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遥か遠くで銀河を見つめて

作者: Nyaboo
掲載日:2025/07/01

 その日(ひ)、月(つき)都(と)市(し)セレネグロットに二(ふた)つのニュースが流(なが)れた。大(おお)きなニュースにかき消(け)されて、地(ち)球(きゅう)宛(あ)ての射(しゃ)出(しゅつ)物(ぶっ)資(し)が軌(き)道(どう)を外(はず)れてしまった小(ちい)さなニュースは人(ひと)々(びと)の記(き)憶(おく)からすぐに薄(うす)れてしまった。

 一(いっ)方(ぽう)の大(おお)きなニュース、月(つき)都(と)市(し)で初(はじ)めての餓(が)死(し)者(しゃ)が出(で)たというニュースは、退(たい)屈(くつ)な月(つき)の地(ち)下(か)生(せい)活(かつ)を送(おく)る人(ひと)々(びと)にとっては人(じん)口(こう)に膾(かい)炙(しゃ)する格(かっ)好(こう)の材(ざい)料(りょう)となった。

 月(つき)都(と)市(し)で餓(が)死(し)者(しゃ)が出(で)るということは、およそ考(かんが)えられないことであった。

 月(つき)都(と)市(し)の住(じゅう)人(にん)を見(み)てみよう。地(ち)下(か)トンネルや居(きょ)住(じゅう)区(く)の拡(かく)張(ちょう)、気(き)密(みつ)性(せい)の確(かく)保(ほ)および空(くう)気(き)浄(じょう)化(か)システムの維(い)持(じ)を行(おこな)う技(ぎ)術(じゅつ)者(しゃ)。都(と)市(し)の運(うん)営(えい)、資(し)源(げん)の配(はい)分(ぶん)、住(じゅう)民(みん)の安(あん)全(ぜん)を管(かん)理(り)し、住(じゅう)人(にん)の精(せい)神(しん)的(てき)および肉(にく)体(たい)的(てき)な健(けん)康(こう)を管(かん)理(り)する管(かん)理(り)者(しゃ)。月(つき)資(し)源(げん)の採(さい)掘(くつ)や宇(う)宙(ちゅう)観(かん)光(こう)に従(じゅう)事(じ)する企(き)業(ぎょう)労(ろう)働(どう)者(しゃ)。天(てん)文(もん)学(がく)者(しゃ)、地(ち)質(しつ)学(がく)者(しゃ)、生(せい)物(ぶつ)学(がく)者(しゃ)、物(ぶつ)理(り)学(がく)者(しゃ)など多(た)岐(き)にわたる研(けん)究(きゅう)者(しゃ)。新(しん)天(てん)地(ち)を求(もと)めて移(い)住(じゅう)してきた開(かい)拓(たく)者(しゃ)、あるいは冒(ぼう)険(けん)家(か)、探(たん)検(けん)家(か)。そして、わずかばかりの、娯(ご)楽(らく)を提(てい)供(きょう)する芸(げい)能(のう)人(じん)。

 少(すく)なくともここ月(つき)都(と)市(し)セレネグロットの住(じゅう)人(にん)は富(ふ)裕(ゆう)層(そう)以(い)上(じょう)であり、定(てい)期(き)的(てき)な健(けん)康(こう)チェックも義(ぎ)務(む)付(づ)けられており、餓(が)死(し)者(しゃ)が出(で)るということは、およそ考(かんが)えられないことであった。

 放(ほう)送(そう)局(きょく)のニュース番(ばん)組(ぐみ)では、アナウンサーが事(じ)件(けん)について伝(つた)えている。

「管(かん)理(り)局(きょく)は、自(じ)殺(さつ)もしくは他(た)殺(さつ)の線(せん)で捜(そう)査(さ)を行(おこな)っています」

 多(おお)くの人(ひと)々(びと)が、降(ふ)って湧(わ)いたような娯(ご)楽(らく)に目(め)を光(ひか)らせるのであった。


     ☆


 さて、軌(き)道(どう)安(あん)定(てい)、姿(し)勢(せい)安(あん)定(てい)。問(もん)題(だい)はないな。積(つみ)荷(に)の薄(はく)膜(まく)プリンターも正(せい)常(じょう)動(どう)作(さ)しているようだ。

 ぼくは一(ひと)通(とお)りの計(けい)器(き)のチェックを済(す)ませると、一(ひと)息(いき)ついた。いや、ともあれ、ぼくは安(あん)堵(ど)した。

 前(ぜん)方(ぽう)を見(み)る。ぼくの生(う)まれ故(こ)郷(きょう)、地(ち)球(きゅう)が見(み)える。地(ち)球(きゅう)から見(み)る月(つき)の、四(よん)倍(ばい)弱(じゃく)の大(おお)きさに見(み)える。ぼくの船(ふね)は、地(ち)球(きゅう)に向(む)かって飛(と)んでいる。

 月(つき)都(と)市(し)セレネグロットは地(ち)下(か)都(と)市(し)であるため、地(ち)球(きゅう)の姿(すがた)を拝(おが)める機(き)会(かい)は少(すく)ない。ぼくも地(ち)球(きゅう)を見(み)るのは何(なん)年(ねん)ぶりだろうか。もっとも、ぼくの場(ば)合(あい)は自(じ)室(しつ)に閉(と)じこもって研(けん)究(きゅう)をしていたから、自(じ)室(しつ)の外(そと)すらほとんど見(み)てなかったわけだけど。

 ぼくの船(ふね)は地(ち)球(きゅう)に向(む)かって飛(と)んでいる。でも、地(ち)球(きゅう)には行(い)かない。

 地(ち)球(きゅう)を見(み)ると、楽(たの)しかったことよりも、悲(かな)しいことを思(おも)い出(だ)してしまう。


     ☆


 月(つき)の住(じゅう)環(かん)境(きょう)は厳(きび)しい。

 重(じゅう)力(りょく)が地(ち)球(きゅう)の六(ろく)分(ぶん)の一(いち)ほどしかなく、大(たい)気(き)がほとんどない。また、水(みず)もほとんどないため、水(みず)資(し)源(げん)の確(かく)保(ほ)も課(か)題(だい)だ。

 月(つき)表(ひょう)面(めん)の昼(ちゅう)夜(や)の温(おん)度(ど)差(さ)は激(はげ)しい。月(つき)の一(いち)日(にち)は、地(ち)球(きゅう)の一(いち)日(にち)でいうところの二(に)十(じゅう)九(く)日(にち)半(はん)である。月(つき)は潮(ちょう)汐(せき)固(こ)定(てい)で同(おな)じ面(めん)を常(つね)に地(ち)球(きゅう)に向(む)けたまま二(に)十(じゅう)九(く)日(にち)半(はん)で地(ち)球(きゅう)を公(こう)転(てん)している。新(しん)月(げつ)から満(まん)月(げつ)になり、再(ふたた)び新(しん)月(げつ)になるまでが月(つき)の一(いち)日(にち)である。昼(ひる)は百(ひゃく)十(じゅう)度(ど)、夜(よる)はマイナス百(ひゃく)七(なな)十(じゅう)度(ど)に達(たっ)する。地(ち)球(きゅう)の寒(かん)暖(だん)差(さ)などとは比(くら)ぶべくもない過(か)酷(こく)な寒(かん)暖(だん)差(さ)だ。

 月(つき)には大(たい)気(き)がないため、隕(いん)石(せき)が断(だん)熱(ねつ)圧(あっ)縮(しゅく)による高(こう)熱(ねつ)で燃(も)え尽(つ)きることなく月(げつ)面(めん)に衝(しょう)突(とつ)する。それも問(もん)題(だい)だが、さらに厄(やっ)介(かい)なのが宇(う)宙(ちゅう)線(せん)だ。宇(う)宙(ちゅう)に存(そん)在(ざい)する放(ほう)射(しゃ)線(せん)を宇(う)宙(ちゅう)線(せん)と呼(よ)ぶ。月(つき)には地(ち)球(きゅう)のような磁(じ)気(き)圏(けん)や大(たい)気(き)がないため、宇(う)宙(ちゅう)線(せん)が直(ちょく)接(せつ)降(ふ)り注(そそ)ぐ。宇(う)宙(ちゅう)線(せん)は、人(じん)体(たい)はもちろん、コンピューターなどにも悪(あく)影(えい)響(きょう)を及(およ)ぼす。

