
「出来る。が、そこはもうお前さんの知らない世界だ。遥か未来だ。通常であればどれだけ此処で過ごしても老いる事なく元の時間に帰れるが、お前さんの世界で生成された身体の時間は流れてしまったからな。魔道書ならあるいは時を戻せるかもしれないが」
「身体も元に戻せますか?」
「それは……判らない」
「でしょうね」
今更気絶する話でもないと言いたげに、ふーっと息を吐き出すリリア。
物分りの良さに首を傾げた男は、サロンに並ぶ円卓の一つで対面して座る彼女へ問い掛けてきた。
「元の世界に戻りたいとは思わないのか?」
「直球ですね」
「そう思うのが普通だ、と――」
「そこらの本に書いてありましたか」
「……にゃあ」
言葉を取られたせいか不満げに鳴く男。
爬虫類の肌と鼻先を持つくせに何故か猫真似の声を上げる彼へ、もう一度溜息を零したリリアは、円卓の上の魔道書に両腕を乗せた。
「戻りたくない、わけじゃないんですけどね。何と言えば良いのでしょうか、そこまで未練があるわけでもないのですよ」
「故郷というのは帰りたくなるもの――」
「と書いてあっても、思い入れはほとんどありませんからねぇ」
「…………にゃ」
男の茶々を許さずまたしても被せたなら、不機嫌を隠さずグラスグリーンの口の端、小さな頬が若干の膨らみを持つ。
ふくれっ面、といったところだろうか。
肌が硬質な鱗に覆われているため、リリアの眼には少々奇妙に映った。
――人間の姿で同じ事をされたら、気持ち悪いの一言で終わりそうだ。
そんな男を視界に留めつつ、少しばかり宙を仰いだリリアは小さく呟く。
「でも……あの人には挨拶ぐらいしておきたかったですね。わたしがいきなりいなくなっても特別騒ぐような人ではありませんけど。周りは騒ぎますよね。図書館への道すがら、わたしを目撃した顔見知りはいましたから、在らぬ嫌疑をかけられたりはしないでしょうが、特殊な家庭環境であった事は確かですし。心残りがあるとすれば、それだけですね」
「あの人?」
「ええ。わたしの……親代わり、というより姉代わりのような人でした。実際、わたしに姉はいませんが」
男に視線を戻し、すぐさまそれを円卓の上に落としては、伸ばした指先を見詰めて目を閉じる。
「そう、ですよね。心配してみたところで、もうずっと前の話。あの人だってもう亡くなっているはずで」
体感にして昨日、「おやすみなさい」と言って別れた顔を思い浮かべた。
放っておけば食事と仕事に行く以外、眠っている事の多かった女は、突っ伏したままの格好でひらひらいつも通り手を振っていた。
なんともものぐさな態度をくすりと笑ったリリアは、それももう見る事はないと知って、少しだけ眉毛を下げる。
「……某の話が嘘だとは思わないのか?」
リリアの瞼が男の言葉に持ち上がった。
次いできょとんとした表情が象られる。
「嘘? どうしてです?」
「自慢ではないが某は人をからかうのが好きだ」
「本当に自慢になりませんね」
「……にゃ」
間髪入れずにばっさり下せば、鼻先の下が多少の尖りをみせた。
「趣味は人それぞれ」
「そうですね。それで?」
「にゃあ……」
促せば促したで、つまらなさそうな声が上がった。
別に男を困らせたいわけでも不快にさせたいわけでもないリリアは、彼の様子に黙って話を聞こうと口を閉ざした。
しばし開く間。
「それでな」
「…………」
「からかうのが好きな某は」
「…………」
「……お前さん、話聞いているのか?」
「…………」
「聞く気、ないのか?」
「…………」
「相槌くらい、打ってくれないのか?」
「あ、はい。何でしょう?」
「……某、からかうのは好きだがからかわれるのは嫌いだ」
「まあ、好きという方はあまりいらっしゃらないと思いますが」
「…………」
「?」
相槌を打てというから打ったのに、先程より不貞腐れた様子の男は身体の向きを横座りに変えた。
