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10 寄り来たるもの

吉良朝葵:大学三年生

久万桐人:大学四年生、朝葵と同じ学部・ゼミの先輩

望月叶:大学三年生、朝葵の親友、朝葵と同じ学部・ゼミ

佐々山暁人:大学四年生、朝葵たちと同じ大学の医学部、桐人の従兄

日高悠一郞:朝葵たちと同じ民宿に泊まっていた客

「よそ向けの話、ですか?」

「……誰かに聞かれたときに説明するための話、という意味だ」


 朝葵たちには、まだ桐人の言っている意味がよくわからない。暁人が眉根を寄せて尋ねた。

 

「それはわかった。だが、お前の解釈のほうも教えてくれよ」

「それには、もうひとつの疑問の答えがいる。日高さんが最後の日、潮だまりに()()()()()()()()()、ということだ」


 確かに、日高は目的があって潮だまりのところまで向かったはずだ。最後に交わした会話では、『いろいろと思い出したことがあった』から、『改めて岩場を見てみたい』と言っていたのだから。


「これは、人魚が()()()()()()()()()()のか、という疑問の答えとも重なるんだ」


 叶が首を傾げる。

 

「え、どういうことですか。全然わかんない」

「順を追って説明するから、聞いてくれ」

 

 桐人は静かに話を続けた。


「女将さんの話やニュースでは、お姉さんの身体は砂浜で発見されたことになっている。あの島は潮流の関係で、漂着物がよく集まる所だ。だからこそ、エビス信仰が根強く残っているんだ」


 だからこそ、と言った桐人の声には、やや力がこもっていた。

 

「なるほど」

「島のどこに流れ着いても、漂着物は大事にされたろう。しかし、もっとも集まりやすい場所がある。それが……あの潮だまりだ」

「そうなんですか?」


 朝葵が問うと、桐人が頷いた。

 

「そもそも、"潮だまり"だからな。そこに物が溜まるのは当然だ。おまけに、洞穴もある。岩礁の関係で、返す波では流されにくくなっているんだろう。その証拠に、日高さんの身体も流されることがなかった」

「あっ……」


 朝葵の口から、思わず声が漏れる。そうだ。日高さんの身体は、夜の間、ずっとあそこに横たわっていたのだ。

 

「島の人々が、それを知らないはずがない。回収が遅れたのには警察の事情もあるが、島の住人は、あそこのものはまず流されないとわかっていたのだろう。だから、あっさりと放置するという判断をとったんじゃないか」


 それを知らない朝葵たちは、遺体が海にさらわれるのではないかと気を揉んでいた。それは取り越し苦労だったというわけだ。


 桐人は一度、小さく息を吐くと、テーブルの上で手を組んだ。


「ここからは、あくまで俺の想像なんだが……日高さんのお姉さんの遺体は最初、あの潮だまりのほうに流れ着いていたんじゃないだろうか」

「え、砂浜じゃなくてですか?」

「ああ、だからこそ、人魚はあの場所に現れた」


 ――本来、漂着した場所に。


「日高さんも、同じように考えていたとしたらどうだろう。あの潮だまりで人魚を見たときに、視界の端に漂着物をとらえていたとしたら」


 日高は毎日、砂浜を歩き続けていた。潮だまりには、砂浜よりも多くの漂着物が集まっていた。それを見て、桐人と同じ考えに至ってもおかしくない。

 そして、もし姉の遺体が流れ着いたのが潮だまりだったのなら、そこにこそ頭部の痕跡が残されているのかもしれないのだ。


「じゃあ日高さん、あの日はお姉さんを探しに……」

「『明るいほうがいいと思って』と日高さんは言っていた。つまり、明るいうちに何か作業をしたかった」

「捜索……ですか」

「そういうことだな」


 姉の身体から、なぜか失われた頭部。長い後悔のうちに、追い求めていた姉の顔。その手がかりがようやく現れたのだとすれば、それは彼の心にかなりの影響を与えただろう。


「だから、あの日は様子が違っていたんですね……」


 朝葵は小さくつぶやく。あの日、日高はわずかな希望に、胸を躍らせていたのだ。


 暁人が手を挙げる。

 

「日高さんのことはわかったよ。でもさ、それだったら、お姉さんの遺体を動かしたのは誰なんだよ。発見されたのは砂浜だったんだろ」

「遺体を動かしたのは、俺の考えでは……島の人の誰かだろう」

「あそこは流されないんだろ。今回でも放ってたくせに、なんでわざわざ動かす必要があるんだ?」


 暁人は腕組みをし、首をひねった。桐人はどこか痛ましげな表情を浮かべている。

 