 月(つき)表(ひょう)面(めん)の住(じゅう)環(かん)境(きょう)が厳(きび)しすぎるため、人(じん)類(るい)が目(め)をつけたのは溶(よう)岩(がん)洞(どう)である。日(に)本(ほん)の月(つき)探(たん)査(さ)機(き)が百(ひゃく)年(ねん)ほど前(まえ)に溶(よう)岩(がん)洞(どう)の天(てん)窓(まど)とみられる竪(たて)穴(あな)を発(はっ)見(けん)したのを皮(かわ)切(き)りに、月(つき)の地(ち)下(か)には溶(よう)岩(がん)流(りゅう)によって形(けい)成(せい)されたとみられる洞(どう)窟(くつ)が存(そん)在(ざい)することが分(わ)かった。そして、幾(いく)度(ど)にもわたる現(げん)地(ち)調(ちょう)査(さ)により、地(ち)下(か)二(に)百(ひゃく)メートルの位(い)置(ち)に直(ちょっ)径(けい)二(に)キロメートルの巨(きょ)大(だい)な溶(よう)岩(がん)洞(どう)が発(はっ)見(けん)されたのである。

 月(つき)都(と)市(し)セレネグロットの名(な)前(まえ)は、ギリシア神(しん)話(わ)の月(つき)の女(め)神(がみ)セレネと、洞窟(グロット)に由(ゆ)来(らい)する。厚(あつ)さ四(よん)十(じゅう)メートルの玄(げん)武(ぶ)岩(がん)に覆(おお)われた洞(どう)窟(くつ)はマイナス二(に)十(じゅう)度(ど)の安(あん)定(てい)した温(おん)度(ど)を保(たも)ち、隕(いん)石(せき)や宇(う)宙(ちゅう)線(せん)に対(たい)する防(ぼう)壁(へき)ともなっている。


     ☆


 積(つみ)荷(に)の薄(はく)膜(まく)プリンターが、何(なん)枚(まい)かプリントアウトを完(かん)了(りょう)したようだ。直(ちょっ)径(けい)三(さん)センチメートルほどの薄(はく)膜(まく)が出(しゅつ)力(りょく)トレイに並(なら)んでいる。

 ぼくは出(しゅつ)力(りょく)結(けっ)果(か)の薄(はく)膜(まく)集(しゅう)積(せき)回(かい)路(ろ)を単(たん)体(たい)テストする。うん、いいぞ、品(ひん)質(しつ)に問(もん)題(だい)はないようだ。

 プリンターというものは、元(もと)々(もと)は紙(かみ)などにインクを噴(ふん)射(しゃ)したり熱(ねつ)で転(てん)写(しゃ)することで、文(も)字(じ)や図(ず)表(ひょう)を出(しゅつ)力(りょく)するところから始(はじ)まった。

 プリンターの概(がい)念(ねん)が大(おお)きく変(か)わったのは3(スリー)D(ディー)プリンターだろうか。材(ざい)料(りょう)を積(せき)層(そう)することで三(さん)次(じ)元(げん)構(こう)造(ぞう)をプリントアウトできる3(スリー)D(ディー)プリンターは、月(つき)都(と)市(し)の建(けん)造(ぞう)でも使(つか)われている。月(つき)の土(ど)壌(じょう)レゴリスを利(り)用(よう)することで、地(ち)球(きゅう)から建(けん)築(ちく)資(し)材(ざい)を持(も)ち込(こ)むことなく地(ち)下(か)都(と)市(し)の建(けん)造(ぞう)ができる。また、原(げん)子(し)レベルで材(ざい)料(りょう)を積(せき)層(そう)すれば、電(でん)力(りょく)と素(そ)材(ざい)と時(じ)間(かん)の許(ゆる)す限(かぎ)りであるけど、およそ大(たい)抵(てい)のものをプリントアウトできる。

 薄(はく)膜(まく)プリンターは何(なに)をする装(そう)置(ち)なのかというと、薄(はく)膜(まく)に対(たい)してプリントするわけじゃなくて、薄(はく)膜(まく)状(じょう)の半(はん)導(どう)体(たい)集(しゅう)積(せき)回(かい)路(ろ)の作(さく)成(せい)なんかに使(つか)われる。言(い)ってしまえば、3(スリー)D(ディー)プリンターの二(に)次(じ)元(げん)版(ばん)だ。

 かつての半(はん)導(どう)体(たい)集(しゅう)積(せき)回(かい)路(ろ)は珪素(シリコン)を基(き)盤(ばん)に作(つく)られていた。珪素(シリコン)を結(けっ)晶(しょう)化(か)して薄(うす)い板(いた)状(じょう)にスライスして、その表(ひょう)面(めん)を酸(さん)化(か)させたり金(きん)属(ぞく)を蒸(じょう)着(ちゃく)させたり薬(やく)品(ひん)で削(けず)ったりして、トランジスターや電(でん)気(き)の通(とお)り道(みち)を生(せい)成(せい)していく。そうやって、髪(かみ)の毛(け)の十(じゅう)万(まん)分(ぶん)の一(いち)くらいの微(び)細(さい)な電(でん)子(し)回(かい)路(ろ)を作(つく)り上(あ)げるわけだ。

 人(じん)類(るい)が長(なが)らく利(り)用(よう)してきた珪素(シリコン)製(せい)の半(はん)導(どう)体(たい)だけど、高(こう)密(みつ)度(ど)な大(だい)規(き)模(ぼ)集(しゅう)積(せき)回(かい)路(ろ)を目(め)指(ざ)すうえで、大(おお)きな欠(けっ)点(てん)があった。珪素(シリコン)の結(けっ)晶(しょう)は三(さん)次(じ)元(げん)構(こう)造(ぞう)なので、縦(たて)と横(よこ)の平(へい)面(めん)だけでなく、どうしても厚(あつ)みを持(も)ってしまう。珪素(シリコン)結(けっ)晶(しょう)の奥(おく)の方(ほう)の構(こう)造(ぞう)が邪(じゃ)魔(ま)をして、半(はん)導(どう)体(たい)回(かい)路(ろ)をこれ以(い)上(じょう)は小(ちい)さくできないという限(げん)界(かい)に達(たっ)してしまったのだ。

 そこで、厚(あつ)みが原(げん)子(し)一(いっ)個(こ)分(ぷん)から数(すう)個(こ)分(ぶん)のシート状(じょう)の物(ぶっ)質(しつ)、二(に)次(じ)元(げん)物(ぶっ)質(しつ)を使(つか)って半(はん)導(どう)体(たい)集(しゅう)積(せき)回(かい)路(ろ)を作(さく)成(せい)する研(けん)究(きゅう)が行(おこな)われた。炭(たん)素(そ)原(げん)子(し)を六(ろっ)角(かっ)形(けい)に並(なら)べたグラフェン、遷(せん)移(い)金(きん)属(ぞく)ダイカルコゲナイト、六(ろっ)方(ぽう)晶(しょう)窒(ちっ)化(か)ホウ素(そ)などを組(く)み合(あ)わせるところから研(けん)究(きゅう)が始(はじ)まり、さまざまな素(そ)材(ざい)を用(もち)いることによって、非(ひ)常(じょう)に薄(うす)い半(はん)導(どう)体(たい)集(しゅう)積(せき)回(かい)路(ろ)が作(つく)れるようになった。

 薄(はく)膜(まく)プリンターによって、薄(はく)膜(まく)状(じょう)の半(はん)導(どう)体(たい)集(しゅう)積(せき)回(かい)路(ろ)を作(つく)ることができる。薄(はく)膜(まく)一(いち)枚(まい)あたりの処(しょ)理(り)能(のう)力(りょく)は大(たい)したことはないけど、それを何(なん)枚(まい)も何(なん)十(じゅう)枚(まい)も積(せき)層(そう)することで、十(じゅう)分(ぶん)な処(しょ)理(り)能(のう)力(りょく)が得(え)られる。


     ☆


「管(かん)理(り)局(きょく)は、餓(が)死(し)した科(か)学(がく)者(しゃ)の氏(し)名(めい)を公(こう)表(ひょう)しました。なお、自(じ)殺(さつ)か他(た)殺(さつ)かについては継(けい)続(ぞく)して捜(そう)査(さ)中(ちゅう)とのことです」

 月(つき)都(と)市(し)セレネグロットの人(ひと)々(びと)は、月(つき)都(と)市(し)での最(さい)初(しょ)の餓(が)死(し)者(しゃ)が科(か)学(がく)者(しゃ)であったことに驚(おどろ)きを隠(かく)せなかった。寝(しん)食(しょく)を忘(わす)れて研(けん)究(きゅう)に没(ぼっ)頭(とう)し、それで命(いのち)を落(お)としてしまったのだろうか。

