私の幸せの形はお姉様の姿をしている
あれからお姉様と二人で旅をしたが一年と思ったよりも早く終わってしまい、残念だった。
元々取引をしていた貴族たちや商人たちなど多くの人がお姉様の商才や人柄を知っていたこともあり何も知らない連中を叩き潰し、強欲な父はお姉様がいなくなったことで限度を見失い勝手に破産していった。
それを知ったお姉様は再び祖国に戻り一から自分の店を構えて仕事をしている。
毎日、帳簿に追われて忙しそうにしているお姉様は心配だけど前よりも楽しそうに笑いながら仕事をしているお姉様は世界一美しくて可愛い。
私も手伝いたいが残念ながら細かい計算や小難しい契約書とは相性が悪く何も出来ないのが口惜しい。
つい、いつもの大好きなお姉様の肩が触れるくらい近い隣に座り机に突っ伏してお姉様にそのことを漏らしたら頭を撫でてくれた。
「レイナ、知っている?私がこんなに頑張れるのはあなたのお陰なの、だからそんなこと言わないで。それに家事をやってくれてとても助かっているのだから」
好き、やっぱり私のお姉様は最高だ。
お姉様はそう言ってはくれているがお世辞にも家事も出来る方ではない、確かに当初に比べればマシとは言えなくはないが料理は高確率で焦がすか味付けを失敗するし掃除や洗濯だってお姉様がいないとわからないことばかりだ。
「でも、やっぱりお姉様の役にもっと立ちたいの!家事だって多少はできるようになったけどお姉様の方が出来るし」
「そんな可愛い顔で拗ねなくても私は今、あなたとこうしてたわいもない会話をして毎日一緒に家事をして暮らせるのが幸せなの。だから、私の世界一可愛い妹を卑下しないでちょうだい」
やっぱり好き!私の頬を挟み込み、聖女のように清らかな笑みを浮かべ額を合わせる。
あまりにも幸せすぎて伯爵を殴って攫ったあの時の私をもっと褒めてやりたい。
そして私はお姉様が言うようにたわいもない話をして久しぶりに狭いベッドで身を寄せ合って眠りについた。
私の朝は早い、まだ眠るお姉様を残して町にでる。お姉様の朝食を作るのは毎日の日課だ、お姉様が好きなパン屋に青果屋、肉屋を渡り歩き大量の荷物を抱えて家に戻ると町で見たことのない男が玄関に立っていた。
怪しく思いしばらく観察していると何度も扉をノックしようとしては手を下ろし、服装を気にしては肩を下ろしを繰り返している。手にはお姉様が好きそうな花束が抱えられ、服装が上質かつ洗練されているところから知り合いの貴族なのかもしれない。
男が息を整えようと振り向いた瞬間、目が合った。
「セザール様!」
想定していなかった人物が現れ驚きで思わず声が出てしまう。いや、むしろ遅すぎて驚いたのかもしれない。
セザール・グレイ、グレイ公爵家の嫡男で時期公爵である。何度か屋敷に訪問してはお姉様と商談という口実を作っては会いに来ていた奥手純情ボーイだ。
今思えばお父様が前線を離れてからというもの目が耄碌していたとしか思えない、商談は全てお姉様に任せ自分は豪遊に女に博打と人間の欲を詰め込んだ生活を送っていた。だから目の前にぶら下がった餌を間違えて食いついてしまったのだ。
見る目さえあれば間違いなく伯爵ではなくセザールを選んでいただろう。お姉様も他者の機微には鋭いがどうもお父様の影響か自分に向けられる好意に気付かないというか気付かないフリをする、きっとお姉様にとって好意は何か見返りがなくてはいけないと思い込んいる。
家を出てからは少しずつだが私の好意を受け入れてくれるようになった、家族ですらこんな状態のお姉様が恋の前では臆病になるセザールの好意に応えるはずもなく強欲なお父様を買収するアホに横から掻っ攫われるのも仕方がない。
そもそも身分の違いから候補にすら入れられていなかった可能もある。
パーティーに出てはグレイ公爵夫人にお姉様とセザールのことをよく聞かれていたから公爵家としてはお姉様を迎え入れたかったのだろう、身内贔屓もあるかもしれないが成金貴族と言われればそれまでだがお姉様は作法も完璧で言語も多彩、他貴族にも負けない気品も度胸もある、知識も豊富で身分さえ気にしなければ誰もが羨む素敵なレディなのだ。
それが妬みに変わり、表舞台を苦手とするがゆえに訳もわからない批判が飛び交っていたのを思い出すと今でも腹立たしい。
「レイナ!元気にしていたか」
私を認識すると爽やかな笑顔で近づいてくる。
花束を背後に隠し、今来たばかりだと誤魔化そうとしているのが見え見えだ。
「そんなに大きな声を出されるとお姉様が出てきますよ」
身体が大きく跳ねる、立派な肉体が少し萎んで見えた。
「それにしても遅かったですね。旅に出ている間は仕方がないと思っていましたけど帰ってきて半年も訪ねて来ないとは思ってもなかったです」
「それは、だな。仕事が忙しくてだな」
「どうせ、あの時何も言えなかった自分が今さら会いに来てどうするんだみたいな自問自答繰り返していたら半年経ってたとかそんなところですよね」
図星だったのかセザールは後ろにたじろぐ。
恋する男としては後ろめたい気持ちはわかるがあの場で飛び出していればアホが騒ぐのは目に見えていた、だからあれは飛び出さなくて正解だと私は思っている。
そもそもお姉様は1ミリもセザールが助けに入るなんて思ってない。
「なぜそれを。・・・本当に彼女を思っていたのなら助けるべきだった」
「いえ、あの場ではそれが最善です。セザール様があそこで介入すればあのア、いえ他の貴族が騒ぎかねないですから。というかそんなに後悔するならなんでお父様に婚約許可を申し込まなかったんですか!あなたのことですから伯爵が申し込んだの知ってましたよね」
「それはそうだが、愛してもない人間が婚約を申し込んだところで彼女は嫌がらないか」
「それを言ったら伯爵もそうですが!なんでそうゆうところだけ小心者なんですか、お姉様がまだ愛してなかったとしても少なからずお姉様自身を愛してるセザール様の方がいいに決まってます!そもそもお姉様はそういった感情に鈍いって再三伝えてましたよね、だから夫人も使って囲い込めとアドバイスもしましたよね。結局日和って二の足踏んでたのはあなた自身ではないですか!」
思わず思いの丈を叫ぶ。
セザールはあまりの勢いに上官を前にした部下のように背筋を正し聞いていた。
「多少ですがスッキリしました。家の前で騒ぐのもあれですし宜しければお姉様と一緒に朝食はどうですか、流石に公爵家のものには及びませんけど」
「すまなかった、レイナ。君のおかげで目が覚めた気がする。朝食に関しては二人が良ければご相伴にあずかってもいいかな」
「もちろんです。お姉様は優しくて美しくて可愛い女神なのでむしろ喜びます」
「彼女のことを好きなのは知っていたがそこまであけすけだったか」
「私も自由になった、それだけです」
私はセザールを置いて大好きなお姉様が待っている家に駆けていく。
これからお姉様が何を選びとるかは私にもわからないけどその先に幸せがあると信じている。