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大家さんと浮気者

 ほんのりと生温かい日々を失った俺は、また酒の量が増え、ついには牧野にも呆れられた。


そんなある休日、父のお見舞いに地元に帰った。

父は、抗がん剤治療が始まり、手術の後より焦燥しているように見えた。

久々に実家に泊まり、母の手料理を食べた。


実家には、猫が二匹いる。

12歳の美しいサバ白姉妹だ。



猫を切らしたことがないがなぜか自慢の、猫好き一家だ。



 翌朝実家を出て、父のお見舞いにもう一度行き、家に帰る。

階段を上がり、自分の部屋の前を見るが、彼女はいない。



ふと、通路からアパートの大家さんの家に目をやる。



 このアパートに引っ越してきたのは4年前、会社の異動で本社勤務になった時だ。

駅からも近くアパートもそんなに古くないのに、とてもリーズナブルな家賃だった。


最近のアパートは、管理会社が管理している物件が多いが、ここはアパートの裏に住む60代後半の大家さんが、アパートの掃除をしたり修理をしたりしてくれていた。

さらには、人懐こい俺は大家さん夫婦に可愛がられ、親戚からもらった野菜やみかんを分けてもらったり、ビール券をくれたり、本当に良くしてもらった。


 だが、大家さんの奥さんが昨年急死した。

それからというもの、大家さんも急に老け込み、体も悪くしていたみたいだ。

その頃から、管理会社が俺の住むアパートを管理するようになった。




 俺の部屋に続く通路から、大家さんの家のリビングは丸見えだ。

ここのところ閉め切られていることが多かった、大家さんの家のカーテンがひさびさに開いている。


そして、窓辺近くのソファに座っている大家さんが見えて、俺は少しホッとした。

年齢も同じくらいだし、父と重なって見える。




 なにやら大家さんがしきりと手を動かしている。

その手元に、彼女がいた。


大家さんに抱かれ、その体を弄られていた。

彼女は、気持ちよさそうな顔をしている。

そして、俺が聞いたこともないような声を上げる。



君は、男なら誰でもいいのか?

お風呂や例の刺激の仕方も、大家さんから教わったのか?



俺は嫉妬してしまった。

俺は直ぐさま目を逸らし、部屋に入った。


部屋に帰って、着替えを済ませると、俺は急に思い直した。

もともと大家さんに面倒を見てもらっていたのだろう。

たまたま気まぐれで、俺の家に住み着いてしまっただけだ。


ほんのりと生温かい幸福感と甘美さを完全に失った俺は、生きてきて今までで一番と言っていい程の寂しさを感じていた。



彼女を忘れる為にも、猫でも飼おうかな!

俺は、彼女を諦めることにした。




それからわずか2週間後、大家さんの訃報を聞いた。

俺の下の部屋の一人暮らしの50代女性からだ。


その日夜遅く、俺とその女性は、大家さんの家に香典を持ってお焼香に伺った。


でも、彼女の姿はどこにも見当たらなかった。







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