リリアはこれに首を傾げたが、ああと気づいてはぽんっと手を打ち。
「もしかしてわたし、からかわれているのですか」
「違う。からかわれているのは某の方だ」
「え? どなたに」
「お前さんだ、お前さん!……にゃー。もういい。話すの止めた」
どうやら完全に怒らせてしまったらしい。
けれどもリリアにはその理由がいまいち察せず、このままではいけないと男を呼んだ。
「あの、ソレガシさん」
「…………」
「何やらソレガシさんを怒らせるような真似をした事は謝ります。どうかお話の続きをして下さい」
「…………」
「お願いします、ソレガシさん」
「…………………………にゃ?」
円卓の上に両手をついて深々と頭を下げたなら、ようやく曲げたヘソを直してくれたのか男が身体をこちらへ向けた。
これを視界の端に捉えたリリアは、安堵の息をついて顔を上げたものの、困惑した気配を滲ませる男を知っては似た気分で眉根を寄せた。
「あの……ソレガシさん?」
「……何だ?」
「いえ、ですからお話の続きを」
「そうじゃない。その、ソレガシさん、というのは何だ?」
「え? あ、すみません。名字のある方だったのですね。わたしの住んでいた世界では名字を持つのは極限られた方だけだったものですから。名前呼びなんて失礼でしたね」
再度謝罪を口にしたなら、男がぶんぶん首を横に振った。
「許してくださるのですか? ありがとうございます」
「そうじゃない」
「許してくださいませんか。早とちりして申し訳ありません」
「だから、そうじゃない!」
鱗に覆われた両手が円卓を強く打ちつけた。
驚いて思わずリリアが椅子に縋れば、反動で立ち上がった異形の男は大きな口を開いて言った。
「某の名は、ソレガシじゃなくてエニグマだ!」
「そ、そうでしたか。そんなに長いお名前とは露知らず、略してしまってすみません。ソレガシジャナクテエニグマダさん」
「!! か、からかっているのか!?」
「え……そ、そんな滅相もない。からかうなんてそんな。ソレガシジャナクテエニグマダさんをからかって、わたしに何の得があるというのです?」
「…………」
心の底から冤罪だとぶつけると、男は針で刺された風船のように勢いを失い、椅子にがっくり座り込んでしまった。
「は、初めてだ……こんな屈辱は」
「すみません……?」
また何かを間違ってしまったらしい。
もしも相手が人間だったのなら、リリアももう少し違う解釈をしていたのだろうが、相手が自分の知る種族でないばかりに酷い勘違いをしている事に彼女は気づかない。
いや、もしかすると非日常の現実に放り出されたショックから、無自覚のまま混乱している真っ最中なのかもしれなかった。
どちらにせよ、そんなリリアの状態を知る由のない男は、項垂れていた顔を上げると布で覆われた目元でキッと彼女を睨みつけた。
リリアへ右手の黒い爪の先端を突きつけては、噛み付く素振りで宣言する。
「某はお前さんが嫌いだ」
「はあ……すみません」
面と向かって言われても、どう反応して良いのか判らず、とりあえずリリアは謝ってみた。
しかし男は許さないとばかりに更に声を荒げる。
「某の名前はエニグマなのに、勘違いするお前さんが嫌いだ」
「はあ……すみません」
「だから某は今度から某の事をエニグマと呼ぶ事にする」
「……え?」
「エニグマがエニグマをエニグマと言い続けていれば、お前さんもその内エニグマの事をエニグマだとちゃんと理解して、エニグマの事をエニグマと呼ぶだろう」
「それって……」
どうだと言わんばかりに腕を組む男――エニグマ。
そんな彼の言を受け、今更ながら某が一人称だったと理解したリリアは、考える素振りで頬に手を添えた。
「つまり、あなたはわたしに名前を呼んで欲しいんですか? 嫌いだって言ったばかりなのに? 嫌いな相手に親しげに名前を呼ばれたいのですか?」
