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悪い夢2

真田が窓の下ではしゃいでいる巧真と浅見を見ながら絵里花の部屋で紅茶の準備をしていた。

「浅見さんっていい人そうですね。」

絵里花が真田に声をかける。

「旦那様や柏木さんが選ばれたのですから、立華家に恥じない執事だと思います。」

絵里花は質問と若干違う返事に少々困惑するも相手が真田である事に諦めを覚えた。

「真田さんは事前に会ったりしたのですか?」

「いいえ、お話は伺っておりましたがお会いするのは今日が初めてでございます。」

そう言いながら真田は音も立てずに紅茶を絵里花の前にセッティングする。

「そうだったんですか、少しお話しましたがとてもいい人そうだったのできっとみんな仲良くできるでしょうね。」

「・・・・・」

真田は一瞬眉間にしわを寄せそして再びいつも通りの真面目な顔で答える。

「仲良くかどうかはわかりませんが、共に仕事をしろと命じられれば共に行います。」

真田のこの答えにもう少し何とかならないものかと絵里花は内心思いながら紅茶に口を付けた。

真田はティーポットを置くために窓辺のキャスターへ向かう、眼下には未だ楽しげな巧真と浅見。

「・・・合わないな。」

真田はそう小声でつぶやき眉間にしわを寄せた。


「純哉、浅見はどんな感じかな?」

「良さそうな感じの男ですよ、真田とは合わないと思いますがね。」

誠一の部屋で二人は話をしていた。

「だろうな、渡辺とは問題ないだろ?」

「はい、渡辺は性格上まず問題ないと思います。」

「純哉、お前はどうだ?うまくやっていけそうか?」

「私の方も全く問題ないと思います、ただ、お見受けした感じ若干粗さがありそうですから、そこが仕事中に出なければ問題はないかと。」

「大変だ、ますます真田とは合わない。」

誠一が笑う。

「本日、夕食を一緒にと言っておりますので、その時に改めて四人で話ができればと思っております。」

「あぁ、そうだな。何たってあの蓮池様の所で統括をやっていた男だ、あそこは相当厳しい事で有名だからな。作法は心得ているだろう。」

「はい、そこは私も期待しているところです。ましてや和作法も心得ているとなりますとこちらとしても心強いですね。」

「全くだ。で、今はどうしている?」

「多分、お庭へ出ていると思います。屋敷の創りも全てが違うと思いますので、楽しんでいられると思いますよ。」

柏木が笑った。


浅見は一足先に部屋へと戻っていた。ベッドに仰向けになり履いていたショートブーツを脱ぎ捨て足を投げ、壁にかけてある制服をじっと眺めた。

蓮池邸で着ていた真っ黒いスーツとは違い煌びやかな服。柏木・渡辺・真田の三人はとても似合っていて品よく着こなしていた。

「俺、これ似合うかな・・・・?」

自分がこれを着ている姿を想像して浅見は少し笑えてきた。

「あと10センチ身長があったらなぁ~。」

浅見は苦笑した。


   コンコンコン

「・・・・・・」

   コンコンコン

「・・・・・・?」

真田は柏木に頼まれて浅見を夕食へ呼ぶために部屋へと来ていた。

戸を叩くが返事がない、真田は首をかしげる。

「・・・・・」

ドアノブを握ってみた、すると鍵はかかっておらず戸が開いた。

「・・・・・?」

真田は静かにドアを開ける、そこは電気も付いていない真っ暗な人の気配のない部屋だった。

「失礼します。」

一言声を上げ浅見の部屋へと入ってみる。まず目に入ったのは雑に脱ぎ捨てられたショートブーツ、そして壁に掛けられた新しいワインレッドの制服。

そしてベッドに横向きで転がって寝ている浅見の姿だった。

「・・・・・」

真田は眉間にしわを寄せる。

そしてそんな浅見を起こそうとふと改めて向き直す。

「・・・・・・?」

真田は寝入っている浅見を見て一瞬躊躇した。束ねられた黒い長い髪に、若干乱れた前髪。整った顔に小柄な身体と妙に細い腰、それは男性と言うよりは女性に近いシルエットの様にさえ感じた。