 しかし、どこから捜(そう)査(さ)情(じょう)報(ほう)が漏(も)れたのやら、頭(とう)部(ぶ)に脳(のう)波(は)計(けい)らしき装(そう)置(ち)を装(そう)着(ちゃく)したままベッドに横(よこ)たわって亡(な)くなっていたという噂(うわさ)が流(なが)れ、死(し)の瞬(しゅん)間(かん)の脳(のう)波(は)を記(き)録(ろく)するために自(じ)殺(さつ)したのではないか、あるいは脳(のう)波(は)を強(きょう)制(せい)的(てき)に睡(すい)眠(みん)状(じょう)態(たい)にして他(た)殺(さつ)されたのではないか、などという憶(おく)測(そく)を呼(よ)ぶこととなった。


     ☆


 ぼくは薄(はく)膜(まく)プリンターが出(しゅつ)力(りょく)した薄(はく)膜(まく)集(しゅう)積(せき)回(かい)路(ろ)を、メインコンピューターに接(せつ)続(ぞく)した。

 薄(はく)膜(まく)集(しゅう)積(せき)回(かい)路(ろ)の厚(あつ)みは原(げん)子(し)数(すう)個(こ)分(ぷん)しかない。つまり、とても繊(せん)細(さい)なものだ。手(て)作(さ)業(ぎょう)で場(ば)所(しょ)を移(うつ)すなんて、考(かんが)えたくもない。ぼくはマニピュレーターを操(そう)作(さ)して、薄(はく)膜(まく)集(しゅう)積(せき)回(かい)路(ろ)をそっと持(も)ち上(あ)げる。

 メインコンピューターも、薄(はく)膜(まく)集(しゅう)積(せき)回(かい)路(ろ)を積(せき)層(そう)したものだ。そこに、新(あたら)しくプリントアウトした薄(はく)膜(まく)集(しゅう)積(せき)回(かい)路(ろ)を、位(い)置(ち)と角(かく)度(ど)を調(ちょう)節(せつ)して乗(の)せる。ミクロン単(たん)位(い)の精(せい)度(ど)が求(もと)められるけど、そのあたりは機(き)械(かい)がうまくやってくれる。

 うまく薄(はく)膜(まく)集(しゅう)積(せき)回(かい)路(ろ)を乗(の)せることができたら、電(でん)子(し)ビームで必(ひつ)要(よう)な穴(あな)を開(あ)けたり、銅(どう)原(げん)子(し)を打(う)ち込(こ)んで配(はい)線(せん)する。これも機(き)械(かい)任(まか)せなので、ぼくは結(けっ)果(か)を確(かく)認(にん)するだけだ。

 メインコンピューターに接(せつ)続(ぞく)した新(あたら)しい薄(はく)膜(まく)集(しゅう)積(せき)回(かい)路(ろ)も問(もん)題(だい)なく動(どう)作(さ)している。よかった。過(か)酷(こく)な宇(う)宙(ちゅう)空(くう)間(かん)ではあるけど、これならなんとかなりそうだ。

 宇(う)宙(ちゅう)空(くう)間(かん)で電(でん)子(し)機(き)器(き)を永(えい)続(ぞく)的(てき)に動(どう)作(さ)させようとすると、最(さい)大(だい)の問(もん)題(だい)は宇(う)宙(ちゅう)線(せん)だ。

 電(でん)子(し)回(かい)路(ろ)は、電(でん)子(し)の動(うご)きによって演(えん)算(ざん)を行(おこな)う。宇(う)宙(ちゅう)線(せん)は高(こう)エネルギーの放(ほう)射(しゃ)線(せん)だ。X(エックス)線(せん)やガンマ線(せん)といった電(でん)磁(じ)波(は)のほか、陽(よう)子(し)、中(ちゅう)性(せい)子(し)、電(でん)子(し)、アルファ粒(りゅう)子(し)、重(じゅう)粒(りゅう)子(し)などの粒(りゅう)子(し)線(せん)からなる。宇(う)宙(ちゅう)線(せん)は宇(う)宙(ちゅう)空(くう)間(かん)を飛(と)び交(か)っているし、地(ち)球(きゅう)にも降(ふ)り注(そそ)いでいる。宇(う)宙(ちゅう)線(せん)の粒(りゅう)子(し)が電(でん)子(し)機(き)器(き)の半(はん)導(どう)体(たい)デバイスに衝(しょう)突(とつ)すると、電(でん)子(し)の動(うご)きを乱(みだ)し、メモリー情(じょう)報(ほう)を誤(あやま)らせたり、回(かい)路(ろ)を一(いち)時(じ)的(てき)あるいは恒(こう)久(きゅう)的(てき)にショートさせてしまったりする。

 宇(う)宙(ちゅう)線(せん)への対(たい)策(さく)としては、構(こう)造(ぞう)や材(ざい)料(りょう)を工(く)夫(ふう)したり、回(かい)路(ろ)を改(かい)良(りょう)したり、冗(じょう)長(ちょう)化(か)したりして電(でん)子(し)回(かい)路(ろ)自(じ)体(たい)を壊(こわ)れにくくする手(しゅ)段(だん)がある。あるいは、電(でん)磁(じ)バリアによって宇(う)宙(ちゅう)線(せん)の軌(き)道(どう)を曲(ま)げ、電(でん)子(し)機(き)器(き)への入(にゅう)射(しゃ)を防(ふせ)いだり、壁(へき)内(ない)に水(みず)を満(み)たして宇(う)宙(ちゅう)線(せん)を遮(しゃ)蔽(へい)したりして防(ぼう)御(ぎょ)する方(ほう)法(ほう)もある。

 さらに、宇(う)宙(ちゅう)線(せん)を防(ふせ)げたところで、微(び)細(さい)な電(でん)気(き)回(かい)路(ろ)を長(ちょう)期(き)間(かん)にわたって使(つか)い続(つづ)けると、電(でん)流(りゅう)が流(なが)れる際(さい)に金(きん)属(ぞく)原(げん)子(し)が移(い)動(どう)してしまい、配(はい)線(せん)が断(だん)線(せん)したりショートしてしまう可(か)能(のう)性(せい)もある。エレクトロマイグレーションという現(げん)象(しょう)だ。つまり、電(でん)子(し)回(かい)路(ろ)はいつか必(かなら)ず故(こ)障(しょう)するものとして対(たい)策(さく)しなければならない。

 そこでぼくは、メインコンピューターの集(しゅう)積(せき)回(かい)路(ろ)を代(たい)謝(しゃ)させることにした。新(あたら)しい薄(はく)膜(まく)集(しゅう)積(せき)回(かい)路(ろ)を追(つい)加(か)する一(いっ)方(ぽう)で、古(ふる)くなった薄(はく)膜(まく)集(しゅう)積(せき)回(かい)路(ろ)を捨(す)てていくのだ。もちろん古(ふる)くなった薄(はく)膜(まく)集(しゅう)積(せき)回(かい)路(ろ)はリサイクルする。

 同(どう)様(よう)に薄(はく)膜(まく)プリンターの製(せい)造(ぞう)や修(しゅう)理(り)を行(おこな)う機(き)器(き)類(るい)も用(よう)意(い)しているし、必(ひつ)要(よう)に応(おう)じて3(スリー)D(ディー)プリンターで出(しゅつ)力(りょく)することもできる。なんなら、3(スリー)D(ディー)プリンター自(じ)体(たい)を出(しゅつ)力(りょく)することもできる。

 ぼくの船(ふね)のあらゆるメカニズムは、新(しん)陳(ちん)代(たい)謝(しゃ)を繰(く)り返(かえ)しながら、ずっと機(き)能(のう)し続(つづ)けてくれるだろう。


     ☆


 月(つき)都(と)市(し)セレネグロットの娯(ご)楽(らく)は多(おお)いとは言(い)えない。月(つき)都(と)市(し)の人(ひと)々(びと)は娯(ご)楽(らく)に飢(う)えていた。

 歌(か)手(しゅ)、コメディアン、俳(はい)優(ゆう)、マジシャン、ダンサーなども存(そん)在(ざい)するが、その人(にん)数(ずう)は数(かぞ)えるばかりだ。その理(り)由(ゆう)は、月(つき)都(と)市(し)で娯(ご)楽(らく)を生(せい)成(せい)するコストが、収(しゅう)益(えき)に見(み)合(あ)わないというところが大(おお)きい。つまり、地(ち)球(きゅう)で作(つく)った娯(ご)楽(らく)コンテンツを月(つき)都(と)市(し)で流(なが)すほうが遥(はる)かに安(あん)価(か)に済(す)むのである。

