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悪い夢6

「浅見さんっていつも良い香りがしますね、何か付けているんですか?」

学校の帰り、校門の玄関口まで迎えに行き浅見が絵里花のバッグを持つ。その姿から香った香りに絵里花が声をかけた。

「そうですか?」

浅見が微笑む。

「えぇ、初めての香り。何ていうかスパイシーで、でも甘くて柔らかくて。どこの香水ですか?」

「そんな、お嬢様がお召しになるようなブランドではございませんよ。」

浅見が答える。

「私の物などはどこにでもあるボディショップの物ですよ、これはピンクペッパーの入っているものです。」

「ピンクペッパー?」

「えぇ、そうです。ペッパーと言うのは本来『黒白赤』です、ピンクはペッパーとは名ばかりでコショウではありません。かつてはエデンの園にのみ生息していたとか、楽園の実とか言われていたみたいですけどね。こちらは見た目がよく似ているだけで飾り的な感じで使う物です。ペッパー特有の辛味の代わりに苦みと香りがある物でございます。」

「だからパフュームに使われるのね。」

「はい、その通りでございます。」

「この香がすると浅見さんって感じがするの。」

「香りと記憶とは結びつきやすい物です、その香りはその人物の印象そのものになります。爽やかな香り、甘い香り、強い香り、弱い香り・・・それはまさに個性ですね。」

浅見が車のドアを開けて絵里花をエスコートした。

「ねぇ、浅見さん。」

「はい?」

絵里花が悩んでいるような顔をしていて浅見は首をかしげた。

「相談があるの、後でお部屋に来てくれないかしら?」

「喜んで。」

浅見は優しく微笑んだ。

   コンコン

「失礼します。」

浅見は言われた通りに絵里花の部屋にやって来た。

「わざわざ呼んでしまってすみませんでした。」

絵里花が少しばつが悪そうに笑う。

「いいえ、私でよければ何でもお答えしますよ?」

浅見が笑いながら紅茶を準備した。

「ただお話しするのではつまらないですからね、お茶でもいかがですか?」

そう言って浅見が差し出した紅茶はリンゴの薄切りが浮いていた。

「良い香り・・・」

「私は他の皆さんの様に茶葉を調合してなんて高度な事はできませんので、こんな感じで。」

浅見が笑った。

「ねぇ、浅見さん。」

絵里花が紅茶のカップを両手に持ち香りをかぐためだけに顔へと近づけた。

「どうされましたか?」

「香りって、どうやって選ぶの?」

「はい?」

浅見が首をかしげた。

「だって、自分が好きな香りが必ずしも相手の好むものとは限らないじゃない?自分のイメージと合わないかもしれない。その点浅見さんはとてもイメージにピッタリな香りを持っているわ。どうやって出会うの?」

それは年頃の女の子が抱く可愛らしい疑問だった。

綺麗になりたいとか、好感をもたれたいとか、好きな人がいて、その人にもっと好きになってもらいたくて一生懸命になっている、そんなとても可愛らしい想い。

「お嬢様でしたら一声かければ調合師がお嬢様に合った物をお作りする事も出来ましょう、もしくは奥様の物をお借りしてみるのも良いかと。」

ここまでは執事としての正しい答え方だった。

しかし絵里花はそんな答えを求めてはいない。

「確かにお願いしたら作ってくれると思うの、でも、私の事を知らない誰かに作ってもらって、誰かが作ってくれたイメージじゃなくて、自分で自分に合ったものを探してみたいの。」

絵里花はまるで懇願するような瞳で浅見に訴えた。

浅見そんな絵里花の瞳を見て、心底哀れに思った。この子には相談できる年頃の女友達がいないのだと、上辺だけのお嬢様集団ではこんな話は当然できないのだろう。以前の同級生たちとも生活や身分の隔たりができて以前の様には親しくできないのだろうと。浅見はそう思った。