真田はふとそんな姿に違和感を覚えるも、その疑問を払拭するために咳払いを一つする。

   コホン、

「・・・ぅん?」

その咳払いで浅見は目を覚ます、そして目を細めて視線を真田に向けた。怠そうに起き上がり両手を大きく伸ばしてあくびをして見せる浅見。

「・・・何?」

頭を掻きながら真田に問いかける浅見、そんな浅見を見て極めて不快に思う真田。

「夕食の時間です、柏木さんも渡辺もすでに揃っております。支度をしてください。」

「あぁ、すまない。すぐに。」

そう言うと浅見は転がっていたブーツを履き、髪を束ね直す。

「お待たせしました、行きましょう?」

浅見は真田に笑いかける、真田は黙って食堂へと歩いた。

歩いている最中浅見と真田は一切言葉を交わすことはない、先を歩く真田は振り向きもしない。時折聞こえてくる浅見のあくびの音に真田は眉をひそめ不快に感じていた。

家主たちの食堂は二階、その横の部屋が執事たちの食堂だった。真っ白なテーブルに真っ白な椅子、贅沢に取られた席と席との間隔。そこに並ぶのは四人前の美しい食事、浅見は思わず目を疑ってしまった。

「ぅわぉ・・・」

「遅かったですね、どうぞ席へ。」

柏木が席を指し示す、この場合の上座には柏木、その正面には渡辺、柏木の横に真田が席を取りその正面に浅見は座った。

「では、明日から共に働く新しい仲間を迎えて。」

そう柏木が一声かけ食事は始まった。

ザ・マナーと言わんばかりにきれいに食事を進める三人、浅見はそんな三人を見てふと疑問を口にした。

「みなさんって、今執事中ですか?」

ぽかんとした顔をして手を止める渡辺と真田、柏木だけは変わらず笑顔で浅見に答えた。

「正確には違いますね、今はプライベートな時間ですよ。基本的に仕事は20時をもって終了となりますが個人的なご要望は入りますのでその時は失礼のない格好でお伺いすることが暗黙のルールです。」

「なら、今は別にある程度ラフな感じでも構わないんですよね?」

そう言って浅見はパンを取ってちぎりもせずかじった。

「「・・・・・」」

渡辺と真田が相変わらず手を止めている。それを見て浅見は少々困った顔をして首をかしげた。

「申し訳ない、まだ蓮池邸での感覚が抜けないんです。座って食事をすること自体がまれだったので、落ち着かなくて・・・そのうち慣れますからそれまで大目に見てやってもらえませんか?」

