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悪い夢5

その時は意外と早くやってきて浅見は心底自分を不甲斐ないと思わざるを得なかった。

「今日の絵里花お嬢様はどこでお茶するって?」

「東屋だ。」

真田が湯を沸かし茶葉を調合している、その様子を浅見が後ろから覗き込んでいた。

使用する水は紅茶専用とコーヒー専用、和茶専用の物が常にサーバーに入っていてそれぞれミネラルの配合が違っていた。浅見も和茶専用の水で一度抹茶を立てたが、そのあまりの味の違いに驚いた。

「お嬢様はチーム庭師と仲がいいからな。」

「お歳が近いからだろう。」

「それを言ったらお前と俺はすごーく仲が良いってことになるよなぁ?」

「冗談を。」

「・・・・・・」

ポットが電気コンロの上に置かれている。

きちんと中央に置かれたポット、湯が沸くまでその前から決して動かない真田。浅見はそんな真田を見て溜め息をついた。

「お前、本当に神経質だな。」

「お前は粗すぎる。」

真田は浅見を見る事もなく即答で答えた。

言葉による攻防戦を繰り広げながらも真田は丁寧に熱湯を丸いガラス製のポットに注いだ。同時に茶葉が踊り出し無色の水は徐々に茜色になる。

「そういうところが余計に神経質だ。」

「見習えばいい。」

「はぁ。まったく、お前こそちょっとは俺を見習ったら?」

「断る。」

そう言い真田がポットを手に振り返る、その時ちょうど伸びをする格好で両手を振り上げた浅見の腕が真田のポットを持つ手にぶつかった。

   カシャーン!!!

「うあぁぁぁぁぁぁぁ・・・・あっぅぅ!!!!!!」

「浅見!!!」

ポットに入っていた紅茶が見事に宙に舞い浅見の胸にかかり、浅見の制服が熱湯を含んだ。

あまりの熱さに浅見は声にならない呻きを挙げる。全部はかからかなったものの熱い紅茶は衣類にしっかりと吸収され肌に張り付き、浅見は瞬間的に服を肌から引き放す様に引っ張ったが湯が触れていた部分から強烈な痛みが走る。

「浅見!!!早く脱げ!!」

「・・・・・・っ、」

背を丸め襟元を引っ張るだけが限界の浅見、強い痛みに思わず膝が崩れ落ちそうになる。

「お前はバカか!!!」

「・・・っ、やめ!?」

真田が血相変えて浅見の襟元を掴みあげた、そしてその体を引っ張り上げ壁に押し付けるとベストをはぎ取る。

「熱っつ!!!」

そのベストの熱さに真田は眉間にしわを寄せて手を払った、そんなものを着ているのだからもはや接触している浅見の皮膚はどうにかなってしまっているんじゃないかとさえ思った。真田は指先に焼けるような熱を感じながらブラウスの襟に手をかけ首元のボタンを外した。

「やめ、真田・・・!?」

浅見が真田の腕に手をかけ強く握った、しかしその途端に刺すような痛みが肩に走り目を細め眉を寄せ、力が抜けていく。

「さっさと脱がないと大火傷だぞ!?」

そう言うと真田はおもむろにブラウスを力任せに引き裂いた。

   びりびりっ!!!

「!!!!!!」

ボタンが床に落ち真田は浅見の両肩からブラウスを背の方へめくり乱雑に剥ぎ取った、そしてその下に着ていたタンクトップに手をかけそれを下に下げようとしたとき。

「やめろっ!!!!」

「・・・・・・!!!?」

真田の手がタンクトップの襟元を大きく伸ばしたその時、真田の目は文字通り点になる。

湯気の上がるブラウス、真っ赤になった肌、タンクトップの下から覗いているのは丸い胸の一部。

「・・・・・えっ・・・・・?」

「・・・っ!!!!」

浅見は一瞬にして真田の手を払い腹部にめいっぱいの力で拳をめり込ませた。

「ぐぅっ!!!!!!?」

腹部を抑え後ろによろめく真田、浅見はすぐに水道へと行き置かれていたバットに水をためると頭からかぶった。そしてびしょびしょの状態で真田の所までやって来ると荒々しく真田の襟を掴みあげる。