自分が学生だったときに経験した女友達同士のショッピングも恋の話も、今のこの子には出来ないのだと。

浅見はゆっくりと絵里花に近づき片膝を付けてそんな顔を見上げて微笑んだ。

「そうですね、私の印象で申しますと・・・絵里花様は小柄で可愛らしくて、淡く柔らかい物が似合うイメージです。」

「・・・・・」

絵里花は大きくてかわいらしい瞳をぱちぱちと輝かせている。

「私の様なスパイスの香りでもみずみずしい果実の香りでもなく、今のお年頃ですともっとフラワー系の香りが良いと思います。そうですねぇ・・・・」

絵里花は浅見の言葉にどんどん引き込まれて行く。

「定番ではございますが、ローズなどが良いと思います。」

「バラ?」

「えぇ、バラです。ですがローズはローズでも八重咲きで丸くゴージャスなフレンチローズではなく、もちろん香りの品種でありますダマスクでもありません。もっと原種に近いイングリッシュローズがよろしいかと。その中でも私のイメージは・・・う~ん、ドッグローズですかねぇ。」

「ドッグローズ?犬のバラ?」

全く聞いたことのない名前に絵里花は首をかしげた。

浅見がいたずらっぽく笑う。

「絵里花様はローズヒップという物をご存知ですか?」

「えぇ、知っているわ。バラの実でジュースやお菓子に使われるやつよね?」

「はい、その通りでございます。ドッグローズはそのローズヒップの花です。」

「それはどんな花なの?」

その言葉に浅見は歯を見せて微笑んだ。

「そこは巧真に聞いてください。」

「えっ!?」

絵里花は急に顔が赤くなる。

「ここはローズガーデンが魅力のお屋敷ですよ?さすがにドッグローズはなくともそれに近い種はあると思います。実際に見て香りを楽しんでみませんか?」

「・・・うん、」

絵里花は浅見の言葉に心拍数が上がっている。なぜ浅見はすぐに巧真の名前を出したのだろう、そう思いおずおずと浅見を見上げた。

絵里花と巧真が互いに好意を持っている事ぐらい浅見は気付いている。それは互いを見ている目を見ればすぐにわかる事、浅見は立ち上がり絵里花に手を差し出した。

絵里花はおずおずとその手に手を乗せて立ち上がった。

「では、陽が傾く前にお庭へ参りましょうか。」

浅見の笑顔がとても優しくて、絵里花は何故か心許せる友達ができたように嬉しかった。

階段を下り玄関に出ると颯太が駆け出てきた。

「お嬢様、浅見さん!お庭ですか?」

浅見を見上げる颯太は嬉しそうだった。

絵里花はそんな颯太を見て、颯太もまた自分と同じ思いを浅見に抱いている事を感じた。

絵里花は一体浅見のどこにこんなに人を引き付ける魅力があるのかと考えた。その時ふと、以前真田が言っていた言葉を思いだす。

 『浅見の相手に尽くすと言う対応はとても教わって身につけただけのもではないと私は思います。元々の物でございましょう。』

絵里花は改めてその言葉に納得した。

「颯太君も行く?」

「はい!」

絵里花の言葉で颯太は浅見の横を歩いた。

浅見は絵里花と颯太を東屋に置いて巧真を呼びに行く、やがて浅見が巧真を連れてきて絵里花の前に立たせた。

「お嬢様お呼びですか?」

巧真は優しい笑顔で座っている絵里花に声をかけた。

「えっと・・・、」

絵里花が浅見を見る、浅見はそんな助けを求める瞳に微笑むと巧真に事を告げた。

「絵里花お嬢様にバラに付いて少し説明をして差し上げてもらいたいのです。」

「バラ、ですか?」

「えぇ、そうです。先ほどお部屋で私がバラの種類について少々お話申し上げましたら興味をもたれた様だったので、実際に触れられた方が良いと思いまして。巧真、お願いできるか?」