「!!?」
「それって裏を返せば、わたしの事は別に嫌いではないという話になるのでは」
「き、嫌いだ! エニグマをからかうお前さんは嫌い」
「からかってません。ただの感想です……けど、そこまで慌てるのは怪しいですね」
「にゃあ……」
分厚い眼鏡を掛けていたなら、レンズの端がきらりと光っただろう素振りで勘繰るリリア。
追いつめられた風体で鼻先を背けかけた男は、持ち直すように顔の位置を戻すと、もう一度リリアに向かって指を差した。
「判った。エニグマ、喋り方も変えるデス。お前さんの真似をするデス。どうデス? 真似されるのは誰でも怒る行為デス。怒るがいいデス」
「全然真似になっていません。というか寧ろ……可愛い?」
「!! お、男に可愛いは禁句デス! 言ってはいけないデス! 侮辱の言葉デス!」
「そう本に書いてあったのですか?」
「そうデス!――――にゃあ」
だんっと片手で円卓を叩いたエニグマは、肯定を恥じるように布に覆われている目を両手で隠した。
「また、またからかわれたデス。お前さんはとっても意地が悪いデス」
「はあ」
「からかうのはエニグマの専売特許なのに、鬼デス悪魔デス詐欺師デス」
「詐欺師が鬼や悪魔と同列ですか。被害にあった事でも?」
「正に今デス。本体は魔道書でも、お前さん自体は怖くないと思ったのに騙されたデス」
「大部分言いがかりのような……。ああ、エニグマさん、そんなにショックを受けないで下さい」
泣いているようにも見えるエニグマの姿を宥めるべくリリアがそう言えば、手を除けた彼はそれでも隠されたままの目で彼女を睨みつけてきた。
「エニグマはエニグマデス! 敬称はいらないデス!」
「え……エニグマ?」
生まれてこの方、敬称なしで誰かの名を呼んだ事のないリリアは、言い辛そうに彼の名を口した。
途端エニグマは悲愴からコロッと一変、腕を組むと嬉しそうに頷いた。
「にゃ。そうデス。エニグマはエニグマで良いデス」
「……エニグマ」
「にゃー」
「エニグマ」
「にゃー」
「エニグマ」
「にゃー」
呼べば呼ぶほど合いの手のように鳴くエニグマ。
これまでのやり取りからしつこいと怒りそうなものだったが、名前を連呼されるのは構わないらしい。
(なぞの人……言い得て妙ですね。まあ、彼の名の由来がわたしの知るエニグマと同じとは限りませんが)
そんな事を思いつつ、もう一度彼の名を呼んだリリアは、やはり届く合いの手の鳴き声にふんわりと微笑みかけた。
「名前呼ばれるの、好きなのですか?」
「エニグマはお前さんの事が嫌いなので正直に答えたくないデス。でもいいデス。答えるデス。エニグマは名前を呼ばれるのが大好きデス。呼ぶのも好きデス」
「そうですか」
「にゃー」
「では、わたしの名前を教えますね」
「……にゃ? 教える? 魔道書の名前はグリモアで」
僅かな緊張をみせるエニグマの声。
本人も気づかないほどささやかに上擦った声音は、喜びよりも困惑を示していた。
その理由を、リリアの名前がグリモアだとエニグマは思っているから、と推測した矢先、本体である魔道書が自身の正体を知った彼女へ、記載されている内容を抜粋、足りない知識を補助し始めた。
まるで既存の事柄を思い出すかの如く頭の中に浮かんだそれは、リリアのいた世界にはなかった、名前の持つ力について。
正確には、魔道書のように、特殊な力を秘めた道具の真の名について、である。
人伝いで聞いても問題ないその名前は道具自らが他者に許す事で、ある種の契約が成立するという。
魔道書の場合であれば、特異な性質上全ては無理でも、その力のごく一部を対象者に貸す事になる。
それでも対象者には十二分、上手く使えば新しい世界を創造する事も、逆に世界を滅ぼす事も出来る。
だからこそエニグマはリリアの申し出に怯むのだと魔道書は示していた。
