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クロエ図書館  作者: 大山
名無しの図書館
19/21

刹那的御主人 その2

 尻尾と同じチャコールグレイの、鱗肌で形成された足。

 先には鋭く白い爪を携えているものの、床を打ち鳴らすのは裸足の軽い音。

 くるぶしから甲にかけて包帯状の布が巻いてあり、これが彼にとって靴の役割を果たしているようだ。

 かといって、小柄な身体を包む服には、靴のような野性味はなく、純白の衣や縁を彩りながら伸びる蒼の刺繍は、法衣のように厳かな雰囲気を醸し出している。

 そんな刹那の御主人を見つめるリリアは、中でも一番目を引く頭に視線を釘付けにした。

 エニグマによく似た、しかし、彼よりももっと、リリアの知る幻想生物に近いその姿は、紛れもなく――

むにっ。

「ほへ?」

 ぺたぺた近寄る刹那の御主人に合わせ、リリアが徐々に顔を下へ向けたなら、何の前触れもなく突かれた頬。

 突然の事にリリアの動きが止まっても、刹那の御主人は構わず、何度もその頬を押していく。

 幾つもの白い角を持つ、少々丸みを帯びた竜の頭の下、やわらかい紫色(オーキッド)の瞳をキラキラ輝かせながら。

「おお、凄いぞ、刹那! この自動人形(オートマタ)、すっごく柔らかい! うわー、いいなー、欲しいなー! どこの製品だろう? 僕のお小遣いで買えるかな?」

「あ、あの?」

 ひとしきり頬に触れた後で、リリアの背後に回った刹那の御主人は、戸惑う彼女を余所に、これまた唐突に、スカートを捲ろうとしてきた。

「きゃあっ!?」

 さすがにこれは黙認できず、リリアが抵抗しようとしたところ、それよりも先に刹那の御主人が、横からの打撃を受けて本棚に激突した。

「え……え? ええ? せ、刹那、さん?」

 二度ほど上がる鈍い音に、リリアの目がこれをもたらした刹那を認めたなら、それまで守っていたはずの対象を、どこに隠し持っていたのか、太い棍棒で叩いた彼女は、清々しいほどの無表情でこちらに首を傾げた。

『館長、平気?』

「は、はい。わたしは……でも、それより刹那さんの御主人が」

『御主人、今之駄目。悪漢然。土羅群失格』

「? どらぐん?」

 それまで辛うじて理解できていた刹那の言葉だが、聞きなれない単語の出現に、リリアは答えを求めるように反芻した。

 すると返ってきたのは刹那からではなく、あれだけの衝撃を受けてなお、ビクともしない本棚の下で、よろよろ起き上がった、彼女の御主人。

「ドラグーン、だ。刹那、また勝手に字を当てたな?――ってて。てか、お前、僕の自動人形(オートマタ)のくせして、何で僕を攻撃するんだよ!」

 オーキッドの瞳にたっぷり涙を浮かべ、刹那の御主人が少年の甲高い声で叫べば、これを涼しい顔で受けた刹那が、嫌味ったらしく姿勢を正して頭を垂れた。

『御主人之言分、御尤。刹那、猛省。併、彼女、非自動人形。彼女、此処之館長』

「え? 館長? ここってそんなのいたのか?」

「そんなの、ですか」

「あっ! ええと、その、なんだ。……悪かったな、勘違いして」

 リリアの声に慌てて謝罪を伸べた刹那の御主人だが、その言い方はどこか偉ぶって聞こえる。

 身なりが身なりであるため、昨日訪れたプリマたちと同様の貴族なのかとリリアが勘繰れば、そんな御主人に近づいた刹那が、今度はグーで彼の頭をぱしりと叩いた。

「ぃたっ! 何をする、刹那!」

『御主人、無礼之極。変態行為、重罪。謝罪、誠実第一』

「へ、変態!? 失敬な! そ、それは確かに、女の子にする事ではなかったかもしれないが……。でも、僕は知らなかったんだぞ!? 自動人形(オートマタ)だと思ったから、製造番号を調べようと思って」