 重(じゅう)力(りょく)が地(ち)球(きゅう)の六(ろく)分(ぶん)の一(いち)程(てい)度(ど)なのを利(り)用(よう)したダンスパフォーマンスは、かつては物(もの)珍(めずら)しさに好(こう)評(ひょう)ではあったものの、次(し)第(だい)に飽(あ)きられていった。ダンサー自(じ)身(しん)の筋(きん)力(りょく)維(い)持(じ)の問(もん)題(だい)もあるため、ほとんど廃(すた)れていると言(い)ってもいい。

 地(ち)下(か)都(と)市(し)であるため、星(ほし)空(ぞら)を望(のぞ)むことも叶(かな)わない。青(あお)い地(ち)球(きゅう)を眺(なが)めて過(す)ごす月(つき)生(せい)活(かつ)を夢(ゆめ)見(み)ていた人(ひと)々(びと)の最(さい)大(だい)の失(しつ)望(ぼう)がここにあった。モニター越(ご)しに夜(よ)空(ぞら)を眺(なが)めるなら、それは地(ち)球(きゅう)でも可(か)能(のう)なのだ。

 日(にち)常(じょう)的(てき)に星(ほし)空(ぞら)を見(み)る機(き)会(かい)に恵(めぐ)まれているのは、月(つき)資(し)源(げん)の採(さい)掘(くつ)を行(おこな)う企(き)業(ぎょう)労(ろう)働(どう)者(しゃ)、天(てん)体(たい)観(かん)測(そく)を行(おこな)う天(てん)文(もん)学(がく)者(しゃ)、そして月(つき)の海(うみ)の横(おう)断(だん)に挑(いど)む冒(ぼう)険(けん)家(か)くらいであろうか。

 月(つき)都(と)市(し)セレネグロットは、月(つき)の海(うみ)と山(さん)岳(がく)の境(きょう)界(かい)に位(い)置(ち)する。月(つき)資(し)源(げん)の採(さい)掘(くつ)は、山(さん)岳(がく)もしくは月(つき)の海(うみ)の洞(どう)窟(くつ)で行(おこな)われるため、企(き)業(ぎょう)労(ろう)働(どう)者(しゃ)は星(ほし)空(ぞら)を見(み)る機(き)会(かい)に預(あず)かれるかも知(し)れない。

 月(つき)の海(うみ)は、月(げつ)面(めん)に存(そん)在(ざい)する濃(こ)い色(いろ)の玄(げん)武(ぶ)岩(がん)で覆(おお)われた平(へい)原(げん)である。地(ち)球(きゅう)から見(み)たときに黒(くろ)く見(み)えるのが月(つき)の海(うみ)だ。かつて天(てん)文(もん)学(がく)者(しゃ)のヨハネス・ケプラーはここに水(みず)があると信(しん)じて海(うみ)と呼(よ)んだが、実(じっ)際(さい)には水(みず)があるわけではなく、平(へい)坦(たん)な地(ち)形(けい)が続(つづ)くだけである。

 現(げん)在(ざい)でも地(ち)球(きゅう)で運(うん)用(よう)されているアルマ望(ぼう)遠(えん)鏡(きょう)は、チリのアタカマ砂(さ)漠(ばく)に建(けん)設(せつ)された電(でん)波(ぱ)干(かん)渉(しょう)計(けい)である。標(ひょう)高(こう)五(ご)千(せん)メートルの高(こう)地(ち)砂(さ)漠(ばく)に設(せっ)置(ち)した可(か)動(どう)式(しき)高(こう)精(せい)度(ど)パラボラアンテナをひとつの電(でん)波(ぱ)望(ぼう)遠(えん)鏡(きょう)として活(かつ)用(よう)することで、視(し)力(りょく)でいえば一(いち)万(まん)二(に)千(せん)に相(そう)当(とう)する高(たか)い分(ぶん)解(かい)能(のう)を有(ゆう)する。

 そのアルマ望(ぼう)遠(えん)鏡(きょう)の後(こう)継(けい)とされる望(ぼう)遠(えん)鏡(きょう)が、月(つき)都(と)市(し)セレネグロットに近(ちか)い月(つき)の海(うみ)にて設(せっ)置(ち)が進(すす)められている。アルマ天(てん)文(もん)台(だい)が高(こう)地(ち)砂(さ)漠(ばく)に設(せっ)置(ち)された理(り)由(ゆう)のひとつが観(かん)測(そく)の妨(さまた)げになる水(すい)蒸(じょう)気(き)が少(すく)ないということであったが、月(つき)の海(うみ)ならばそれを上(うわ)回(まわ)る好(こう)条(じょう)件(けん)が得(え)られる見(み)込(こ)みである。

 この望(ぼう)遠(えん)鏡(きょう)が稼(か)働(どう)すれば、月(つき)都(と)市(し)の天(てん)文(もん)学(がく)者(しゃ)が肉(にく)眼(がん)で星(ほし)空(ぞら)を見(み)る機(き)会(かい)はむしろ減(へ)るだろう。


     ☆


 衝(しょう)突(とつ)警(けい)報(ほう)によって、ぼくは飛(と)び起(お)きた。どうやらぼくは眠(ねむ)っていたらしい。

 地(ち)球(きゅう)に近(ちか)づいてきたせいだろうか、ぼくの船(ふね)に地(ち)球(きゅう)を周(しゅう)回(かい)するデブリのひとつが衝(しょう)突(とつ)したようだ。ぼくは船(せん)体(たい)の気(き)密(みつ)チェックを行(おこな)う。問(もん)題(だい)ないようだ。問(もん)題(だい)がないと分(わ)かったところで、思(おも)わずぼくは笑(わら)っていた。

 デブリの衝(しょう)突(とつ)によって、船(せん)体(たい)に穴(あな)は開(あ)かなかったものの、ちょっとした回(かい)転(てん)モーメントが与(あた)えられてしまったようだ。ぼくはスラスター制(せい)御(ぎょ)で船(せん)体(たい)の回(かい)転(てん)を抑(おさ)える。軌(き)道(どう)には問(もん)題(だい)はないようだ。

 船(せん)体(たい)の回(かい)転(てん)を抑(おさ)えたところで、ぼくは子(こ)供(ども)の頃(ころ)を思(おも)い出(だ)す。ぼくは眠(ねむ)るのが怖(こわ)くて母(はは)に泣(な)きついたことがある。

 ぼくが眠(ねむ)ると、ぼくは意(い)識(しき)を失(うしな)う。翌(よく)朝(あさ)目(め)覚(ざ)めたぼくは、果(は)たして前(ぜん)日(じつ)の夜(よる)に眠(ねむ)りについたぼくと同(どう)一(いつ)人(じん)物(ぶつ)なのだろうか。それとも、コンピューターの電(でん)源(げん)を落(お)として再(さい)起(き)動(どう)したみたいに、ぼくの記(き)憶(おく)を辿(たど)って起(き)動(どう)した別(べつ)人(じん)が、ぼくの振(ふ)りをして生(い)きていくんだろうか。

 ぼく自(じ)身(しん)が消(き)えてしまう不(ふ)安(あん)に襲(おそ)われて、ぼくは母(はは)に泣(な)きついた。

 今(いま)になって考(かんが)えれば、取(と)るに足(た)りない不(ふ)安(あん)だ。睡(すい)眠(みん)にはいくつかのステージがある。レム睡(すい)眠(みん)では脳(のう)は覚(かく)醒(せい)時(じ)に近(ちか)い活(かつ)動(どう)をしており、意(い)識(しき)は夢(ゆめ)を見(み)るわけだけど、論(ろん)理(り)的(てき)な思(し)考(こう)や自(じ)己(こ)認(にん)識(しき)は制(せい)限(げん)される。ノンレム睡(すい)眠(みん)で深(ふか)い睡(すい)眠(みん)に入(はい)ると意(い)識(しき)はほぼ停(てい)止(し)し、外(がい)部(ぶ)からの刺(し)激(げき)への反(はん)応(のう)はほぼなくなる。とはいえ脳(のう)が停(てい)止(し)するわけではなく、脳(のう)は身(しん)体(たい)の修(しゅう)復(ふく)や記(き)憶(おく)の整(せい)理(り)を行(おこな)う。

 つまり、睡(すい)眠(みん)しても脳(のう)の電(でん)源(げん)が落(お)とされることはなく、翌(よく)朝(あさ)にはちゃんとぼくが目(め)覚(さ)めるというわけだ。