次いでリリアであってリリアではない魔道書の記述は警告する。
遥かな昔であれば兎も角、今のリリアの名前は魔道書の真の名に直結している。
安易に他者へ教えて良い代物ではない――と。
(……それでもわたしは、エニグマに教えたいと思っています。全面的に彼を信頼しているから、なんて事は言いません。ただ……羨ましいのです)
同族がいても自ら独りを望み、誰かに呼ばれる名を拒絶し、必要以上に誰も呼ばずに生きてきたリリアは。
同族もなくたった独りで生き、それでもなお誰かを呼ぶ名、誰かに呼ばれる名の在る事を素直に喜べる、そんなエニグマが羨ましくて。
「リリアです。わたしの名前はリリア」
呼んで欲しいと思った。
ただ、それだけ。
「り、りあ……」
エニグマが惚けた様子で教えたばかりの名を口にした。
実感は未だないが生きてリリアの名を知る者は今、目の前にいるエニグマ唯一人。
それを呼ばれて滲む思いは切なくとも温かだった。
「はい」
にっこりと笑いかけたなら、長い口の亀裂がもごもご動く。
初めて見る様子にどうしたのだろうと首を傾げたなら、背の関係上、覗き込んでしまう目を嫌うようにエニグマの顔が背けられた。
「お前さんの名前は判ったデス。でもそのままで呼ぶとエニグマが大変なので、りりあと呼ぶデス」
「リリア……」
音は全く同じなのに、何故かエニグマの言う「りりあ」は他とは違う風に聞こえた。
不可思議な現象に眉根を寄せるリリアをどう思ったのか、続けてエニグマは焦った調子で言った。
「でも、りりあだけりりあというのは違和感があるデス。だからエニグマもエニグマの事をえにぐまと呼ぶデス」
「エニグマ……」
やはり同じ音でもエニグマの言う「えにぐま」は不思議な響きを持っていた。
それでも気を使ってくれたらしいと気づいたリリアは、エニグマに向かって小さく頭を下げた。
「ありがとうございます、エニグマ」
「にゃー」
「……ところで、つかぬ事をお聞きしますが、わたしの名前をそのまま呼ぶのがどうして大変なのですか?」
リリアの問い掛けに対し魔道書は沈黙を保ったまま。
先程のような知識の補助には、適用される条件があるらしい。
とはいえリリア自身エニグマに答えて貰いたかったので、この魔道書の反応は願ったり叶ったりだった。
当のエニグマはリリアから注がれる期待の眼差しを遮るように、自身のシルバーグレイの髪から花を一輪取り出す。
「えにぐまの種族は花竜と言うデス。花竜は儀を執り行い、舞台に音楽に踊りに歌に、儀に纏わる全てを作るデス。そして花を降らせるデス。だから花竜にとって音は何よりも神聖なモノで、危険なモノ。扱いを間違えれば大変デス。それなのに、そんな花竜であるえにぐまがりりあの名前を正しく呼んでしまったら、魔道書の中の力が解放されてしまう恐れがあるデス。りりあから名前を教えて貰った責任はえにぐまに返って来る。えにぐまが大変になるとはそういう事デス」
「えーっと……申し訳ありません。よく解らなかったのですが」
「要するに、えにぐまはりりあの事をりりあと呼ぶ、それだけの話デス」
かなり端折られた気がするものの、それ以上説明を受けて理解できるか判らないリリアは、とりあえず頷いてみせた。
たぶん、追々判ることなのだろうと思い至っては、吐息を一つ。
(何にせよ、今の私は魔道書。帰る場所は……此処以外にないのでしょうね)
自分の話を疑わないのか、そう名乗りの前にエニグマから尋ねられたリリアは、心の中だけでその答えを呟く。
疑う余地もない。
自分自身が彼の言葉を真実だと納得しているのだから。
乏しくとも存在する郷愁の念に、リリアは少しの間、目を閉じて思いに耽る。
「目覚めの葬送曲」これにて終了です。
リリアの経緯とエニグマとの出会いがメイン。
最初っからこんな関係の二人です。
次は大雑把な図書館内部の仕組みの話になります。