「言ったら殺す!顔に傷を付けなかったんだ、感謝しろ!」

「・・・っ、お前・・・、」

真田が片目を閉じ苦痛にゆがむ顔で浅見を見た、浅見の表情には羞恥と、明らかな殺意が混ざっていた。

「何の騒ぎです!?」

柏木が部屋に入ってきた。

そして柏木が見た光景は、全身びしょびしょでタンクトップ一枚の浅見と腹部を抱えて苦痛の表情をしている真田だった。

「・・・一体何があったんですか二人とも、」

柏木が目を丸くしている。

浅見はすぐに胸の位置に手を置きそれにずぶ濡れのベストをかけ自分の正面を隠した。

「ポットを持っている真田の腹に俺の肘がはいっちゃって、俺がポットの紅茶をかぶりました。」

「紅茶をかぶったて!大丈夫なのか!?」

「俺よりも、真田の方が重傷みたいですよ?」

そう言って浅見は真田を見る、真田は眉間にしわを寄せてむせていた。

「俺、着替えてきます。片付けはやりますんでそのままにしていてください!失礼します!!」

浅見は冷凍庫から氷を掴むと素早く部屋を抜ける、柏木は真田の元へと駆け寄り椅子に座らせた。

「一体どうなってるんです!?」

「・・・柏木さん・・・っ、」

真田が声を絞る。

「お嬢様にお茶をお持ちすることになっております、東屋においでですので・・・お願い、できませんか?」

「あぁ、わかった。すぐにお持ちしよう。お前は大丈夫なのか!?」

「・・・はいっ、大丈夫です、ちょっと打ち所が悪かっただけですから・・・」

真田がめいっぱい作り笑いをする。

柏木はすぐに紅茶の用意をして部屋を出た。それを確認してから真田はめいっぱいむせて吐いた。

部屋に帰った浅見はすぐにシャワー室に入り水を浴びながら全身を見た。

幸いにも真田がすぐに服をはぎ取ってくれたためにやけどは表面的に赤くなっている程度で、大それた手当てが必要なほどではなさそうだった。作りのしっかりしていたベストが熱湯を受け止めてくれたおかげと、幸いにもかかった紅茶の量が少なかった事で大事には至りそうにない。

それよりも浅見は自分の不甲斐なさに頭を抱えざるを得なかった。

「こんな事ってあるかぁ!?」

鏡に向かって叫んでみた。

身体は冷え切っているのに真っ赤になった肌は熱くなっていてブラウス一枚を着るだけでも強く痛んだ。一番ひどい場所は肩口と襟周り、浅見はその赤くなっている場所をしっかりと氷で冷やすとワセリンを塗ってその上から予備の制服を着る。