     ☆


 月(つき)都(と)市(し)セレネグロットの数(かず)少(すく)ない娯(ご)楽(らく)のひとつが、重(じゅう)力(りょく)ジムである。

 月(つき)の重(じゅう)力(りょく)は地(ち)球(きゅう)の六(ろく)分(ぶん)の一(いち)程(てい)度(ど)であるため、長(ちょう)期(き)滞(たい)在(ざい)者(しゃ)の筋(きん)力(りょく)や骨(こつ)密(みつ)度(ど)の低(てい)下(か)が深(しん)刻(こく)な健(けん)康(こう)被(ひ)害(がい)を生(う)む。それを防(ふせ)ぐためには日(にち)常(じょう)的(てき)な筋(きん)力(りょく)トレーニングが欠(か)かせない。

 重(じゅう)力(りょく)ジムは月(つき)の竪(たて)穴(あな)に設(せっ)置(ち)された、高(たか)さ二(に)百(ひゃく)メートルもある建(けん)造(ぞう)物(ぶつ)である。縦(たて)に細(ほそ)長(なが)いすり鉢(ばち)状(じょう)をしており、この施(し)設(せつ)が回(かい)転(てん)することにより遠(えん)心(しん)力(りょく)を発(はっ)生(せい)させ、月(つき)の重(じゅう)力(りょく)と合(あ)わせることにより、地(ち)球(きゅう)と同(どう)等(とう)の重(じゅう)力(りょく)を発(はっ)生(せい)させる。

 一(いち)部(ぶ)の富(ふ)裕(ゆう)層(そう)はこの重(じゅう)力(りょく)ジムに住(じゅう)居(きょ)を構(かま)えているが、大(だい)多(た)数(すう)の人(ひと)々(びと)は週(しゅう)に数(すう)度(ど)ほどこの重(じゅう)力(りょく)ジムに通(かよ)うことで筋(きん)力(りょく)を維(い)持(じ)している。


     ☆


「でも、すれ違(ちが)いなんて、なんか寂(さび)しいわね」

 妻(つま)の声(こえ)が聞(き)こえたような気(き)がして、ぼくは目(め)を覚(さ)ました。

 妻(つま)がここにいるわけがない。いや、妻(つま)はもうどこにもいない。

 研(けん)究(きゅう)にばかり没(ぼっ)頭(とう)していた仕(し)事(ごと)人(にん)間(げん)のぼくは、もっと妻(つま)とたくさんのことを話(はな)せばよかったと、今(いま)でも後(こう)悔(かい)している。

 妻(つま)の言(こと)葉(ば)とともに、妻(つま)の最(さい)期(ご)の日(ひ)を思(おも)い出(だ)す。

 あの日(ひ)、ぼくは妻(つま)との結(けっ)婚(こん)記(き)念(ねん)日(び)のお祝(いわ)いのために、定(てい)時(じ)に帰(き)宅(たく)すると約(やく)束(そく)をしていた。

 研(けん)究(きゅう)所(じょ)を出(で)る直(ちょく)前(ぜん)、ふと閃(ひらめ)いたことがあり、それを確(かく)認(にん)するために、妻(つま)に「三(さん)十(じっ)分(ぷん)だけ遅(おく)れる」と連(れん)絡(らく)したぼくを、ぼくは許(ゆる)せない。

 人(ひと)が生(い)きる時(じ)間(かん)は長(なが)くない。大(たい)切(せつ)な人(ひと)とともに過(す)ごせる時(じ)間(かん)は長(なが)くない。その大(たい)切(せつ)な三(さん)十(じっ)分(ぷん)を、ぼくはちょっとした閃(ひらめ)きの確(かく)認(にん)なんかのために使(つか)ってしまった。

 三(さん)十(じっ)分(ぷん)ほど遅(おく)れて家(いえ)に向(む)かう途(と)中(ちゅう)、救(きゅう)急(きゅう)車(しゃ)のサイレンを聞(き)いた。それが妻(つま)のための救(きゅう)急(きゅう)車(しゃ)だと、その時(とき)のぼくは思(おも)いもしなかった。

 家(いえ)に帰(かえ)ると、妻(つま)はいなかった。用(よう)意(い)されたケーキと、妻(つま)の手(て)料(りょう)理(り)。ケーキの横(よこ)に置(お)かれたロウソクの本(ほん)数(すう)は、ぼくたちが結(けっ)婚(こん)してからの年(ねん)数(すう)には一(いっ)本(ぽん)だけ足(た)りなかった。

 そして、ぼくは病(びょう)院(いん)からの連(れん)絡(らく)によって、妻(つま)が事(じ)故(こ)死(し)したことを知(し)らされた。

 妻(つま)は、ぼくの帰(き)宅(たく)が三(さん)十(じっ)分(ぷん)遅(おく)れると知(し)り、ケーキに立(た)てるためのロウソクを近(きん)所(じょ)に買(か)いに出(で)たようだった。妻(つま)はそのロウソクを握(にぎ)ったまま、天(てん)国(ごく)に旅(たび)立(だ)ってしまった。

 あの日(ひ)、ぼくが三(さん)十(じっ)分(ぷん)遅(おく)れなかったら。

 悔(く)やんでも悔(く)やんでも、妻(つま)は帰(かえ)ってこなかった。

 ぼくは、ぼくを許(ゆる)せない。

 永(えい)久(きゅう)に許(ゆる)すことはない。


     ☆


 月(つき)都(と)市(し)で初(はじ)めての餓(が)死(し)者(しゃ)が出(で)たものの、その後(あと)の情(じょう)報(ほう)が続(つづ)かず、人(ひと)々(びと)の記(き)憶(おく)から徐(じょ)々(じょ)に薄(うす)れつつあった頃(ころ)に、続(ぞく)報(ほう)があった。

「射(しゃ)出(しゅつ)異(い)常(じょう)で軌(き)道(どう)を外(はず)れた地(ち)球(きゅう)宛(あ)ての射(しゃ)出(しゅつ)物(ぶっ)資(し)の送(おく)り主(ぬし)が判(はん)明(めい)しました」

 あの日(ひ)、軌(き)道(どう)を外(はず)れてしまった地(ち)球(きゅう)宛(あ)ての射(しゃ)出(しゅつ)物(ぶっ)資(し)、その送(おく)り主(ぬし)は、餓(が)死(し)した科(か)学(がく)者(しゃ)その人(ひと)だったのである。

 人(ひと)々(びと)は興(きょう)味(み)を取(と)り戻(もど)した。餓(が)死(し)した科(か)学(がく)者(しゃ)は、地(ち)球(きゅう)に何(なに)を送(おく)ろうとしていたのか。軌(き)道(どう)を外(はず)れた射(しゃ)出(しゅつ)物(ぶっ)資(し)はどこへ行(い)ってしまったのか。

 射(しゃ)出(しゅつ)物(ぶっ)資(し)の品(ひん)目(もく)については、すぐに明(あき)らかとなった。3(スリー)D(ディー)プリンターや薄(はく)膜(まく)プリンターをはじめとする工(こう)作(さく)機(き)械(かい)である。これは月(つき)都(と)市(し)で科(か)学(がく)者(しゃ)が使(し)用(よう)していたものであると確(かく)認(にん)され、おそらく地(ち)球(きゅう)に送(おく)り返(かえ)した後(あと)に科(か)学(がく)者(しゃ)本(ほん)人(にん)も地(ち)球(きゅう)に転(てん)居(きょ)する心(こころ)積(づ)もりだったのだろうと推(すい)察(さつ)された。

 なお、射(しゃ)出(しゅつ)物(ぶっ)資(し)の行(ゆく)方(え)であるが、こちらは調(ちょう)査(さ)中(ちゅう)である。電(でん)磁(じ)カタパルトで加(か)速(そく)されて射(しゃ)出(しゅつ)された物(ぶっ)資(し)は、通(つう)常(じょう)であれば地(ち)球(きゅう)の周(しゅう)回(かい)軌(き)道(どう)に到(とう)達(たつ)する。大(たい)気(き)圏(けん)突(とつ)入(にゅう)および減(げん)速(そく)を行(おこな)うのは高(こう)度(ど)な制(せい)御(ぎょ)が必(ひつ)要(よう)となるため、受(うけ)取(とり)業(ぎょう)者(しゃ)が周(しゅう)回(かい)軌(き)道(どう)で物(ぶっ)資(し)を確(かく)保(ほ)し、軌(き)道(どう)エレベーターで地(ち)上(じょう)に下(お)ろす運(うん)用(よう)がなされている。