『館長、御主人之非礼之数々之許、刹那、願出』

 しどろもどろになる御主人を無視して、頭を下げる刹那。

 この様子にいじけた素振りで顔を背けた御主人は、口の先で文句をブチブチ呟く。

 決して正しいとは言えない主従関係を前にしたリリアは、先程まで御主人に突かれていた頬を掻きかき、小さく首を振った。

「あまりお気になさらないで下さい。そちらの事情は、大体判りましたので。とはいえ、お聞きしたい事があるのですが……お時間、頂けますか?」

「おお、許すか。うん、良い心がけだ。だが、僕にはお前と話している時間は――」

『受諾』

「刹那!? お、お前また、この僕を無視して話を勝手に」

『館長、場所移動依頼。御主人之騒音、刹那、飽々』

「お、おま、お前ぇ~っっ!!?」

 使用人姿の刹那に軽くあしらわれた御主人。

 言葉にならない激昂をして後、刹那へ殴り掛かろうとするのだが、頭を押さえつけられてはリーチの差で腕が彼女に届かない。

 それでも必死に拳を振り回す、だからこそ微笑ましい御主人の姿に、リリアは何とか笑いを堪えつつ、閲覧スペースを指差した。

「で、では、あちらで宜しいでしょうか?」

『受諾』

「僕は良くない!」

 攻撃を諦めた御主人が頭に乗せられた刹那の手を払った。

 その直前でひらりと避けた刹那は、無表情ながら冷ややかな露草の眼差しを御主人に向ける。

『御主人、我侭駄目。否、御主人別行動、刹那、推奨』

「なっ!? ぼ、僕に、この僕に、一人でこんな薄暗いところを行けというのか!? お前は僕の護衛でもあるのに!?」

 悲鳴に近い声音で叫ぶ御主人の眼には、心細さと裏切られたという悲しみが浮かぶ。

 これを認めたリリアは自分の提案が、ここまで彼を傷つけてしまったのかと思ったのだが、対する刹那はあくまで冷淡だった。

『肯。御主人、巣立之時。達者願』

「くっ! こ、この野郎!』

『否。刹那之身体、今、女性体。此之阿魔(アマ)、訂正要求』

「ああ、もう! すぐそうやって挙げ足を取るんだ、お前って奴は! いいよ、もう! 僕も行ってやるから!」

『不必要。御主人、即刻退去命令』

 御主人の足がリリアの指した方向に一歩踏み出せば、別方向を指差した刹那が言い捨てる。

 これに動きを止めた御主人、髪を乱す要領で角の根元を掻くと、刹那に向かって勢い良く指を突きつけた。

「ぐあーっ! もうっ、本当にっ、主人を主人と思わない奴だよな、お前は! 何でこの僕が、自分の自動人形(オートマタ)に命令されて、いなくならなきゃならないんだ! いいか、意地でもついて行くぞ、僕は! 止めても無駄だからな!」

『……御勝手』

 へっと笑うように刹那が吐き捨てたなら、チャコールグレイの尻尾を怒りにピンと立たせた御主人が、再度、閲覧スペースに向かって歩き始めた。

 このやり取りをただただ見ていたリリアは、突き放すような事を言っていた割に、そんな御主人を見守る刹那の隣に移動した。

「……もしかして刹那さん、わざと、ですか?」

『御主人、取扱簡単、単純過。刹那、涙物也』 

 溜息をつくように首を軽く振った刹那は、リリアを見やると目の下を盛り上がらせた。

 不自然ながら初めて見る笑みを象ったそれに、少しだけ目を見張ったリリアは、微笑み返すと「そうですか」と小さく頷き。

「あ、そうでした。刹那さんの御主人、あなたのお名前は?」

 彼の従者ではない以上、御主人と呼ぶのも妙な気がして問うたなら、忌々しそうに振り返った彼が答えるより早く、隣にいた刹那がさらっと答えた。

『御主人之名、裸婦絵慰撫』

「は?」

「~~~~っ!! せーつーなー? 何でお前、僕の名前に当てる字だけ、妙にいかがわしい響きにするんだよ! 館長、違うからな! 僕の名前はラフェイブ! ドラグーンのラフェイブだ!」

『一族史上、最弱無能之御主人也』

「がああああああああああああああああああああああああああっっ!!……もおやだ、コイツ」

 どこまでいっても、御主人と呼ばれる割に刹那から敬われる気配のないラフェイブに、徐々に慣れて来たリリアは、そんな彼らの関係を微笑ましいと眺めていた。







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