65 真実
アルベルトは驚愕した。
「………アデル……どうして君がここに? ……いや違う……そんなはずない。……君は…セシリア……なのか?」
声を詰まらせながら、ようやくそれだけを絞り出す。
「ふふっ。そうよ、アル。どう?」
アデルの顔をしたセシリアが、嬉しそうにくるりと回ってみせる。
「どう……って。その顔……何で……」
声と顔のギャップに、只々混乱するアルベルト。
「タルジュのお友達にすごい人がいてね、変えてもらったの。すごいでしょ? どこからどう見てもアデル様よ」
「変えて…もらった……?」
同じような話をつい先程、殿下の報告の中で聞いたばかりだ。顔を変えるだなんて非現実的な事がある訳ないと半信半疑だったが、今目の前の現状が、現実を物語る。
「どうして……? 何でアデルに……」
セシリアが何を考えているのか、まるで分からなかった。そんなアルベルトの戸惑いを知ってか知らずか、セシリアは首を傾げながらフフッと笑う。
「どうしてって、そんなの決まってるじゃない。私がアデル様になりたかったからよ。アデル様は私の憧れの人だもの」
「……!?」
傍にあった姿見に自身を映し、うっとりと見つめるセシリア。それはまるで恋する少女のようだ。
「あ、それからね。今日教会に行って名前を変えてもらったの。子どもも出来たし、そろそろいいかなって。今日から私はアデルよ。アデル=マクミラン。何て素敵な響きなのかしら。あなたもそう思うでしょ? アデル様もきっと天国で喜んでいらっしゃるわ」
「………」
彼女の言っている言葉の全てが、アルベルトは何一つ理解できなかった。
自分がおかしな事を言っている自覚がないのか、セシリアはいつもの天真な様子で笑顔を絶やさない。アルベルトの背筋が、得体のしれない恐怖にゾクリと粟立つ。
「その顔……元には戻せないのか? ……もし君を追い詰めてしまっていたのだとしたら、謝る。僕がいつまでもアデルに固執していたから、こんな事をしたんだろ? 僕は君に、アデルになって欲しいなんてこれっぽっちも思っていない。君だけを愛すると神の前で誓った。だから……」
アルベルトが懸命に選んだ言葉を、セシリアは慌てたように両手を振り、否定する。
「違うのよ、アル。誤解しないで。私はあなたのためにアデル様になったわけじゃないの。これは私自身が望んだ事なの。私がアデル様になりたかった、ただそれだけ。だから謝る必要なんてないのよ。あなたは悪くないの!」
「……それは…どういう意味だ?」
「あなたとの結婚は、あなたがアデル様の婚約者だったからそうしただけ。それ以上の意味はなかったの。だけど、もう大丈夫よ。心配いらないわ。今日から私はアデル様だもの。ちゃんとあなたを愛してあげる」
「……っ」
そう言ってセシリアが笑った。今まで見た事のない闇を湛えたアデルの笑顔に、アルベルトはこれまで誰にも感じた事のないほどの嫌悪感を抱く。
「いやだわ、アルベルト。そんな顔しないで。これからは二人でこの子を育てていかなくちゃいけないのよ。見て、よく寝てるわ。なんてかわいいのかしら」
そう言ってセシリアが赤子を抱き上げた。その途端、顔をしかめて愚図り出す赤子。小さかった泣き声が次第に大きくなると、セシリアはポンッとその子をベッドに放り投げた。
「おい……っ! なんて事をするんだ!!」
「だってうるさいんだもの。なんで子どもってすぐ泣くのかしら。……泣いたって誰も助けてくれないのに」
無表情に、セシリアが赤子見下ろす。
アルベルトはこの時ようやく、彼女の本質に気づいた。そしてどんなに自分が愚かだったのか、改めて思い知る。
「…その子は……僕たちの本当の子どもなのか………?」
それでもアルベルトは一縷の望みをかけてそう尋ねた。願わくばそうであって欲しい。そう祈った。
セシリアは握った拳を口元に当て、一点を見つめて押し黙る。その仕草もまたアデルにそっくりで、アルベルトは嫌悪に眉を顰めた。
「この子は、あなたとアデル様の子よ。ほら見て。よく似てるでしょ?」
セシリアはふふっと笑うと、ベッドをのぞき込んだ。
「髪はあなたの色、瞳はアデル様。見つけるの大変だったのよ。なかなか条件に合う子っていないのよね。アザさえなければ完璧だったのに。本当に残念だわ」
