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最終話 幸せの形

「……あの時は、あれが初恋だなんて思いもしなかった」


 懐かしむように、テオの口元がほころぶ。


「ただ、あの出来事をきっかけに、俺は変わらなきゃって思ったんだ。必死で学んで、体も鍛えて、アカデミーに入って人脈も広げた。あの小さな離宮にしかなかった俺の世界は、お前のおかげで大きく広がったんだ。お前が言ってくれた『強い人』に、本当の意味でなりたかったから。そのための努力を俺は惜しまなかった。今の俺があるのは全部お前のおかげだ。本当に感謝してる」

「……」

「アカデミーに入る前、一度だけお前を見かけた事がある。随分雰囲気が変わってて、別人かと思ったよ。あの頃はお前の事情なんて知らなかったから……まあ、知ってたとしても何かしてやれる訳じゃなかったけど。……いつか胸を張ってお前の前に立てたらって、それだけを目標に頑張った」


 こんな風にテオが自分の事を話すのは初めてだった。今まで知らなかったテオの心情。アデルはただ無言で彼の話に耳を傾けた。


「その後、アカデミーを早期卒業して城に戻ると、すぐに親父からバカ義兄(あにき)の事を背負わされた。なんで俺がって思ったけど、何でも願いを聞いてやるって言われて話に乗った。俺は城を出たかった。城を出て自由になりたかった。義兄の周辺は、調べれば調べるほどきな臭い話が出てきた。そんな時、潜入してたノールズでお前を見つけて……心臓が止まるかと思ったよ。なんの冗談かと思った。なんでお前がこんなところにって。本当はすぐにでも家に帰してやりたかったけど、出来なかった。犯人もその目的も分からなかったし、また攫われないとも限らない。そうなったらもう、お前を守ってやれないかもしれない。でも傍にいれば……なんて、カッコつけても、結局は俺のエゴだな。お前と過ごす時間が嬉しくて、少しでも一緒にいたくて、俺は……」


 そこまで言って、テオは言葉を呑んだ。


「お前を家に帰して、それきりにするつもりだった。お前はマクミランに嫁ぐって分かってたし、お前はあいつしか見てなかったから。俺の入る余地なんて、これっぽっちもなかっただろ? これ以上介入したら気持ちが抑えきれなくなる。お前にはただ幸せになって欲しかった。それなのに……お前はまたあんな目に遭って……っ」

「テオ……」


 テオが拳を強く握る。


「腹が立った。お前に係わった奴らを全員、叩きのめしてやりたかった。でも、何もしてやれない自分に一番腹が立った……。あの場から逃げ出す選択肢しか与えてやれない自分が本当に情けなかった。悔しかった。ごめんな」

「そんな事ない……。テオのおかげで、私は初めて自分らしく生きる事を知ったわ。テオがいなかったら、今頃修道院で暗い毎日を送ってたと思う。全部テオのおかげだよ。感謝してるのは私の方。本当に……本当にありがとう」

「アデル……」


 じっと見つめるテオの顔をアデルもまた真っすぐ見つめた。テオは一度大きく息を吸うとおもむろに立ち上がり、アデルの前に片膝を立てて座った。


「テオ?」

「クライバーで……俺が最後に言った言葉、覚えてるか?」


 アデルの脳裏に、あの日の情景が鮮明に浮かぶ。


「時が来たらもう一度、ちゃんとした形で伝えたい。その時は前向きに考えてくれると嬉しい」


 テオは、どこからか小さな箱を取り出すと、ゆっくり蓋を開けた。艶やかな絹のクッションの上には、大粒のガーネットをあしらった指輪がはめ込まれている。その周りを囲むように配置されている黄金の石はイエローダイヤモンドだろうか。


「アデル……」


 テオの真剣な目がアデルを見た。


「ずっとお前が好きだった。いままでも、そしてこれから先も、この気持ちは一生変わらない。お前を……お前だけを愛してる。どうか俺に、お前を幸せにするチャンスをくれないか?」