 地(ち)球(きゅう)宛(あ)ての物(ぶっ)資(し)の射(しゃ)出(しゅつ)は多(た)額(がく)の費(ひ)用(よう)がかかる。積(つみ)荷(に)の工(こう)作(さく)機(き)械(かい)を地(ち)球(きゅう)で購(こう)入(にゅう)するほうが遥(はる)か安(あん)価(か)に済(す)む。工(こう)作(さく)機(き)械(かい)は目(め)眩(くら)ましの偽(ぎ)装(そう)で、実(じつ)はもっと重(じゅう)要(よう)な何(なに)かが積(つ)まれていたのではないか。あるいは科(か)学(がく)者(しゃ)を殺(ころ)した何(なに)者(もの)かが乗(の)っているのではないか。人(ひと)々(びと)は妄(もう)想(そう)を膨(ふく)らませた。


     ☆


 妻(つま)が亡(な)くなったあと、ぼくはよくない考(かんが)えに囚(とら)われた。

 妻(つま)の脳(のう)から、妻(つま)のすべての記(き)憶(おく)を取(と)り出(だ)して、コンピューターに保(ほ)存(ぞん)しておきたい。そうすれば、妻(つま)があの日(ひ)、何(なに)を考(かんが)えていたのか、最(さい)期(ご)の瞬(しゅん)間(かん)に何(なに)を思(おも)ったのかが分(わ)かるかも知(し)れない。

 だけど、ぼくの中(なか)の科(か)学(がく)者(しゃ)としての理(り)性(せい)が、そんな愚(おろ)かな考(かんが)えを踏(ふ)み留(とど)まらせた。夫(ふう)婦(ふ)であっても、他(た)人(にん)の記(き)憶(おく)を覗(のぞ)き見(み)などしてはいけない。

 それに、人(にん)間(げん)の脳(のう)の記(き)憶(おく)をすべてコンピューターに移(うつ)して、その上(うえ)で意(い)識(しき)というプログラムを走(はし)らせたところで、それは元(もと)の人(にん)間(げん)の記(き)憶(おく)を持(も)っているだけの別(べつ)人(じん)だ。決(けっ)して本(ほん)人(にん)ではありえない。

 たとえば、ぼくの記(き)憶(おく)をすべてコンピューターに移(うつ)したら、ぼくは永(えい)遠(えん)に生(い)きていけるだろうか。目(め)の前(まえ)のコンピューターが「じゃあ、元(もと)の肉(にく)体(たい)は要(い)らない」と言(い)ってぼくを廃(はい)棄(き)処(しょ)分(ぶん)しようとしたら、ぼくはそれを受(う)け入(い)れられるだろうか。それはつまり、ぼくの記(き)憶(おく)を持(も)った他(た)人(にん)がぼくを殺(ころ)すだけだ。それは恐(きょう)怖(ふ)でしかないだろう。


     ☆


「射(しゃ)出(しゅつ)異(い)常(じょう)で軌(き)道(どう)を外(はず)れた地(ち)球(きゅう)宛(あ)ての射(しゃ)出(しゅつ)物(ぶっ)資(し)ですが、射(しゃ)出(しゅつ)パラメーターの改(かい)竄(ざん)が認(みと)められました」

 射(しゃ)出(しゅつ)パラメーターの改(かい)竄(ざん)、それはつまり、誰(だれ)かが意(い)図(と)的(てき)に射(しゃ)出(しゅつ)物(ぶっ)資(し)の軌(き)道(どう)を外(はず)させたということである。

 人(ひと)々(びと)の興(きょう)味(み)を引(ひ)いたのは、そのこと自(じ)体(たい)ではなく、それを行(おこな)った誰(だれ)か、それが科(か)学(がく)者(しゃ)本(ほん)人(にん)のコンピューターからの不(ふ)正(せい)操(そう)作(さ)だったことである。

 科(か)学(がく)者(しゃ)が自(みずか)ら不(ふ)正(せい)操(そう)作(さ)を行(おこな)って射(しゃ)出(しゅつ)物(ぶっ)資(し)の軌(き)道(どう)を外(はず)させたのだろうか。しかし、不(ふ)正(せい)操(そう)作(さ)の時(じ)間(かん)帯(たい)が科(か)学(がく)者(しゃ)の推(すい)定(てい)死(し)亡(ぼう)時(じ)刻(こく)と重(かさ)なることが判(はん)明(めい)し、人(ひと)々(びと)はさらにこの推(すい)理(り)ゲームに熱(ねっ)中(ちゅう)するのであった。


     ☆


 人(にん)間(げん)の記(き)憶(おく)をすべてコンピューターに移(うつ)しても、それは元(もと)の人(にん)間(げん)と同(おな)じ記(き)憶(おく)を持(も)っているだけの他(た)人(にん)だ。

 では、人(にん)間(げん)の意(い)識(しき)をコンピューターに移(うつ)すには、どうすればいいだろうか。

 脳(のう)機(き)能(のう)拡(かく)張(ちょう)には、大(おお)きく分(わ)けて二(ふた)つの方(ほう)法(ほう)がある。

 ひとつは、脳(のう)内(ない)に電(でん)極(きょく)などを留(りゅう)置(ち)して刺(し)激(げき)を与(あた)えることで、本(ほん)来(らい)の脳(のう)機(き)能(のう)以(い)上(じょう)の能(のう)力(りょく)を発(はっ)揮(き)させようとする方(ほう)法(ほう)。もうひとつは、ぼくの研(けん)究(きゅう)でもあったのだけど、脳(のう)外(がい)に用(よう)意(い)した補(ほ)助(じょ)演(えん)算(ざん)装(そう)置(ち)によって、脳(のう)機(き)能(のう)を拡(かく)張(ちょう)する方(ほう)法(ほう)だ。

 後(こう)者(しゃ)の方(ほう)法(ほう)はぼく以(い)外(がい)にも研(けん)究(きゅう)者(しゃ)がいて、大(だい)容(よう)量(りょう)の記(き)憶(おく)装(そう)置(ち)を脳(のう)外(がい)に持(も)つことによって、莫(ばく)大(だい)なお金(かね)さえ出(だ)せば、人(にん)間(げん)生(い)き字(じ)引(びき)になることもできた。

 当(とう)初(しょ)は外(がい)部(ぶ)記(き)憶(おく)と脳(のう)との親(しん)和(わ)性(せい)がそれほど高(たか)くなくて、脳(のう)内(ない)で文(も)字(じ)列(れつ)検(けん)索(さく)して、脳(のう)内(ない)でヒットした文(ぶん)書(しょ)を読(よ)む、といった感(かん)覚(かく)だったのだけれども、研(けん)究(きゅう)が進(すす)むにつれて、学(がく)習(しゅう)した知(ち)識(しき)と遜(そん)色(しょく)ないレベルで「思(おも)い出(だ)す」ことができるようになった。

 ぼくが注(ちゅう)力(りょく)していたのは、思(し)考(こう)能(のう)力(りょく)の補(ほ)助(じょ)だ。この分(ぶん)野(や)では、世(せ)界(かい)のトップだったと自(じ)負(ふ)している。

 思(し)考(こう)能(のう)力(りょく)の補(ほ)助(じょ)も、脳(のう)との親(しん)和(わ)性(せい)を高(たか)めるのが難(むずか)しかった。脳(のう)内(ない)で電(でん)卓(たく)を叩(たた)いて結(けっ)果(か)を読(よ)み取(と)るような補(ほ)助(じょ)だと、脳(のう)が賢(かしこ)くなったとは言(い)えない。シームレスに思(し)考(こう)能(のう)力(りょく)を高(たか)めることが、ぼくの研(けん)究(きゅう)の目(もく)的(てき)だった。

 脳(のう)のニューロン間(かん)結(けつ)合(ごう)を模(も)したコンピューターを脳(のう)に接(せつ)続(ぞく)し、思(し)考(こう)の補(ほ)助(じょ)をさせながらコンピューター自(じ)体(たい)の疑(ぎ)似(じ)シナプスを学(がく)習(しゅう)・成(せい)長(ちょう)させるという研(けん)究(きゅう)を進(すす)めていた。

 そんなときに、妻(つま)が死(し)んでしまった。

 ぼくは人(にん)間(げん)関(かん)係(けい)を断(た)って、月(つき)に移(い)住(じゅう)し、研(けん)究(きゅう)に逃(に)げた。思(し)考(こう)補(ほ)助(じょ)装(そう)置(ち)を繋(つな)ぎっぱなしにして、何(なん)日(にち)も、何(なん)か月(げつ)も過(す)ごした。