「はい!もちろんです!」

巧真は自分の得意な事を、慕っている浅見に役目として与えられて非常に誇らしげに返事をした。

「ではお嬢様、私はお部屋の片付けがございますのでこれにて失礼いたします。また何かご用がありましたらぜひお声かけください。」

「えっ、」

頭を下げる浅見に絵里花が驚いた顔をした。

浅見はそんな絵里花に優しく微笑み、小さく親指を立てて見せた。

「・・・・・・!」

絵里花は一瞬にして理由を理解した。それは以前にも浅見がして見せた光景。

「颯太、お前は私の手伝いをしてくれるかな?」

「はい!」

颯太は元気に返事をするとめいっぱい二人に頭を下げて先に歩く浅見の後を小走りでついて行った。

巧真と絵里花はそんな二人を呆然と見送る。

「・・・バラ?」

そして巧真は絵里花に疑問気に声をかけた。

「そう、バラなの。」

絵里花も巧真に声をかける。

「ねぇ巧真さん、浅見さんっていい香りがしてるの、気付いてた?」

「あぁ、するする。ザ・浅見さんって感じの香り。」

「でしょ、でね、浅見さんに聞いたの。私にはどんな香りが良いのかなぁって・・・」

「絵里花に?どうだろう・・・」

巧真が首をかしげた。

「そしたらね、ローズが良いって。その中でもフレンチローズの様なゴージャスなものより、イングリッシュローズが良いって言うの。で、それよりもドッグローズだって。」

「ドッグローズだって!?」

巧真が噴き出すように笑った。

「そう、ドッグローズがイメージだって。どんな花かって聞いたら巧真さんに聞けって。」

大笑いしている巧真を絵里花が見上げて言った。

「確かに、浅見さんは完璧だよ。」

巧真が微笑むように笑った。

「ドッグローズって、野バラの事だよ。」

「野バラ!?」

絵里花が目を丸くした。

「そう、野バラ。野生種に近いから立ち姿は力強くて、花は一重咲きで小さくて白か淡いピンク色で、でもちゃんとバラの甘い良い香りがするんだよ。強く主張しないナチュラルな感じの香りで・・・、浅見さんってさすがだなぁ~、絵里花の事よく見てるよ。ドッグローズって絵里花みたいにちょっと気が強くってさぁ・・・・・まぁ、かわいい花だよ。」

言った巧真はもちろん、言われた絵里花も顔を真っ赤にしてうつむいた。

「・・・ではお嬢様、立華家に植えておりますバラをいくつかご紹介させていただきます。この時期は花はあまり咲いていないのですが、サマースノーやサリーホルムズが比較的近そうなんで、品種と形の違いからお話しいたしましょう。」

巧真の大きくて逞しい手が絵里花に差し出された。それは先ほど差し出された浅見の細くて長い指の手とは違いとても頼もしくて大きくて、絵里花の大好きな手だった。

「ねぇ・・・」

「ん?」

「浅見さんってさぁ・・・もしかして、」

「うん、俺も思った。」

「やっぱり、気付いてるのよね・・・」

「うん・・・。」

「「・・・・・」」

二人は歩きながら横目を合わせた。

「でもさぁ・・・」

巧真が空を見上げて言う。

「浅見さんだったらきっと、大丈夫だよ!」

巧真が空に向かって笑いかけた。

「浅見さんはきっと、最後まで味方でいてくれる。」

「私も、そう思う。」

巧真は絵里花を見下ろして、歯を見せて笑った。

夕食後、絵里花は浅見を呼んだ。

「遅くなりました。」

勤務時間外だったために私服の浅見、最低限失礼のない服装と言われるも元々衣装持ちではないのでジーンズにブラウスと言った格好だった。

「こんな格好で失礼いたします。」

浅見は腰を掛けている絵里花の前に立ち微笑む。

「ごめんなさい、こんな時間に。」

「いいえ、構いませんよ?」

「ねぇ、浅見さん。」

「はい。」

「ドッグローズ、本物を見てみたいんだけど・・・無理かな?」

「お庭のバラはイメージには合いませんでしたか?」

浅見は微笑んだ。

「お庭のバラはどれもとっても素敵で、良い香だった。だけど、私にはちょっと派手すぎる気がするの。だから、浅見さんが言ってたバラを見て見たくって・・・でも野バラなんてやっぱり無理よね。」