非常にバツが悪そうな浅見に柏木が微笑んだ。

真田が一息ついて浅見から目を放し食事を再開し、渡辺はそんな浅見が気になるようでしきりに話しかける。

「蓮池邸ではどの様に食事をしていたんですか?」

「わずかな時間を見つけて何かを口に入れると言った方が正しいですかね、人の出入りも多かったですし・・・噂を聞いていると思いますがあそこはすごいですよ?」

浅見が自虐的に笑う。

「噂として話は聞いてますよ、蓮池邸には何年間お勤めを?」

柏木が浅見に合わせ若干ラフな感じで言葉を返してきた。

「大学を卒業してからなので5年ほどですね、大学の講師に紹介されて。」

「でも噂は聞いていたんだろ?」

渡辺もラフに問いかけた。

「えぇ、でもほら、売られた喧嘩は買う・・・って感じで。」

浅見の言葉に柏木が笑った。

相変わらず真田は聞いているのかいないのか、表情を崩すこともなく会話に入る訳でもない。

「以前の奉公先をあまり悪くは言いたくないんですけどね、まぁ人間の扱いは受けないですよ。」

「結構悪く言ってるよ、それ。」

渡辺が面白そうに笑う。

「おかげさまでこの通り再就職はすぐ決まりますけどね。」

浅見は音こそ立てないが優雅とは言えない雑な手つきで食事を進めながら話した。

「作法に関してはかなり厳格でした、和作法はもちろん洋作法も徹底的でしたね。新人で入った時は皆で地獄の作法なんて言いましたけど。」

「早々に統括を責務していたそうだが、よほど蓮池様に認めてもらったのですね。」

「認めてもらったと言えば聞こえはいいですけど、俺以外に蓮池様のお相手ができなかったと言うのが本当の所です。なんせまぁ、噂通りの方ですから。」

浅見が苦笑した。

真田はちらりちらりと会話をする三人を見ながらいつもよりゆっくりと食事を進めた、会話をする三人に対し一人だけ先に食事を終えるのは紳士的ではないと心得ている。

「でもさぁ、それだけ贔屓にされてたんなら蓮池様も手放したくなかったんじゃないの?どうして辞めたの?蓮池様と何かトラブルでも?」

渡辺の言葉に浅見の背筋がゾッとした。

一瞬にして瞳孔が開き瞬間的に動きが止まった、それはかなり強い恐怖体験を感じさせる様子だった。

そんな浅見の一瞬の変化に柏木と真田が気付く、真田は思わず食事をしていた手を止めてしまった。

しかし浅見はすぐにさっきまでと変わらない表情に戻り、言葉を続けた。

「そこはほら、一身上の都合と言う事で。」

浅見は笑った。

「では浅見は真田と同じ歳になると言う事だな。」

柏木はすぐに話を変えた。何となくだが、これ以上蓮池邸の話をすべきではないと天性の執事の勘が働いた。

「・・・そうなりますね。」

真田がやっと口を開き答えた。

「渡辺は3つ年上だったかな?」

「はい、今年で30になります。」

「私がその6つ上だな。もうそんなに長くここにいたのか。」

柏木はにこにこととてもよく笑った。

「私と旦那様は大学の同級生でね、なのでもうだいぶ前から知っていますから未だに誠一さんはああやって私の事を名前で呼ぶんです。もちろんお客様や公の前ではそうはしませんが。」

「俺も真田も大学を出てからずっとこちらに、まぁ一緒だね。」

渡辺の人のよさそうな柔らかい笑みが浅見に向けられた。

「それより浅見、ほとんど食事が進んでいないが・・・口に合わないかな?」

柏木が浅見の皿を見て声をかけた。

会話をしながらとは言え三人がほぼ食事を済ませているのに対し浅見はまだ半分は残っている。

浅見はまた非常にばつが悪そうに上目で答えた。

「いや、大変おいしいです。ここの料理人の腕は素晴らしいと思います・・・・ですが、」

「洋食は口に合わないか?」

「いえ、そうじゃなくて・・・俺には量が、多い様です。」

「えっ?」

渡辺が思わず声を上げて真田も呆気にとられたような表情で浅見を見た。

「いや、その、残すまいとかなり頑張った方なのですが・・・申し訳ありません、これ以上は・・・」

「随分と食が細いな、元々ですか?」

柏木もさすがに驚いた様子だった。

「元々と言われれば元々だとは思いますが・・・正直、蓮池邸で食事を楽しむと言う習慣を完全に失っていますし、提供することは好きなのですが自分が食べると言う事にさほど欲もないもので・・・食べなければ食べないでいい、と言う、習慣が・・・・・」

   ・・・・・・・

渡辺と真田が唖然としたまま浅見を見ていた。若干肩を落としまるで怒られているかのようなその様子に柏木は浅見を哀れに感じた。

「そうですか、では無理はしなくていい。ここの時間と習慣には少しずつ慣れていけばいいでしょう。だが浅見、食事はきちんと摂ってもらいます。食べないと言う事はナシですよ?ここにいる渡辺・真田も含めて使用人である前に一人の人間です。権利と尊厳は例え従者としても平等ですからね。」

「・・・わかりました。」

柏木の言葉は正しいと浅見は思った。しかしその権利も尊厳もすべてを放棄したような長い生活の中で身についてしまったものは、そうそう簡単には落とせないだろうとも思った。