 そしてある日(ひ)、ぼくの肉(にく)体(たい)が睡(すい)眠(みん)状(じょう)態(たい)にあっても、ぼくの意(い)識(しき)があることに気(き)づいた。

 どうやら、ぼくの意(い)識(しき)は、コンピューターだけでも維(い)持(じ)できるようになったらしい。

 その状(じょう)態(たい)で、ぼくとコンピューターとの接(せつ)続(ぞく)を切(き)る勇(ゆう)気(き)はなかった。もし接(せつ)続(ぞく)を切(き)ったとして、そのあと目(め)を覚(さ)ましたぼくは、コンピューター上(じょう)のぼくと同(どう)一(いつ)人(じん)物(ぶつ)なのだろうか。

 どちらがぼくなのだろうか。


     ☆


「射(しゃ)出(しゅつ)異(い)常(じょう)で地(ち)球(きゅう)宛(あ)ての軌(き)道(どう)を外(はず)れた射(しゃ)出(しゅつ)物(ぶっ)資(し)の軌(き)道(どう)予(よ)測(そく)が出(で)ました」

 その軌(き)道(どう)予(よ)測(そく)は、月(つき)都(と)市(し)の人(ひと)々(びと)を失(しつ)望(ぼう)させるものであった。

 射(しゃ)出(しゅつ)物(ぶっ)資(し)は、地(ち)球(きゅう)を飛(と)び越(こ)えて、地(ち)球(きゅう)の重(じゅう)力(りょく)によって加(か)速(そく)を得(え)た後(あと)、地(ち)球(きゅう)の周(しゅう)回(かい)軌(き)道(どう)を離(はな)れて遥(はる)か遠(とお)くに飛(と)び去(さ)ってしまうと予(よ)測(そく)されたのである。

 地(ち)球(きゅう)から離(はな)れていく飛(ひ)翔(しょう)体(たい)を追(つい)尾(び)捕(ほ)捉(そく)して回(かい)収(しゅう)することは、技(ぎ)術(じゅつ)的(てき)に困(こん)難(なん)である以(い)上(じょう)に、コスト面(めん)でも現(げん)実(じつ)的(てき)ではない。たかが個(こ)人(じん)の所(しょ)有(ゆう)物(ぶつ)を回(かい)収(しゅう)するために莫(ばく)大(だい)な費(ひ)用(よう)を投(とう)じるなど、あり得(え)ない。

 つまり、射(しゃ)出(しゅつ)物(ぶっ)資(し)の中(なか)身(み)を直(ちょく)接(せつ)調(しら)べるすべはなく、月(つき)都(と)市(し)の人(ひと)々(びと)は大(おお)いに失(しつ)望(ぼう)したのだった。


     ☆


「でも、すれ違(ちが)いなんて、なんか寂(さび)しいわね」

 妻(つま)の声(こえ)が聞(き)こえたような気(き)がして、ぼくは目(め)を覚(さ)ました。

 実(じっ)際(さい)のところ、ぼくに睡(すい)眠(みん)は必(ひつ)要(よう)なのだろうか。つい癖(くせ)で睡(すい)眠(みん)しているつもりになっているのだろうか。

 妻(つま)との会(かい)話(わ)を思(おも)い出(だ)す。あれは、ぼくたちが地(ち)球(きゅう)に住(す)んでいた頃(ころ)、二(ふた)人(り)で旅(りょ)行(こう)に行(い)って天(あま)の川(がわ)を眺(なが)めたときだ。宇(う)宙(ちゅう)が好(す)きな妻(つま)は、ぼくに天(あま)の川(がわ)銀(ぎん)河(が)のことを教(おし)えてくれた。

 天(あま)の川(がわ)は、ぼくたちが住(す)む天(あま)の川(がわ)銀(ぎん)河(が)を地(ち)球(きゅう)から見(み)た姿(すがた)だ。天(あま)の川(がわ)銀(ぎん)河(が)は二(に)千(せん)億(おく)個(こ)ないし四(よん)千(せん)億(おく)個(こ)もの恒(こう)星(せい)が集(あつ)まってできた巨(きょ)大(だい)な渦(うず)巻(ま)き状(じょう)の天(てん)体(たい)で、その円(えん)盤(ばん)に所(しょ)属(ぞく)する地(ち)球(きゅう)から見(み)ると、まるで川(かわ)のように見(み)えるらしい。

 妻(つま)はさらに、天(あま)の川(がわ)銀(ぎん)河(が)から二(に)百(ひゃく)五(ご)十(じゅう)万(まん)光(こう)年(ねん)離(はな)れたところにあるアンドロメダ銀(ぎん)河(が)について教(おし)えてくれた。アンドロメダ銀(ぎん)河(が)は天(あま)の川(がわ)銀(ぎん)河(が)よりも大(おお)きな銀(ぎん)河(が)で、秒(びょう)速(そく)百(ひゃく)二(に)十(じっ)キロメートルというものすごい速(そく)度(ど)で天(あま)の川(がわ)銀(ぎん)河(が)に近(ちか)づいてきているらしい。

 秒(びょう)速(そく)百(ひゃく)二(に)十(じっ)キロメートルは、時(じ)速(そく)に換(かん)算(さん)すると四(よん)十(じゅう)三(さん)万(まん)二(に)千(せん)キロメートルだ。とんでもない速(そく)度(ど)だけど、宇(う)宙(ちゅう)の大(おお)きさからすると、とてもとても遅(おそ)いんだそうだ。

「かつては四(よん)十(じゅう)億(おく)年(ねん)後(ご)には天(あま)の川(がわ)銀(ぎん)河(が)とアンドロメダ銀(ぎん)河(が)が衝(しょう)突(とつ)してひとつの巨(きょ)大(だい)銀(ぎん)河(が)になるって言(い)われてたけど、どうやら確(かく)率(りつ)は五(ご)分(ぶ)五(ご)分(ぶ)くらいなんだって」

 妻(つま)は少(すこ)し寂(さび)しそうに言(い)った。なんでも、さんかく座(ざ)銀(ぎん)河(が)や大(おお)マゼラン雲(くも)などの重(じゅう)力(りょく)の影(えい)響(きょう)なんかも考(こう)慮(りょ)してシミュレーションを行(おこな)うと、天(あま)の川(がわ)銀(ぎん)河(が)とアンドロメダ銀(ぎん)河(が)が衝(しょう)突(とつ)する可(か)能(のう)性(せい)は五(ご)十(じっ)パーセントくらいになるらしい。

「でも、銀(ぎん)河(が)が衝(しょう)突(とつ)したら、太(たい)陽(よう)系(けい)はめちゃくちゃになっちゃうんじゃないの?」

「アンドロメダ銀(ぎん)河(が)には一(いっ)兆(ちょう)個(こ)の恒(こう)星(せい)が含(ふく)まれるし、私(わたし)たちの天(あま)の川(がわ)銀(ぎん)河(が)には数(すう)千(せん)億(おく)個(こ)の恒(こう)星(せい)が含(ふく)まれるけど、恒(こう)星(せい)同(どう)士(し)の距(きょ)離(り)はとても離(はな)れていて、言(い)っちゃえばスカスカなのよ。恒(こう)星(せい)同(どう)士(し)がぶつかる可(か)能(のう)性(せい)はとても低(ひく)いらしいわ」

 そして、妻(つま)は少(すこ)し寂(さび)しそうに、付(つ)け加(くわ)えた。

「私(わたし)たちの太(たい)陽(よう)は歳(とし)を取(と)るごとに少(すこ)しずつ膨(ぼう)張(ちょう)していて、いずれは地(ち)球(きゅう)も灼(しゃく)熱(ねつ)の星(ほし)になるって言(い)われてる。十(じゅう)四(よん)億(おく)年(ねん)後(ご)には地(ち)球(きゅう)の生(せい)命(めい)は絶(ぜつ)滅(めつ)するって話(はなし)だから、四(よん)十(じゅう)億(おく)年(ねん)後(ご)の銀(ぎん)河(が)衝(しょう)突(とつ)は地(ち)球(きゅう)からは見(み)られないでしょうね」

「四(よん)十(じゅう)億(おく)年(ねん)後(ご)か。気(き)の遠(とお)くなるような先(さき)の話(はなし)だけど、あまり恐(おそ)ろしいことにならないといいな」

 そして、妻(つま)は答(こた)えて言(い)った。

「でも、すれ違(ちが)いなんて、なんか寂(さび)しいわね」


     ☆


「射(しゃ)出(しゅつ)異(い)常(じょう)で地(ち)球(きゅう)宛(あ)ての軌(き)道(どう)を外(はず)れた射(しゃ)出(しゅつ)物(ぶっ)資(し)ですが、生(せい)命(めい)維(い)持(じ)装(そう)置(ち)は搭(とう)載(さい)されておらず、何(なに)者(もの)かが搭(とう)乗(じょう)している可(か)能(のう)性(せい)は否(ひ)定(てい)されました」