「そんな事はないと思いますよ、日本にだってローズヒップの栽培農家はあるでしょうし・・・巧真には言いましたか?」

「ううん、言ってない・・・」

「直接おっしゃればきっとすぐに手配してもらえると思いますよ?」

「うん・・・でも、それって・・・、」

なぜか言いにくそうな絵里花、浅見はすぐにピンときた。

浅見は微笑むとそんな絵里花の前に膝を付き片手を胸に当てた。

「絵里花お嬢様、ここのお屋敷には私どもを含め一体どれだけの使用人がいるかご存知ですか?」

絵里花は目を丸くして首を振った。

「ここにはたくさんの者が勤めております。皆自分の職務に誇りを持ち働いております。」

「・・・・?」

「ここに働く者達は少なからず雇っていただいている旦那様や奥様、絵里花様のために働いております。私どもはあなた方のお役にたてることを心から喜び、お役にたてるために日々努力を行っております。」

「わかるわ、みんなとってもよくしてくれる。」

「なので、あなた様が言う事に対し、気を悪くする者は誰一人いないのですよ?」

ハッとする絵里花、しかしまたすぐ視線を下げる。

「でも、私の一言でお仕事が増えてしまったり、無理なこと言って迷惑かかったり・・・みんな笑顔で引き受けてくれるから逆にそれが・・・なんだか申し訳なくて。」

絵里花の優しい気持ちを浅見はすぐに理解し、そして笑って言った。

「ならば、我々使用人があなた様の小さなわがままを聞いた暁にはぜひ一言、心を込めて『ありがとう』と笑顔で申してはいただけませんか?」

「えっ!?」

浅見の言葉に絵里花は驚いた。

「使用人を雇っている主人と呼ばれる者の中には使用人を見下し、主のために働くことを当然とし我々に対し捨て駒同然の扱いをする者が多くいます。幸いにもここのお屋敷の大旦那様や旦那様がそのような方ではいらっしゃらないので絵里花様はご存じないと思いますが、それはお家によっては本当に酷い物でございます。なので絵里花様、使用人たちが何か、たとえ小さな小さなことでもお役にたちましたら一言で結構です『ありがとう』とおっしゃって差し上げて下さい。そうすればきっと、我々はその言葉を励みにもっとあなたにお仕えしたいと思うでしょう。そして、あなた様の心の葛藤も軽くなると思いますよ?」

「・・・浅見さんはすごいのね、私の気持ちなんて手に取るようにわかっている。」

「お嬢様は突然このような場所にいらして難しい立場におられます。私はそんなお嬢様のお役にたちたい、それだけですよ。」

浅見は微笑んで立ち上がった。

「ぜひ、あなたの口から直接巧真になり他の庭師の者になりお願いしてみてください。きっと喜んで、花束を抱えて来ると思いますよ?」

「うん、そうしてみる!」

絵里花が笑った。

「絵里花様は笑っていられる方が可愛らしいですね。」

浅見の一言で絵里花は夕方の事を思い出した。

「ねぇ、浅見さん。」

「はい、何でしょう。」

「浅見さんは、その、ね、私と巧・・・」

「執事の守秘は絶対です。」

絵里花の言葉の途中で浅見が言葉を発した。

「ほら、有名な映画がありましたよね、『執事たちの沈黙』でしたっけ?」

浅見が笑って見せる、その言葉を聞いて絵里花が声を上げて笑った。

「うそぉ、そんな映画だったぁ!?」

「おや、違いましたっけ?」

浅見がまるで何かを思い出して考えているような態度を取る。それを見て絵里花は更に笑った。

「浅見さん、」

「はい。」

「ありがとう。」

「光栄です。」

浅見は胸に手を当てて頭を下げると部屋を出た。

数日後、巧真は両手いっぱいのドッグローズの花束を抱えて絵里花の部屋へとやって来る。

薄いピンクの小さな花に愛らしい赤い実を付けた、豪華さはないけれどかわいらしい野バラ。風が吹けば花びらが数枚部屋に舞い絵里花と巧真が顔を見合わせ微笑んだ。

絵里花は大層気に入り、それを見た巧真は絵里花のお気に入りの東屋の裏にドックローズを植える。

絵里花は調合師に依頼しドッグローズそのものの香りのパフュームを作ってもらった。それは驚くほどに絵里花そのもののを表現した優しく柔らかい香りだった。

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