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7 人魚の骨

吉良朝葵:大学三年生

久万桐人:大学四年生、朝葵と同じ学部・ゼミの先輩

望月叶:大学三年生、朝葵の親友、朝葵と同じ学部・ゼミ

佐々山暁人:大学四年生、朝葵たちと同じ大学の医学部、桐人の従兄

日高悠一郞:朝葵たちと同じ民宿に泊まっていた客

 日中の騒がしさとは対照的に、その日の夜は何事もなく過ぎ去った。朝になり、迎えの船を待つ朝葵たちは、島を歩いて時を過ごしていた。


「……今日は、風がおさまりましたね」


 海面は静かに凪いでいた。東側の岩壁は、まだ警察が立ち入り禁止にしているので、朝葵たちは港から西へと足を向けた。

 西の丘には、小さな神社がある。祭神は蛭子大神。しかし島の人々は、『人魚の神社』と呼んでいた。


 境内には古びた社と簡素な社務所があり、若い宮司が掃き掃除をしていた。朝葵たちに気がつくと、宮司は箒を持つ手を止め、顔を上げた。


「おや、またいらしたんですね」


 朝葵たちが頭を下げると、宮司は気の毒そうな顔をして声をかけてきた。


「……このたびは、大変でしたね。せっかくこの島に来てくださったのに」

「いえ……」

「警察のお世話になることなんて、最近までなかったんですけどね。ご迷惑をおかけしました。今日、お帰りですか?」

「ええ、船が来るのを待っているんです」 


 朝葵が船の到着予定を告げると、「では、少しお茶でも」と若い宮司は社務所に招いてくれた。

 六畳ほどの和室に、朝葵たち四人が詰めて座る。やがて台所から宮司が、湯気の立つ茶を盆に載せて戻ってきた。

 島の人間にしては色白な宮司は、湯飲みを古い座卓に並べていく。


「……亡くなられた方は、人魚についてのお話をされていたそうですね」


 静かに落とされたその言葉で、朝葵たちに緊張が走った。

 人の少ない島では、噂がよく回る。警察はまだ調査の途中であり、結論が出ているはずもないのだが、すでに島の人々の間ではひとつの話がささやかれていた。


 あの青年は姉を亡くし、心を病んでいた。姉が流れ着いたこの島で、人魚のまぼろしを見るほどに。

 ――そして幻惑に取り憑かれ、姉の後を追うように岩から身を投げたのだ、と。


 宮司は朝葵の隣に腰を下ろすと、人懐っこい笑顔を浮かべて話を続けた。

 

「残念です。できれば、私もそのお話をうかがいたかった。あなた方は聞かれたのでしょう?」

「……ええ」

「どんなお話だったんでしょう? 少し、教えてくれませんか」


 ――ちょっと、やだな。


 三日前の朝葵なら、いつものように気さくに答えただろう。『昔から一緒にいたみたい』とよく言われるくらい、朝葵は人と親しくなるのが早い。普段の朝葵なら、こんなときは率先して口を開いている。

 しかし、今はとても日高の話をする気になれなかった。だんだんと胸の奥が重苦しくなり、言葉が喉に引っかかる。叶が宮司に抗議の視線を投げかけたとき、桐人が口を開いた。


「……正直、あまり参考にはならないかもしれません。単に岩を人魚と見間違えた、という話でしたから」


 意外な桐人の切り返しに、朝葵は内心驚いたが、顔には出さなかった。宮司はあからさまに肩を落とした。

 

「そうでしたか……。人魚と言えば、この神社も無関係ではありませんからね。先日もこの神社の伝説についてお話ししましたが、覚えていらっしゃいますか?」

「はい。人魚が流れ着く話ですね」

「ええ、その通りです」


 宮司が語る、この島の人魚伝説は、なかなかに残酷なものだった。

 

 ――その昔、この島の浜に人魚が流れ着いた。女の顔を持ち、人の言葉を話した。それを気味悪がった島の人々は、人魚をばらばらに引き裂いてしまった。

 人魚の腹の中からは魚が溢れだし、人魚の肉を喰らった者は長生きをした。島は豊かになり、人々は社を建てて人魚を祀ることにしたのだった。

 