動くと痛むが今の浅見はそれどころじゃない、真田と話をしなければならない。浅見は濡れた靴を自前のブーツに履き替え部屋を飛び出した。

浅見が控室に着けば大方の片付けは済んでいた。そこにいたのは真田一人、濡れた床を手で拭いている。

「・・・・・、」

浅見はそんな真田の正面にしゃがみ同じように濡れた床を手で拭いた。

「悪かった、まだ腹痛いか?」

「当たり前だ。」

真田はいつも通り目を合わせることなく作業に徹している。

「マジ、悪かった・・・」

浅見が少々ばつが悪そうな顔をする。それを見て真田が答えた。

「俺の方こそすまなかった・・・・・医者に、診せなくていいのか?」

その言葉に浅見は手を止めて体を起こし、床に座った状態になるとまっすぐ真田を見た。

「あのなぁ、医者の前で脱げると思うか?」

「・・・・・」

真田も手を止めて体を起こした。二人は何故か床に両膝を付けて向かい合って座っている状態になっている。

「自分が情けなくて笑えてくるよ、まっさかこんなに早くバレるとは思ってもなかった。」

   はぁぁー・・・

浅見は天を仰いで肩を落とし、深いため息をついた。

「しかもよりによってお前かよ・・・」

あまりに落ち込んでいる浅見の姿に真田は何故か非常に申し訳ないと思った。しかしその後すぐに当然の疑問がわいてくる。

「お前は一体何者だ?」

真田のごもっともな言葉に浅見は眉間にしわを寄せた。

「お前、チクるのか?」

浅見は顎で上の階を指し示す、その表情は明らかに不満を表していた。

「今の所言うつもりはない、しかし内容による。旦那様や奥様にご迷惑がかかるような内容ならばすぐに申告する、それは仕えている者として当然だ。」

はぁ・・・

浅見は真田の真面目さに再びため息をついた。

「お前の真面目さには頭が下がるよ・・・別に何か企んでるわけでも騙す訳でもなんでもねーよ、裏も表もあるか!単純に性別ごまかしてるだけ!」

浅見の雑な答えに真田は眉をひそめた。

「なぜそんな事をしている。」

「なぜ!?」

その言葉に浅見が強く反応し立ち上がった。

「執事だからに決まってるだろ!」

その答えに真田は強く納得した。

特に決まっているわけではないが執事と言えば男の仕事だった。むしろ真田自身も男性の執事以外を見た事はない。

「ならば、蓮池邸でもか?」

真田も立ち上がり浅見の正面に立った。

「あぁそうだ、あそこはひどい男尊女卑だ。あそこで執事になるには男である必要がある。だから俺はずっと男として生きていたし、だからこそあの屋敷を統括していたんだ。」

「なぜそこまでする?」

「なぜぇ!?・・・・待った。」

浅見がふと真面目な顔になりドアの方へと顔を向ける。

遠くから聞こえてくる速足の音は間違いなくこの部屋を目指していた。

「続きが気になるなら仕事後に俺の部屋に来い。」

浅見がそう言ったのと同時にドアが開いた。

「真田!浅見!お前ら大丈夫なのか!?」

渡辺が血相変えた表情で入ってきた。

その表情があまりにもパニックで、浅見と真田が思わず笑った。

「・・・・・?」

初めて見るだろう笑っている真田の姿にきょとんとしている渡辺、それを見て真田が声をかける。

「いや、大丈夫だ。柏木さんにはご迷惑をかけたがな。」

「・・・あぁ、柏木さんがお嬢様のお茶のお相手をされているよ。お嬢様は柏木さんが来た事に驚いたみたいだけどね。浅見、お前は大丈夫なのか?」

「あぁ、大丈夫だ。こいつが起点利かせて水ぶっかけてくれたからな。」

浅見は真田をちらりと見る、真田は黙ったままだった。

「だから床がびしゃびしゃなのか。」

渡辺が笑った。

夕食時、よっぽど理由がない限り柏木は帰宅しいつもは三人で済ませる。

相変わらずじっとしている事も出来ず食が細い浅見、一人だけ量が少ないにも関わらずいつも途中でペースが落ちてしまい、そわそわしながらもやっと食べきる程度だった。

「浅見ぃ、そんな量で本当に大丈夫なのか?」

渡辺がそんな浅見を見て心配する。

「何を言う、今日はだいぶ頑張ったじゃないか。」

「確かに。」

「だろぉ!?」

浅見がパンを持った手で真田を指した。

「やめろ・・・」

真田に言われて浅見は手をひっこめ肩をすぼめて渡辺を見た。渡辺が笑う。

「しかし、今日は大騒ぎだったな。真田がここに勤めて以来一番の事件じゃないか?」