 これまでに見たことのないテオの表情。

 真剣に、でも緊張したようにアデルを見つめる瞳は、不安そうに揺れる。



 不安な時、テオはいつでも傍にいてくれた。

 恐怖に怯える夜も、悲しい時も、テオはいつでも寄り添って、励ましてくれた。

 楽しい時、嬉しい時、これから先もずっと一緒にいたいと思うのはテオだけ。彼以外の人なんて、もう考えられない。



 アデルは差し出された指輪のケースごと、両手でテオの手を包んだ。


「私もテオが好き。これから先、ずっと一緒にいたいと思うのはテオだけよ。誰よりも、あなたが好き。あなたを……愛しています」

「……アデル」


 安心したようにテオの顔がほころぶ。取り出した指輪をアデルの指に嵌めると、それは薬指にぴったりと収まった。


「あ、でも……」


 アデルが何かに気づき、慌ててその手を引っ込めた。それを許すまいとテオの手が反射的にアデルの手を両手で包む。


「どうした?」

「私、勉強もマナー教育も全部中途半端で……。あなたの隣に立つにはちょっと時間がかかるかも……」


 ここ最近身に着けたスキルと言えば、洗濯と簡単な料理くらいしかない。王族に嫁ぐとなれば、それ相応の教養を身に着けておく必要がある。


「それなら心配ない。言ったろ? 俺は端から王家に残るつもりはないって」

「え?」


 テオは今、グレイシアと並んで後継者として名が挙がっている。今回の件の一番の功労者であるテオを、王がそう簡単に手放すとは思えない。


「義兄の件が片付いたら王族籍から抜いてもらう、それが親父との取引の条件だった。言質は取ったし念のため書面も交わしてある。だからお前が負担に思う事は何もない」

「でも、後継者は……」

「それはグレイシア一択だろう? 親父だって端からそのつもりだったはずだ。アイツは俺たちと違って、唯一正当な王家の血筋だからな」

「唯一……? 俺たちって……」

義兄(フレデリック)は、王妃の不義で生まれた子どもだったんだ。俺とは逆のパターンだな。結局、俺たちはどっちも正当な血筋じゃなかったって事だ」

「……」


 衝撃の事実にアデルの口がポカンと開く。


「まあ、親父も元気だし、今すぐにどうなるって話でもない。ただこれから先、少し忙しくはなるかもな」






 テオが予言のような言葉を残したその数年後。




「おかあしゃまぁ。だっこぉ~」

「あ、ずりゅい! ぼくもっ…ぼくも……っ!」


 アデルは幸せな毎日を送っていた。


「困ったわね。お母様、さすがに二人は抱えられないわ。……いや、出来るかしら?」

「やめとけ。この間もそう言ってひっくり返っただろ」


 呆れたような声が背後から聞こえ、スッと手が伸びる。そうして難なく二人の子どもを抱き上げると、テオは二人の頬にキスを落とし、愛し気にアデルを見つめた。


「ただいま、アデル」

「お帰りなさい、テオ。その顔じゃ、今回の仕事もうまくいったみたいね」



 あの後。

 テオは正式に王族籍を抜け、一旦は平民として市井に下った。が、これまでの功績が勘案され、新たに男爵位の叙勲を受けると、それに見合うだけの褒美が授けられた。嵌められたと本人は不服そうだったけど、周囲からの説得でそれらを受け取り、ラウルと共に新たな商会を立ち上げた。彼らの事業はあっという間に軌道に乗り、現在では国で一、二位を争う商会へと規模を拡大している。


「ひと月ぶりの我が家だ。また前みたいに、子どもたちに忘れられて泣かれたらと思うと、気が気じゃなかった」

「あの時は、大変だったものね」


 どんなに愛情を注いでも、顔を合わせなければ忘れられてしまうのかと、テオは当時かなり落ち込んでいた。それ以来、ひと月以上家を空けるような案件は全てラウルに委ねている。ラウルの不貞腐れた顔が今も目に浮かぶようだ。


「お前は? 今日は何してたんだ?」

「えーと、午前中は執務を熟して、午後はこの子たちと遊んで、今は気晴らしにお洗濯を……」


 大きなたらいを横目に、テオが子どもたちの顔を見る。


「お前たちのお母様は相変わらず働き者なようだ。さあ、テレジア、アルバート。そろそろ降りて、父様にお母様を抱きしめさせてくれないか?」


 金茶の髪色の双子は聞き分けよく下に降りると、アデル特性のシャボン液でシャボン玉を作り始めた。


「会いたかった、アデル」


 ひと月ぶりの愛しい人の感触に、テオは詰めていた息を大きく吐き出した。


「少し痩せたんじゃないのか? あまり無理をするな」

「分かってる。でも、まだ至らない所が多くて……。お兄様ってホントに優秀だったのね。あれだけの仕事を平然と熟していらっしゃったんだから」


 今年になり、アデルはロウェル家の当主の座をノアから引き継いだ。


「まさか、お兄様がグレイシア様の王配になるなんて夢にも思わなかったから……。今でも信じられないわ」


 先日の挙式を思い出し、アデルは感慨深く呟く。


「別に、意外でもないだろ? 元々顔見知りだし気心も知れてる。お前がソアブルに発ってからは、頻繁に連絡を取り合ってたみたいだしな」


 きっかけはアデルの名誉を回復するためだったという。その後頻繁に連絡を取り合ううち、二人の仲が急速に進展したらしい。

 更に言うなら、幼いグレイシアの初恋の相手がノアだったと聞き、それもまた衝撃だった。


「体調はどうだ?」


 アデルのお腹にそっと手を当て、テオが聞く。


「順調ですって。最近は頻繁にお腹を蹴るようになって痛いくらいよ。男の子かもしれないわね」


 随分と大きくなったお腹を撫でながら、アデルが言う。


「どっちでもいいさ。元気に生まれてきてくれればそれでいい」


 そう言ってテオはアデルを抱き寄せると、コツンと額を合わせた。


「ああ……予定外だったな」

「……なにが? 子どもの事?」

「違う……。俺がお前を幸せにしてやるつもりだったのに、俺が一番の幸せ者になってしまった」

「……ふふっ、何よそれ」


 テオのよくわからないぼやきに、アデルは笑った。そっとテオの背中に腕を回すと、優しくテオを抱きしめる。その途端、二人の間でポコッポコッと衝撃を感じた。


「……あっ、アデル…っ 動いたぞ……っ」

「赤ちゃんも幸せだって言ってるのよ。……私も幸せよ、テオ」

「………」


 輝く太陽の下、二人は唇を重ねた。

 さわやかな風に乗って、無数のシャボン玉がふわりと舞い上がる。


 この上ない幸福に満たされ、アデルは青く澄んだ空を仰いだ。


次話で完結です。

エピローグはアルベルトのその後です。

明日更新します。よろしくお願いします。

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― 新着の感想 ―
完結してから拝読いたしました。 途中、いろいろ思うところはありましたが、最後まで興味を持って読み進めることができました。 あの人みたいになりたい、ならともかくあの人になりたいはいい迷惑ですね。そしてそ…
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