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3 顔のない葬儀

吉良朝葵:大学三年生

久万桐人:大学四年生、朝葵と同じ学部・ゼミの先輩

望月叶:大学三年生、朝葵の親友、朝葵と同じ学部・ゼミ

佐々山暁人:大学四年生、朝葵たちと同じ大学の医学部、桐人の従兄

日高悠一郞:朝葵たちと同じ民宿に泊まっている客

「お姉さんと、同じ顔……?」


 朝葵は思わずつぶやいた。日高が出会った人魚は、彼の姉の顔を持っていたという。


「僕の姉はね、半年前に亡くなったんだ。……不慮の事故で」

「……そうなんですね」

「姉さんは僕より五つ上で、面倒見のいい人だった。僕とは違って明るくて、優しくて、友達も多くて」

「……素敵なお姉さんだったんですね」

「うん。そうなんだ」


 日高の顔が、ふっとほころんだ。だが次の瞬間、大きく息を吐き出す。


「……葬式はした。火葬もしたよ。だから、姉さんが亡くなったのは確かだ」


 日高は、小さくかぶりを振った。


「でも――姉さんは、身体しか帰ってこなかった」





 ――声が出ない。ただ、ライトに照らし出された女の顔を凝視する。

 うめくように、たった一言だけがこぼれ落ちた。


「……ねえさん」


 なぜだ。なぜ、その顔がここにある。


 誰からも愛されていた姉さん。人の世話ばかりして、仕事も一生懸命やりすぎて、いつも自分のことを後回しにしていた姉さん。

 やっと、姉さんと並んで歩いてくれる人が現れたと思っていたのに。


『実はね、年末、彼氏と旅行に行くんだ。お母さんたちには内緒ね。はずかしいから』


 十二月の初め、姉さんは僕を食事に呼び出した。いつも年末は帰省するのに、今年は正月だけ顔を出すと言う。どうしたのかと尋ねると、少し顔を赤らめながら答えた。浮いた話など初めてだったから、僕は素直に「よかったね」と言った。

 その人とは知り合いの紹介で出会い、すぐに意気投合したのだと教えてくれた。

 

『私をすごく大切にしてくれるの。将来の話もしてて、真面目に付き合ってるわ。悠ちゃんも気が合うと思う。いずれ、家に挨拶に来てもらうつもり』


 そう話す姉さんは、とても幸せそうだった。

 

 だが、姉さんは旅から帰らなかった。

 正月になっても家に顔を出さず、連絡も寄越さない。両親があんまり心配するものだから、僕は「彼氏と旅行らしいよ」と教えてしまった。姉さんには、「母さんたちが心配しているから、連絡くらいしてやって」とメッセージを送った。

 この時点で、おかしいと思うべきだったのだ。

 

 正月が明けても、姉さんからの返事はなかった。数日して、姉さんの職場から無断欠勤が続いていると連絡が来た。さすがにおかしいと、青ざめた両親は警察に捜索願を出した。


 そして見つかったのは――冬の砂浜に打ち上げられた姉の身体だった。

 お気に入りのワンピースを着たままの、首から下だけの姿で。

 気温の低さのおかげで腐敗が少なかったことだけが、唯一の救いだった。


 警察によると、姉さんは自分で宿を予約し、一人で泊まっていた。姉さんの足取りからは、『彼氏』に当たる男性の存在は確認できなかった。

 警察は、早々に結論を下した。姉さんは元々一人旅をする予定であったが、見栄を張って、弟に「彼氏と旅行に行く」と言ったのだ。そして、自殺か事故かわからないが、不幸にも海に落ちて亡くなったのだろう、と。


『……海に落ちて、身体が見つかっただけでも奇跡的ですよ』


 娘はそんな人間ではない、首がないのは不自然だ、誰かが持ち去ったに違いないと詰め寄る両親に対し、警官は気の毒そうに言った。

 姉さんは大学から家を出て一人暮らしをしていたから、家族は普段の交友関係までは詳しく知らない。姉の友人も職場の同僚も、姉の交際相手については何も知らなかった。

 

 首から下しか戻らなかった姉さんの葬儀は、棺の蓋を閉じたまま行われた。

 母は泣き崩れ、父は沈黙の奥に、こみあげる怒りを噛み殺していた。

 自分は、ただ問いかけるしかなかった。

 

 ――姉さん、あなたの顔は、どこにあるんですか。

 

 遺影に向かって、何度も。





 そして今、あれほど探した顔が目の前にある。

 だが、首から下は闇に溶け、見えない。そこに身体がつづいているのか。あるいは、あれは、本物の姉の首なのか?


 ――それなら、それなら……

 

 そう思ったとき、闇が揺れた。


 ぱしゃん。


 水面を打つような音。先ほど聞いたのと、同じ音だ。

 ライトに照らされ、一瞬だけ女の全貌があらわになる。そこには、黒くぬらぬらと濡れた鱗がびっしりと並んだ、異様な身体が続いていた。


「ひっ……!」


 さすがに、悲鳴が漏れる。

 

 ――なんだ、これは。

 

 顔の下に広がるのは、魚とも蛇ともつかぬ巨大な身。異形の姿が目に焼き付き、背筋を冷たいものが走る。足がガタガタと震えて、逃げ出すことすらできない。

 

 女の顔は、なおもこちらを向いている。その口がかすかに動いた。

 目が離せず、釘付けになる。

 

 ――ゆ・う・ちゃ・ん。


 声が届いているわけではない。しかし、なぜだか()()()

 

 ――だ・め。


 次の瞬間、大きな水音とともに、その姿は闇へと呑まれた。

 残された大きな波紋だけが、闇の中に広がっていた。

ここまでお読みいただいてありがとうございます。次のお話も、引き続き楽しんでいただければ幸いです。

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