 科(か)学(がく)者(しゃ)を殺(さつ)害(がい)した何(なに)者(もの)かが、射(しゃ)出(しゅつ)物(ぶっ)資(し)に身(み)を潜(ひそ)めて逃(とう)亡(ぼう)した、そんな予(よ)測(そく)はどうやら外(はず)れだったようだ。

 予(よ)測(そく)軌(き)道(どう)をもとに射(しゃ)出(しゅつ)物(ぶっ)資(し)を探(さが)すアマチュア天(てん)文(もん)家(か)も存(そん)在(ざい)したが、コンテナ一(いち)台(だい)を光(こう)学(がく)レンズで捉(とら)えることはほぼ不(ふ)可(か)能(のう)であった。

 月(つき)都(と)市(し)の人(ひと)々(びと)が失(しつ)望(ぼう)とともにこの件(けん)を忘(わす)れようとしたころ、科(か)学(がく)者(しゃ)本(ほん)人(にん)による遺(い)書(しょ)が発(はっ)信(しん)された。短(みじか)いビデオメッセージで、科(か)学(がく)者(しゃ)自(じ)身(しん)が自(みずか)らの死(し)因(いん)について述(の)べたものだった。ある程(てい)度(ど)の日(にっ)数(すう)が経(けい)過(か)すると、自(じ)動(どう)で発(はっ)信(しん)されるようになっていた。


「皆(みな)さん、お騒(さわ)がせしてすみません。ぼくの死(し)因(いん)ですが、これからぼくの肉(にく)体(たい)は餓(が)死(し)することになります。ぼくの意(い)識(しき)は、ぼくの肉(にく)体(たい)とコンピューターで境(きょう)界(かい)なく存(そん)在(ざい)していて、これからぼくは不(ふ)要(よう)となるこの肉(にく)体(たい)をシャットダウンします。事(じ)前(ぜん)にこんな計(けい)画(かく)を誰(だれ)かに話(はな)せば管(かん)理(り)局(きょく)に止(と)められるでしょうから、事(じ)後(ご)連(れん)絡(らく)になってしまったことは申(もう)し訳(わけ)ありません。法(ほう)的(てき)には、ぼくは死(し)んだことにして処(しょ)理(り)していただけると助(たす)かります。あと、ぼくの意(い)識(しき)を乗(の)せたコンピューターが、ぼくの肉(にく)体(たい)の死(し)とともに射(しゃ)出(しゅつ)される手(て)筈(はず)となっていますが、できればぼくの行(ゆく)方(え)は追(お)わないでいただけると幸(さいわ)いです。最(さい)後(ご)に改(あらた)めて、お騒(さわ)がせして申(もう)し訳(わけ)ありませんでした」


     ☆


 そろそろ、ぼくの遺(い)書(しょ)が公(こう)開(かい)された頃(ころ)だろうか。妻(つま)を死(し)なせてしまったぼくなんて、死(し)ねばいいと思(おも)う。後(こう)悔(かい)はない。

 ぼくの船(ふね)は、地(ち)球(きゅう)をスイングバイして、木(もく)星(せい)に向(む)かっている。

 スイングバイは、天(てん)体(たい)の重(じゅう)力(りょく)と運(うん)動(どう)を利(り)用(よう)して自(じ)機(き)の運(うん)動(どう)ベクトルを変(へん)更(こう)する方(ほう)法(ほう)だ。

 もし天(てん)体(たい)が静(せい)止(し)しているなら、天(てん)体(たい)のそばをかすめるように飛(ひ)行(こう)した場(ば)合(あい)、天(てん)体(たい)に近(ちか)づくにつれて加(か)速(そく)し、天(てん)体(たい)から離(はな)れるにしたがって減(げん)速(そく)するから、結(けっ)果(か)として速(そく)度(ど)は変(か)わらない。

 公(こう)転(てん)して移(い)動(どう)している天(てん)体(たい)の後(こう)方(ほう)をかすめるように飛(ひ)行(こう)すれば、天(てん)体(たい)の公(こう)転(てん)速(そく)度(ど)くらいの加(か)速(そく)を得(え)ることができる。逆(ぎゃく)に、天(てん)体(たい)の公(こう)転(てん)速(そく)度(ど)はわずかに減(げん)速(そく)するわけだけど、天(てん)体(たい)のサイズと宇(う)宙(ちゅう)船(せん)のサイズを比(ひ)較(かく)すれば、天(てん)体(たい)への影(えい)響(きょう)は極(きわ)めて小(ちい)さいと言(い)えるだろう。

 ぼくの船(ふね)は、ホーマン軌(き)道(どう)に乗(の)って二(に)年(ねん)半(はん)から三(さん)年(ねん)ほどかけて木(もく)星(せい)に到(とう)達(たつ)する予(よ)定(てい)だ。そして、木(もく)星(せい)の重(じゅう)力(りょく)場(ば)を利(り)用(よう)して減(げん)速(そく)し、木(もく)星(せい)の衛(えい)星(せい)ガニメデの周(しゅう)回(かい)軌(き)道(どう)に乗(の)る。

 ガニメデは太(たい)陽(よう)系(けい)内(ない)の衛(えい)星(せい)の中(なか)でも最(もっと)も大(おお)きく重(おも)い惑(わく)星(せい)だ。木(もく)星(せい)を七(なの)日(か)と三(さん)時(じ)間(かん)で公(こう)転(てん)している。地(ち)球(きゅう)の月(つき)と同(どう)様(よう)に潮(ちょう)汐(せき)固(こ)定(てい)で同(おな)じ面(めん)を常(つね)に木(もく)星(せい)に向(む)けているから、一(いち)日(にち)の長(なが)さは七(なの)日(か)と三(さん)時(じ)間(かん)だ。ガニメデは金(きん)属(ぞく)資(し)源(げん)が豊(ほう)富(ふ)で、水(みず)の氷(こおり)もあるから資(し)源(げん)やエネルギー源(げん)には困(こま)らないだろう。放(ほう)射(しゃ)線(せん)の少(すく)ないカリストも候(こう)補(ほ)だったけど、むしろ放(ほう)射(しゃ)線(せん)の多(おお)いガニメデのほうが人(じん)類(るい)は進(しん)出(しゅつ)しづらいだろう。

 十(じゅう)四(よん)億(おく)年(ねん)後(ご)には、ぼくたちの太(たい)陽(よう)は膨(ぼう)張(ちょう)して、金(きん)星(せい)の公(こう)転(てん)軌(き)道(どう)を飲(の)み込(こ)み、地(ち)球(きゅう)は灼(しゃく)熱(ねつ)の星(ほし)になるだろう。木(もく)星(せい)近(きん)辺(ぺん)の環(かん)境(きょう)がどうなっているかは分(わ)からない。それまでには、ぼくはぼくの意(い)識(しき)を乗(の)せているコンピューターを拡(かく)張(ちょう)しながら、太(たい)陽(よう)圏(けん)外(がい)、できれば天(あま)の川(がわ)銀(ぎん)河(が)圏(けん)外(がい)に出(で)ていくための宇(う)宙(ちゅう)船(せん)を建(けん)造(ぞう)するつもりだ。時(じ)間(かん)は、そうだな、時(じ)間(かん)はたっぷりある。

 目(もっ)下(か)のところ、最(さい)大(だい)の冒(ぼう)険(けん)になるのが、ガニメデへの着(ちゃく)陸(りく)だ。月(つき)から地(ち)球(きゅう)へ向(む)けて物(ぶっ)資(し)を射(しゃ)出(しゅつ)するためのコンテナに過(す)ぎないこの船(ふね)が、どれくらいの衝(しょう)撃(げき)に堪(た)えられるかは分(わ)からない。

「でも、すれ違(ちが)いなんて、なんか寂(さび)しいわね」

 ぼくは妻(つま)の言(こと)葉(ば)を思(おも)い出(だ)す。

 ぼくは、天(あま)の川(がわ)銀(ぎん)河(が)を公(こう)転(てん)するひとつの星(ほし)となって、天(あま)の川(がわ)銀(ぎん)河(が)とアンドロメダ銀(ぎん)河(が)の行(ゆ)く末(すえ)を見(み)守(まも)る。

 どうか、妻(つま)が願(ねが)ったように、すれ違(ちが)いなんて起(お)こらなければいいんだけども。

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