「……その理由はわからない。だが、ひとつ考えられるのは――作業だ」

「作業?」

「……頭を取る」

「え……!」


 暁人がぽかんと口を開け、朝葵は絶句した。島の人が、頭を持ち去ったというのか。


「どうして島の人が、そんなことを……?」

「島の人々にとって、海から寄り来たるものは来訪神――エビス神だ。そしてあの島では、それらはすべて『人魚』という概念に内包される」

「はい。時には水死体も祀る……と」


 桐人は静かに頷いた。

 

「魚は珍しくない。しかし、人間の遺体は珍しい。日高さんのお姉さんは、島にとって久々の貴重な"エビス"だった。しかし人魚として祀るためには……頭部だけで十分だ」

「え、じゃあ、あの頸椎は……」


 暁人が青ざめて問う。桐人は首を振った。


「それは、俺にはわからんよ。そうかもしれないし、そうでないかもしれない」

「……もしそうなら、返してやってほしいよ……。日高さん、あんなに苦しんでたんだから……」


 暁人が沈痛な面持ちでつぶやく。叶の目には、涙がにじんでいた。

 桐人は目を伏せながらも、言葉を続ける。


「そして、――エビス神は富をもたらす。伝説にもあったとおりだ」


 人魚の腹の中からは魚が溢れだし、人魚の肉を喰らった者は長生きをした。島は豊かになり……


 ――人魚自身がそれを望んでいるかは、わからないけれど。

 

「お姉さんのことがあり、島は一時期賑わった。この夏ですら、閑古鳥が鳴く島が」


 SNSで話題になり、中には現地で写真を撮るものも――

 

「島の人々は、日高さんや日高さんのお姉さんのことについて、妙に淡々としていなかったか? 言葉の端々に、違和感はなかったか?」


 ――姉弟ふたりとも亡くなってしまって。ご両親もさぞ悲しいでしょうね

 ――浜ばっかり歩いていて変わった人だと思っていたけど、そう思うと気の毒ね

 ――警察のお世話になることなんて、最近までなかったんですけどね。

 ――ご迷惑をおかけしました。


 思い返せば、いやに冷淡な印象はあった。亡くなった本人たちの苦悩には、まるで関心がない。犠牲になったことを「仕方ない」と片づけるように――


「日高さんや、日高さんのお姉さんは……島の人たちが殺したの? エビス神にするために?」


 叶の顔は引きつっていた。女将は叶の親戚だ。今の話を聞き、冷静ではいられないのだろう。先輩に対する言葉から、敬語が抜けてしまっている。

 桐人は怒ることもなく、ただ気の毒そうな色を浮かべた。


「……あくまで仮説だからな。望月、俺の話を信じる必要はないんだ」


 落ち着いた声だった。

 

「女将さんは島の信仰の影響を受けているかも知れないが、少なくとも、日高さんの件には関わっていないだろう。あの日、日高さんが出かけた後、女将さんはずっと宿にいたじゃないか」

「そう……でした」


 叶が安堵の色を見せる。朝葵もほっとし、桐人に尋ねた。


「お姉さんが亡くなった経緯は、不審な点が多いですが……。もし犯人がいるとすれば、その"誰も知らない交際相手"でしょうか」

「そうだろうな。もしそうなら、相当に用意周到な人間だ」


 桐人は組んだ手をいったんほどき、拳を握りしめる。

 

「……日高さんの死因だって、わからないことが多すぎる。警察がどう考えているのか、今の時点では知りようもない。事故ならまだいいが……そうでないとしたら」

「そうでないと、したら……?」

「日高さんが自ら命を絶った可能性が低いのなら――結論は一つだ」


 ――誰かに、殺された。

 

 桐人は大きくため息をつくと、朝葵たち一人ひとりに目を向けた。


「これが、俺の仮説だ。これ以上は何もわからないし、話すべきじゃないと思う。変に深入りするのもよくない。いったん、このあたりで終わりにしておこう。さっきの"よそ向け"の話も、心に留めておいてくれ」


 朝葵たちは黙って頷いた。桐人は視線を落とし、低い声でつぶやく。

 

「……どこで、誰に目をつけられるかわからないからな」


 桐人の言葉に、みなが息を呑んだ。

 姿の見えぬ犯人がどこかに潜み、朝葵たちを監視している――そんな考えが頭の中をかすめ、朝葵はぶるりと身震いした。


ここまでお読みいただいてありがとうございます。次が最後のお話となります。

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