「そうです。それが、この神社です」


 宮司は誇らしげに言ったが、朝葵はこの話を初めて聞いたとき、人間の身勝手さ、人魚の救われなさに、正直ひいてしまった。一昨日の晩に桐人から説明を受けていなければ、現代の感覚では、なんとも納得がいかない話だと思う。

 宮司はにこやかに続けた。


「みなさん、もう少し時間はおありですか」

「あと一時間くらい、ですが」

「よければ、ご神体をごらんになりますか」


 桐人の眉が、わずかにぴくりと動いた。奥のほうに座る暁人は、半ば諦めつつも、口をとがらせて若干の不満を表している。


「いいんですか。ぜひ」


 暁人には申し訳ないと思ったが、朝葵は答えた。朝葵としては、話題が変わるほうがありがたかった。

 宮司は頷いて席を立つと、社務所を出て行き、やがて古びた木箱を抱えて戻ってきた。蓋を開け、白布をていねいに開く。中には、大小さまざまなの骨が納められていた。


「こちらです。人魚の骨……と言われていますがね。中には、貝や石なども混じっているようです。おそらく、浜に漂着したものを集めたのだと思います」

「なるほど、まさにエビス信仰ですね」


 一昨日の晩、桐人は伝説の人魚について、自分の考察を話してくれた。漁村では、海のかなたから流れ来る漂流物を『エビス』と呼び、幸をもたらすものとして祀る信仰がよく見られるという。そして、その漂流物の中には、水死体も含まれていた。

 一方で、クジラやイルカ、サメもまた『エビス』と呼ばれ神格化されることがある。もともと漁村であるこの島では、それらの様々なエビス信仰が混ざりあったのではないか、と。

 

「この大きな骨は……クジラでしょうか」

「ええ、そうだと思いますよ」


 宮司と桐人は、骨を指さしながら熱心に語り合う。朝葵はその横で、ばらばらの骨をぼんやりと眺めていた。

 暁人は、箱の中身をちらりと見ると机から離れてしまった。普段は軽口の絶えない暁人がむっつりと黙り込み、骨に夢中の桐人を見る目は、険しく細められている。


「そろそろ、行かないと遅れるよ」


 暁人の声には、わずかにいらだちが混じっていた。実際はまだ時間があるのだが、確かにこれ以上は、桐人の例の癖が出そうで危うい。桐人は夢から覚めたように、はっとした顔を上げた。


「あ、ああ。すまない」

「おや、もうそんな時間でしたか。お引き留めして申し訳ありません」

「いいえ、貴重なものを見せていただき、ありがとうございました」


 朝葵たちも礼を言い、宮司に見送られて社務所を出た。境内を離れる前に、全員で社殿にお参りをする。社殿の木肌は海風に色が褪せ、全体として古びているものの、手入れは行き届いていた。宮司は、人魚の伝説とこの神社を、相当大事にしているのだろう。


 港に向かう道では、桐人と暁人は朝葵たちの前を歩いた。暁人は社務所を出たときからうつむき、黙りこくっている。もともと無口な桐人も、無理に声をかけようとはしなかった。

 重い沈黙に耐えきれず、叶がそっと朝葵に耳打ちをする。


「佐々山先輩、どうしたんだろう。いつもなら、あんなことで怒る人じゃないのに」

「うん……」


 社務所では険しい顔をしていた暁人だが、今はそんな雰囲気はない。むしろうなだれ、思いつめているように見えた。社務所でのできごとが、そんなに嫌だったのだろうか。

 

 港が見えてきたころ、暁人は意を決したように顔を上げ、桐人に口を開いた。


「……あのさ、さっきの骨なんだけど」

「ああ。時間を取らせて悪かったな。止めてくれて助かった」


 桐人が謝ると、暁人は首を横に振った。

 

「いや、違うんだ……」


 暁人はまわりを見渡し、人影がないことを確かめてから声を落とした。

 

「――あれ、人の骨が混じってたぞ」


ここまでお読みいただいてありがとうございます。なんとか続けていきますので、次のお話も引き続き楽しんでいただければ幸いです。

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