鋏女
大和は数え切れないほどの女と遊んできた。大学生活をほとんど遊びに使い誰と寝たかも曖昧になりつつあるほどで、スマホの連絡先には女の名前がずらりと並んでいた。
「さて、今日は誰を誘うかな」
にやけながら画面を眺めていると、不意にLINEが鳴った。
送信者は「非モテくん」。大学のゼミ仲間、山田だった。
《大和さん!聞いてください!俺にも彼女ができたんです! 河野って子なんですけど!》
「河野?……誰だっけ」
指折り数えても思い当たらない。だが山田は興奮した様子で続ける。
《同じゼミの子ですよ!ほら、大和さんの真後ろに座ってる。イケメン先輩っていつもいってて……》
その文面を見て大和は思わず「げっ」と声を漏らした。
脳裏に浮かんだのは、不細工で、鼻息荒くフゴフゴしていた女。とても自分が手を出す気にはなれなかった相手だ。
「お前にお似合いの彼女じゃん」
内心の皮肉も含め無難に返すと、山田はさらに饒舌になった。
《そうでしょ?いやぁ最高なんです。特に身体が……。毎日三回はしてますよ!多い日は一日中!》
大和はあんぐりと口を開けた。
童貞が豹変したにしても、ありえない回数だ。吐く息すら臭そうなあの女に、どうしてそんなにのめり込めるのか。
だが次第に、興味が湧いてくる。あのムチムチの体。胸と腰のアンバランス。顔さえ隠せば、十分抱ける体だ。それに、まだブスは抱いていない。
「野郎の彼女?関係ねえよ」
そう呟くと、大和はすぐに河野へ連絡を入れた。
――そして数日後、待ち合わせ場所に現れた河野。
誘いに乗ったのだ。彼氏がいるにも関わらず、まぁ、俺が言えたもんではないのだが…
現れた彼女を見て息を呑んだ。かつての面影を一切感じさせない美貌の女だった。透き通る肌、艶めく黒髪、均整の取れた肢体。通行人が振り返るほどの美人。
「……マジかよ」
昂ぶる気持ちを抑えきれず、大和はそのままホテルへ誘った。
部屋に入ると、彼女は妖艶な笑みを浮かべ、耳元で囁く。「シャワー、浴びてきますね」
柄にもなくドキドキと胸を高鳴らせる。今まで抱いてきた女は両手両足では足りないというのに、彼女は特別に感じた。
少し奮発した二万ほどのラブホテルは狭いと感じるほど色んなプレイを妄想する。
大きくなった股間を押さえることはできないかもしれない。
ぶるるっ
携帯が鳴った。画面を見ると「非モテくん」からだった。通知からメッセージ内容を確認する。
『あ、大和さん。お久しぶりです。実はご報告がありまして…』
その続きが途切れており、萎える気持ちを抑えながら一応ということで確認画面へと移行する。
『実はご報告がありまして、僕の彼女が飛び降りまして、まぁ、僕が問い詰めたらって感じだったんですけど、大和さん。僕の彼女と寝ましたよね?ちゃんと証拠も押さえたので、今から大和さん家に行きますね。大和さんに彼女取られたみんなで一緒に。覚悟しててくださいね』
ゾクッと感じた瞬間、携帯を落としてしまった。
そして、頭に思考を巡らせる。
(えっ、ばれた?いや、この口ぶり、今じゃない。前の彼女?いや、こいつは彼女できたことなんてないはずだ、誰のことだ?多すぎてわからん。)
携帯を拾い上げ、『非モテくん』のラインをさかのぼる。すると、先日の会話文が全て文字化けしていた。
まるで山田との会話は嘘だと言うように。
(じゃあ、今一緒にいる女は誰だ?)
シャワーを浴びた河野らしき人物は裸のまんまビチャビチャと床を濡らして出てきた。
その手に鋏を取り出した。
「……な、何それ」
「昔ね、浮気した男のものを切り落とした女がいたの。知ってる?」
「え…知らない、てか、それ危なくね?ちょ、ちょっとたんま。てか、お前だれ!?ホントに河野?なぁ!!」
「私、浮気男が許せないの。そんなイチモツ、いらないよね。」
びびっているはずなのに、おったったイチモツは目の前の彼女に興奮しているようだ。
次の瞬間、冷たい金属の感触が大和を襲った。
痛みに絶叫し気を失った。
彼が目覚めたときには、彼女の姿は消えていた。血で濡れたシーツと、自らの失われた部分だけを残して。
――それからの大和は別人のようになった。
女と目を合わせられず、声をかけられるだけで怯える。かつて自信満々に笑っていた男は、今では視線を地に落としたまま、会話すらまともにできない。
大学は既に中退。怒り狂った男達から逃げるように引っ越したそうだ。
大学内では、彼のことをこう呼ぶ。
**「女に遊ばれた男」**と。