69 身勝手な言い分
「君は本気でアデルが喜ぶと思ったのか……?」
セシリアのあまりに自分勝手で未熟な考えに、アルベルトの声は震えた。
「もちろんよ。自分を愛してくれない家族のそばにいたってちっとも幸せじゃないでしょ? 私は……私だけは、アデル様を分かってあげられる。私だけがアデル様の気持ちを理解できるの。それにタルジュも言っていたわ。アデル様は毎日幸せに過ごしてるって。私に感謝してるって」
「君は、アデルが鎖で繋がれている所を見たんだろう!! 奴隷のように繋がれた姿を見て、本当に幸せだと思ったのか!?」
「ああ…アルベルト。あなたは何も知らないのね。あれは仕方がなかったの。アデル様は心の病に侵されていて、夜中になると眠ったままどこかに行ってしまわれるんですって。タルジュが言うには家族にひどい事をされ続けてできた心の傷が原因だそうよ。私がもっと早くに気づいて差し上げられたらよかったのに……本当にかわいそうなアデル様……」
「…………」
ここまで話の通じない人間がこの世にいる事に、アルベルトは愕然とした。同時に、自分の愚かさを改めて悔いた。
「……アデルは、心の病になんか罹ってない。それに可哀そうでもない。彼女はずっと努力していたんだ。侯爵夫妻に認めてもらえるよう、ずっと…」
「頑張らなきゃ認めてくれない家族なんてほんとに家族なのかしら? 家族はすべてを受け入れて愛してくれる人の事を言うんだってタルジュが言ってたわ」
「タルジュ、タルジュって……っ。君はあの侍女に利用されてるだけだとなぜ気づかない! 君はそこまで愚かな人間なのか!?」
「愚かなのはあなただわ、アル。幼い頃からずっとアデル様と過ごしてきて、どうしてもっと早くアデル様を救って差し上げなかったの? わかってたんでしょ?」
「……それは…っ」
セシリアの言葉がグサリと胸に刺さる。
「私は、アデル様には心安らげる場所で生きて欲しかった。それなのにあんな形で亡くなられてしまうなんて……」
セシリアが声を震わせ、グスッと鼻をすする。
「………それだけアデルを思っているのに、なぜ君はアデルに成り代わろうとするんだ……。そもそも君があんな嘘をつかなければ、彼女は僕と結婚して家を出る事が出来た。マクミラン家で僕と幸せに暮らすことが出来たんだ。その幸せを君が奪った。そうは思わないのか?」
それまで、夢を見ているかのような顔でアデルの事を語っていたセシリアが、初めて不服そうにアルベルトを睨みつけた。
「アデル様とあなたが結婚したら、私はどうなるの? 私はアデル様になれなきゃ幸せになれないのに」
「……どういう意味だ」
「アデル様は素敵な方よ。きれいで優しくて賢くて、欠点なんて何一つない人。家族には恵まれなかったけど、誰からも愛されるべく生まれてきた人よ。どこへ行っても……あなたと結婚しなくても、きっと神様が幸せにしてくれるはず。でも、私は違う。生まれた時から疎まれ、否定され、バカにされて、名前も付けてもらえなかったような人間よ。私のままじゃ、私は一生幸せになれない。だから私はアデル様になりたかったの。アデル様として生きられたら、私はきっと幸せになれる。アデル様にならなきゃ幸せになんかなれない。アデル様という『器』が私を幸せにしてくれるの。アデル様じゃなきゃ意味がない。アデル様がいいの」
「……」
彼女には何を言っても響かない。アルベルトはやるせない気持ちを抱えて押し黙った。
「ホントはね、アデル様がノールズにいらっしゃるうちに、顔を変えてもらう予定だったの。でも先方のお仕事の都合で一年は先になるって言われて…焦ったわ。あなたとは『帰ってきたアデル様との再会』っていう形で出会うつもりだったのに、予定が狂っちゃった。その上、ノールズの閉山でしょ? あなたを繋ぎとめておくためにはそれなりの理由が必要だった。嘘をついた事は悪いと思ってるわ。本当にごめんなさい。アデル様の事も……まさかあんな形でお亡くなりになるなんて夢にも思わなかった。……でも、これからも私、本当のアデル様に負けないくらい頑張るわ。だからその子と三人で幸せに……」
「………ざけるな」
「え?」
アルベルトは、胸の中でスヤスヤと寝息をたてる赤ん坊をベッドに寝かせると、おもむろに振り返った。そうして腰に下げていた剣の柄にゆっくりと手をかける。
「お前みたいな人間がアデルになれる訳がないだろう……? アデルの『器』を手に入れたところで、中身は変わらない。いくら研磨したってただの石は鋼にはなれないんだ。お前がアデルを名乗るなんてそんなおこがましい事を僕は絶対許さない……っ その顔は……アデルのモノだ。返してもらう!」
アルベルトはセシリアの喉元に剣先を突きつける。
この時になってようやく、セシリアの顔が何かに気づいたように大きく歪んだ。
「え……どうしたの……? アルベルト……やめて……いや……っ」
アルベルトが、大きく剣を振り上げる。
「やめてぇぇぇ………っ!」
「そこまでだ!! マクミラン!!」
大きな音と共に、怒号が響く。
振り下ろした剣がセシリアに届く瞬間、間に入り込んだ何者かが二本の短剣でそれを防ぐ。
「……あっぶなっ! 危機一髪……」
剣をはじき返したラウルが、汗を拭う仕草でふうっと息を吐く。一瞬の出来事に腰を抜かしたセシリアが、呆然とした顔でその場にへたり込んだ。
「やめておけ、アルベルト。そんな女切る価値もない」
そう言ってアルベルトの手から剣を取り上げたノアが、ポンッと肩に手を乗せる。
「ノア……。どうして、ここに……?」
ノアは眼鏡を押し上げ、深刻な顔でアルベルトを見た。
「アデルがいなくなった」
「………っ!」
「背の高い黒髪の女と一緒に宿を出たらしい。おそらく……そいつの侍女だ」
アルベルトはセシリアを振り返った。セシリアは自分の身を抱え、ガタガタと震えながらブツブツと何かを呟いている。
「その女には聞きたい事が山ほどある……が、まずはアデルの行方だ」
ノアの後ろから現れたのは、テオドール殿下だった。アルベルトの目が驚きに大きく見開く。
テオは座り込んだセシリアの前にしゃがむと、視線を合わせ真っ直ぐに彼女を見た。
「セシリア=マクミラン。お前の侍女はどこにいる? アデルはどこだ?」