「量に関しては料理人に言ってあなたの分だけ控えてもらいましょうね。」

「申し訳ありません・・・」

「ところで浅見、甘い物は好きですか?」

柏木が優しく問いかける。

「・・・?人並みにですが好きですけど・・・?」

「ならば控室に常につまめる物を置いておかなければならないかな。」

柏木の思いやりは完璧だと三人は思った。それは本当に生まれ落ちた時から人に奉公すると言う事をたたき込まれている、そんな感じだった。表も裏も公も私もなく柏木は柏木なのだと浅見は思い知る、そしてそんな柏木以外ここでの執事長および屋敷内全ての統括を行える者はいないだろうと思った。

「浅見、毎朝7時と夕食前にミーティングがあるのでそれには決して遅れないように。良いですね。」

「はい。わかりました。」

「それとこの後、食後に控室に来るように、今日途中になってしまった説明の続きをしましょう。」

「よろしくお願いします。」

渡辺と真田は自室へ、浅見は柏木に続き一階の執事たちの控室へ入った。

時計はもうすでに21時半をさしている、浅見は柏木に声をかけた。

「柏木さんすいません、こんな遅くまで・・・奥様をお待たせしてしまって。」

柏木は一瞬驚いた顔をして微笑んだ。

「その辺は大丈夫ですよ、私の家はお屋敷の隣ですから。」

「あっ、そーなんですね・・・でも隣って言っても、」

「えぇ、車で通勤です。」

「ですよね。」

二人は笑った。

「お嬢様にはお会いになりましたか?」

「はい、お庭を拝見させてもらっているときに東屋で。」

「そうですか、奥様はまだですよね?」

「はい、お会いしておりません。」

「では明日、朝食の時間に奥様にご挨拶しょうか。お嬢様にも改めて。私が同行します。」

「よろしくお願いいたします。」

「お嬢様の高校への送り迎えが月曜から金曜日まであります、必ず執事が一名付いて校門までお荷物をお持ちしております。明日、それをお願いできますか?」

「かしこまりました。」

「朝は8時半にここを出て、お迎えは15時半です。使用人の朝食は朝5時から7時まで先ほどの食堂の下にある多目的スペースでビュッフェ形式をとっています。なのでミーティングの前までに済ませておいてください。旦那様達の朝食は7時半に食堂です。」

「はい。」

柏木は浅見に細かな事をいろいろと伝えてくれた、それは蓮池邸とは全くと言っていいほど違う扱いで浅見は慣れる事に時間を要するだろうと確信した。

柏木が帰宅し浅見は自室に戻った。

窓の外から見える庭は所々ライトアップされていてここは日本なのかと疑いたくなる。

数週間前まで奉公していた蓮池邸はそのものが日本と言った感じの建物で、蓮池自身もよく和装をしていた。半ばやけっぱちで務めたとはいえそのしきたりを普通だと思っていた浅見にとってここでの待遇には正直どうしていいのかわからない事が多い。

少なからずあそこよりはいいだろう程度に思っていた浅見は、むしろ困惑さえ覚えた。

「まぁ・・・これがいちばんありがたいかな。」

浅見はシャワーを浴びながらつぶやく。

食事もまともだった、時間も仕事も決められていてゆとりすら感じられた。

まるで任侠映画の様に当主に振り回される生活はここにはなく、仕事を依頼してくる家主たちでさえ使用人に対し見下すような視線を投げない。しかし仕事は完璧を要求され優雅さを要求される。

浅見は自分にその優雅さがあるかどうかはわからなかったが、持ち前の気質がそれを完璧にこなしてやろうと言う前向きさとなって原動力となった。

浅見は鏡に映った自分に目をやった、そして思わず笑った。

その体には丸い乳房が二つ付いている。

「楽勝だな。」

浅見は補正下着のごとくぴったりと身体に張り付いたシャツを一枚着てその上からゆったりしたシャツを着るとベッドに転がった。

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