渡辺が笑う。

「あぁ、全くだ。」

真田がワインを口にする。

「柏木さんが、熱湯かぶった浅見より真田の方が死にそうだったと笑っていたよ。」

「あぁ、なんたってすごい力だったからな・・・」

真田が冷たい視線を浅見に向ける、当の浅見もまっすぐ真田を見つめて睨み返す。

「あれは事故だ、だろ?」

そんな二人の視線のぶつかり合いを見て渡辺がまたかと言わんばかりの顔をした。

「まぁまぁ・・・とりあえず医者にかかるようなことがなくて良かったよ。」

「「・・・全くだ」」

浅見と真田の声が重なる。それを聞いて渡辺が笑った。

「お前ら、似て来たんじゃないか?」

「「!!!!!?」」

浅見と真田が顔を見合せた。


コンコン

「開いてるぞ~。」

夜、浅見はドアをたたく音に大きな声で答えた。

真田の性格上今日すぐに来ることはわかっていた、だから浅見はあえて部屋の鍵を開けている。

「不用心だな。」

「不用心?何の用心をすることがある。夜這いする側であったとしてもされる側じゃないだろ?」

氷嚢をいじりながら浅見が笑う。昨日までだったらばかばかしいと思う言葉でも、今の真田には違って聞こえた。

「・・・・・」

返事もせず黙って自分を見つめている真田に浅見は呆れて声をかけた。

「座れよ、それとも説教でもしに来たのか?」

浅見はベッドに座りデスクの椅子を指示した。

真田は一息ついて浅見の向かいにある椅子に座る、そして足を組み相変わらず眼鏡越しに浅見をじっと見ていた。

「あのさぁ、尋問したいんだろ?言えよ、答えてやるから。」

真田の目の前にいるのは浅見だった。浅見は男であってこの屋敷の四人の執事の一人、自分が最も苦手なタイプで、でも尊敬できる執事。雑に脱ぎ捨てられたショートブーツ、きちんとかけられた制服、束ねられた黒い髪。それらはこの屋敷に来た時から何も変わってはいない。

しかし今日、事件的に目にしたその体は男性の物ではなかった。

真田は小さな軟膏を浅見に投げた。

「火傷用の薬だ、痕が残らないように今すぐ塗って来い。」

ラフなシャツ一枚の浅見、その首元は真っ赤になっていて少々痛々しくも見えた。あんな湯を被ったのだから当然だろうと真田は思うも、そうしてしまったのは自分であると悔いている。

「おぉ、さんきゅー。悪りぃね。」

そう言って浅見は軟膏を持って立ち上がりバスルームの鏡の前に立った。赤くなったやけどの跡に塗れば気化熱で驚くほど痛みは引いて行く。メントールが中から熱を抜いてくれて気持ちが良かった。

やれやれとつぶやきながら浅見は再びベッドに腰をおろした。そして二人の間には再び沈黙の時間が流れる。

「誰か、他に知っている奴はいるのか?」

真田が口火を切った。

「いるわけねーだろ、シャワーさえ浴びなけりゃ俺だって忘れているぐらいなんだから・・・」

「旦那様や柏木さんを騙して入ったと言う事になる。」

「騙したなんて人聞きの悪いこと言うな、履歴書の性別の欄を書き間違えただけかもしんねーじゃねーか。」

「それはない。」

「わかんねーだろそんなの。で、他には?」

浅見が伸びをして見せる、それはいささか面倒臭いと言っているようだった。

「なぜそうまでして働いている、もとのままでも仕事はあるはずだ。」

「そりゃ、仕事はあるだろうよ。でもそれは執事じゃなくて女史だ。」

「・・・・・」

真田にはなぜ浅見が執事と言う仕事にこだわっているのかわからなかった。

「大学の時のゼミの講師、青木のおっさんと就職の話をしてたんだ。元より接客業が好きだったからできればそれに近しい物が良かったけど、まぁどんな仕事でも構わなかった。でももちろん条件はあった、一つは住み込みで働ける事、もう一つは人格の育成ができる事。この二つ。」

「人格の育成?」

真田が首をかしげる。

「そう。俺は心理学を齧ってたから、俺が近くに付く事でその人間などう変わり、自分がどう変える事が出来、その結果その人間の人格がどうなるのかを見てみたいと言ったんだ。常に側にいるたった一人の人間が一体どれだけその人間の人生に影響を与えコントロールし変える事が可能なのか。悪く言うなれば洗脳とかマインドコントロールとかって奴なのかな、そんなつもりは更々無いけどちょっと興味があってね。だからちょっとばかり癖が強い職場を希望した、そしたらあそこを紹介されたって訳よ。」