アルベルトの顔に絶望がにじむ。
「……中央広場の掲示板で、似た特徴の子どもの捜索願を見た。……君が攫ったのか?」
「私がそんな事するように見える? この子はね、タルジュが連れてきてくれたの。彼女にお願いするとなんでも叶えてくれるのよ。とっても優しいの」
「……君のお腹の子はどうなったんだ? ……死産だったのか?」
セシリアはキョトンとした顔でアルベルトを見た。
「行為もしてないのに、子どもなんて授かるわけないじゃない。この一年すごく大変だったのよ。砂袋ってすごく重たいんだから。公爵家じゃ、みんなの目があるから外せないし、耐えられなくてオルコットに戻ったけど、正解だったわ」
「……行為が、なかった……?」
アルベルトの顔から色が失われる。
「僕は……あの日君を傷つけてはいなかったって事か……?」
「ああ…アルベルト。怒らないで。仕方がなかったの。アデル様を監禁していたノールズの鉱山を閉めるって聞いて、焦っちゃったの。あれぐらいの事でもしないと、あなたは私を見てくれなかったでしょ? ゆっくりしてたらアデル様が帰ってきちゃうかもしれないし、そうなったらあなたとの関係は終わっちゃう。そうしたら私は、永遠にアデル様になる機会を失ってしまうもの」
「君は……っ! どうかしてる…………っ」
行き場のない怒りとやるせない悲しみに、アルベルトは膝をついた。
「アデルを攫ったのは……君か………?」
自分でも驚くほど小さな声だった。
「攫ったのは私じゃないけど……考えたのは私たちよ」
「そのドレス……五年前、僕がアデルに贈ったものと瓜二つだ。アデルの所から持ち出したのも、君か?」
「ええそう。あなたには、アデル様はお亡くなりなったって思ってもらった方がいいってタルジュが言うから、こっそり持ち出したの。それに私も見てみたかったの。あの日アデル様がどんなドレスを着ていたか。パーティには子爵家以下の家門は招かれなかったでしょ? だから最後に、どうしても見ておきたくて。変な男に絡まれた時はどうしようかと思ったけど、またアデル様が助けてくれたの。本当に素敵だったわ……。まるで王子様みたいだった。ホントは一晩中お声を聞いていたかったけど、疲れてたみたいで、すぐにお休みになってしまったの。本当に残念だったわ」
「アデルは……そういう人だ。君とは違う」
「そうなの!! だから私も、もっともっとアデル様に近づけるように頑張らなきゃ!!」
ムンっと胸の横で拳を作る、セシリアの癖。少し前までは愛らしく思えたこの仕草も、今は嫌悪しか抱けない。
「なぜ君は、それだけ憧れを抱いた人にあんな酷い事が出来たんだ。もっと違う選択肢だってあっただろう…?」
「…最初はね、私もアデル様のお傍にいられたらそれだけで十分だって思ってたの。でもタルジュが、そんなに好きなら本人になるのが一番だって、そう言ってくれて、そっか、って思ったの。ふふっ、タルジュってホントに頭がいいの。それに、私がこうなったらいいなって思う事を全部叶えてくれるのよ。タルジュは本当に……」
「もう……いい加減にしてくれっ!!」
アルベルトの大声に、驚いた赤ん坊が再び泣き始めた。
「もうたくさんだ……っ! これ以上は聞くに堪えない! 君は……どうかしてる。自分の欲望を叶えるために、人の人生を壊す事に何の罪悪感も持たないのか! いくら顔を似せたところで、君がアデルになれる訳がない! アデルと君は全く違う!! 全く……違う……」
アルベルトは立ち上がり、泣いている赤ん坊をそっと抱き上げた。慣れない手つきであやしていると、次第に声が小さくなる。そのうち安心したのかスヤスヤと眠りについた。
「なぜ……そんなに、アデルに執着するんだ? アデルと君に接点なんてないだろう?」
アルベルトの言葉にセシリアが目をむいた。
「接点ならあるわ!! アデル様は私の恩人だもの!! それに私の大切なお友達よ!!」
「……友達?」
赤子を抱いたまま、訝しげにセシリア見る。
そんなアルベルトに向かって、セシリアはどこか遠くを見つめる様に、うっとりと語り始めた。
セシリアはアデルが馬車の事故で本当に死んだと思ってます。純粋な子なんです(笑)




