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婚約破棄から立ち直れない俺

俺は、まだ立ち直れないでいた。

もう一年経つのに。


3年付き合っていた彼女とは婚約していた。

お互いの両親にも挨拶をし、共通の友人数人にも婚約を報告していた。

結婚式は、翌年のバレンタインデーと決めていた。

ふたりで結婚情報誌を読んだりもしていた。



なのに、それは突然だった。


「ごめん!私やっぱり結婚はできない。

元カレが忘れられないの」


しばらく意味がわからなかった。

浮かれていただけの俺には、寝耳に水でしかなかった。

翌日、3ヶ月一緒に暮らした俺の部屋から、彼女は出ていった。


それからの俺は抜け殻のようだった。



 秋が深まり、日中は暖かくても夜になると冷える。

そんな季節が、俺をますます哀れにする。




 その日、元カノとも共通の友人だった同僚の牧野が、いつも飲みに行っている個人経営の居酒屋に誘ってくれた。


昨年定年退職した元の部署の上司が、俺達が新入社員の頃からよく連れてきてくれていたレトロ感のある居酒屋だ。

飯もうまくてリーズナブルだ。

すっかり常連になってしまった俺達は、カウンターで女将のお任せの料理で日本酒を熱燗で煽る。

カウンターでよく会う常連オヤジ達とも、いつの間にか顔見知りになり、俺と牧野はそれぞれ一人でも来ることすらある。



仕事の話から始まり、上司の悪口でますます酒が進み、牧野が営業先の女の子の話を始めた頃には、ふたり共かなり酔っていた。

この居酒屋で培った俺達の飲み方は、よく昭和生まれのオヤジのようだと言われる。


そんな俺達に、隣で飲んでいた60代後半のオヤジが声をかけてきた。


「おい、若いの!

お前ら最近、股間が熱くなるような出会いはしてるか?」


と言って笑った。

俺が元カノとの別れをいまだに引きずっているのを知っている女将が、オヤジを制したが、酔ったオヤジは止まらない。

散々下ネタを披露した後で、


「男たるもの、ポケットにはいつもコンドームだ」


そう言って、オヤジはポケットから四角い小さな包みを出した。


「さすが、田中さん。未だ現役ですね!」


相当酔っている牧野が乗っかる。

未だにそういう類いの話に乗れない俺に、女将が酒を注いでくれた。



 元カノが出ていった後から、俺の日常は色々変化があった。

会社の再編成だとかで、俺と牧野は営業に回され、慣れない取引先巡りでストレスも半端ない。

さらには父親が胃癌になったり、明るい話題からは遠ざかっている。

そんな俺に女将が、


仁科にしなちゃん!

あなたなら大丈夫よ。

ここを卑屈にならず乗り越えれば、明るい未来が待ってるわよ。

仁科ちゃん、良い子だもの」


そう慰めてくれた。



 散々呑んで店を出て、牧野と同じ電車に乗り帰途につく。

揺れる地下鉄の中で、牧野が呂律の回らない口調でこう言った。


「そろそろ次行けよ。

さっきの営業先の女の子紹介してやろうか?」


曖昧な返事で誤魔化す。


2駅手前の駅で降りていった牧野を見送り、電車の揺れに身を任せているうちに、さらに酔いが回ってきた。

千鳥足で歩くこと15分位だったと思う。

この頃には、すでに時々記憶が抜け落ちている。


どうやってアパートまで辿り着いたのかもわからず、どうにか外階段を上がって部屋の前まで来た。



俺の部屋の前に、ねこがチョコンと座っていた。



「君、何してるの?

ここ、おれんち。なにかよう?」


話かけながら、鍵を開け扉を開けると、当たり前のように部屋の中に入ってきた。


その後の記憶は曖昧だ。

ただ、その夜、元カノとの別れがあってから冷え切っていた俺の股間が、熱くまではいかないがほんのり温かくなり、久しぶりに女の子と抱き合っている夢を見た。



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