あそことは蓮池邸である。

その講師も酷な事を言う物だと真田は思った。

「採用条件は男である事。確かに、相手としては最高の人間だけど。」

浅見が笑う。

「5年じゃ無理だった。」

浅見がケラケラと笑って見せた。

真田は頭を抱える、何だってこいつはこんなにあっけらかんとしているのだろうか。そんな話を聞く中で真田には一つの仮説が思い立った。

「ならば、たった5年で辞めた理由と言うのは・・・」

「バレた。しかも信じていた奴に暴かれたって訳だ。」

その瞳には憎悪が滲んでいる気がした。それは初日、渡辺が辞めた理由を問いかけた時に一瞬見せた顔とは少し違う。蓮池邸でいったい何があったのだろうか、真田はそう思わずにはいられなかった。

「5年間もよくバレなかったな。」

「悪いが10年だって100年だってバレるつもりはない、今回だってバレる予定はなかった。なんでこうなっちまったんだか・・・」

浅見はベッドに仰向けになって顔の上に氷嚢を置いた。

「っとに、ありえねぇよ・・・」

真田は罪の意識を感じずにはいられなかった。

「旦那様や柏木さんもお前の事を認めている、女だからと言って失職や降格をさせたりなどしないはずだ。」

「あぁそうだろうよ、ここの屋敷の人間はあの屋敷に比べりゃみんな絵にかいたような善人だ。そう言うだろうさ。でもそれはこの屋敷内でだけの話。来賓を招くようなパーティーで女である俺が出たらどう思う?誰も執事とは見ないだろうし、陰口をたたく者もいるだろう。そうなれば一番傷つくのは立華の名だ。ここで働いている使用人たちはみないい奴達だ。俺は昔から澤口のじぃさんを知っているがすごくいい人だし、孫の巧真も颯太もみんな良い奴だよ。これからここを巣立って独立しようとしている奴だっていると言うのに・・・そんな奴らのマイナスになるような事は一切したくないね。」

これだと真田は思った、これが自分には足りない浅見の部分。

浅見は自分を犠牲にしてでも誰かを守ろうと言う想いが強い、それは決して上辺だけでも恩着せがましい物でも偽善的な物でもなんでもない。浅見の本能と言った方が近い感じがした。

男が愛する者一人を生涯かけて守ると言うのとは違い、万人を平等に守ると言う感覚は女性と言うよりも母親に近い感覚なのかもしれないと真田は思った。

「お前はこれからどうする。」

「はぁ?どうするかって?」

浅見は再びベッドから上半身を起こし、まっすぐ真田の正面を見た。

「それはお前次第だろ。お前はどうするんだよ?」

その強い瞳は今すぐこの場で答えを出せと言っていた。

「執事には守秘義務がある、お前は俺の同僚で優秀な執事だ。これは俺の守秘義務に値する。」

「・・・あんがと。」

浅見が満面の笑みで笑った。

その表情はちょっと幼くて、本当にうれしそうで、今までここに来て見せた事のない笑顔で、可愛らしくさえ思えた。真田は何故かそんな浅見を直視できず話を続ける。

「しかしなぜ男となることを選んだ?お前が出す程度の条件なら他にもいくらか道はあったはずだが・・・?」

「ん?」

浅見が小首を傾げて真田を見た。

「あぁ俺、繁殖能力がないんだよね。だったら別に女として生きなくてもいいんじゃねーかって話になってさ。見た目もどちらかと言えば真ん中寄りじゃん?」

真田は時を戻せるなら今自分がした質問を取り消したいと思った。

守秘がまた一つ増えてしまったことに罪の意識を感じる。

「おい、そんな顔するな。俺はむしろ良かったと思ってるぐらいだ。」

「そーだろうな・・・」

真田が額に手を当ててつぶやいた。

「浅見、悪いが俺はもう帰る、これ以上ここにいて守秘義務が増えるのはごめんだ。」

真田は立ち上がる。

「茶も出さずに悪かったな~。」

浅見はベッドから立ち上がる気配もなく笑う。

「あぁ、それからもう一つ。」

真田は部屋を出る前にふと足を止めて振り返った。

「何だよ。」

「お前、名前は本名か?」

「教えなーい。」

浅見が笑いバイバイと手を振った、真田は一つ小さなため息をつきそのまま部屋を出た。

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