63 誕生
テオの報告が終わると、議場内はシンと静まり返った。
青ざめる者、呆然とする者、憤る者。それぞれの感情が透けて見える。
「王太子の件も含め、今後国王から話があるだろう。今日はこれで解散とし、追って召集をかける。……これだけの規模の犯罪だ。加担していた者も、意図せず関わっていた者も少なからずはいるだろう。関係者にはいずれ捜査の手が及ぶ。己の身辺にはより一層気を配るように。報告がある者は早めに調査機関に赴く事を提案する。私からは以上だ」
テオが解散を告げると、議場は一斉にざわめき出した。
知り合い同士で集まり今後について議論を始める者、不安そうに囁き合う者、足早に立ち去る者、愕然と頭を抱える者……。
そんな中、テオは上座に座る一人の男に目を止めた。
呆然と、魂が抜けたような顔で一点を見つめる男に声をかける。
「大丈夫か? マクミラン卿」
うつろな顔で見上げる男を、テオは冷ややかに見下ろした。
「いずれ、卿の屋敷にも捜査官が向かうだろう。知っている事があれば、早めに報告を」
「……セシリアはどうなりますか?」
家の事より真っ先に自身の妻を気にかけるアルベルトに、テオは心の中で舌を打つ。
「……既にマクミラン家に嫁いでいる身だ。オルコット家が取りつぶしになった所で問題はないだろう。関わりがなければ、罪に問われることはない」
「……そうですか」
ホッと息を吐き安堵の表情を浮かべるアルベルトに、テオは言い知れぬ苛立ちを覚えた。
「お前は……よほどいい環境で育てられたんだろうな」
権力と、有り余る財力を持った家庭に生まれ、それに見合うだけの教育を何の疑いもなく享受してきた男。生まれた時から公爵家という肩書に守られ、虐げられる事も見下された経験もなく、何不自由ない子供時代を過ごしてきた、心根の優しい男。
うらやましいとは思わなかった。むしろ胸を占めるのは憐憫の情。彼のこれからの人生に待ち受けるのは、おそらく後悔と絶望の日々だろうから。
「なぜ、彼女を選ばなかった?」
つい、言わなくてもいい言葉が口をついた。
「お前は……愚かだ」
「……? 殿下?」
ほぼ面識のない第二王子殿下がなぜそんな事を言うのか、アルベルトには分からなかった。
「だがおかげで、俺は一生手に入らないと諦めていたものを手に入れるチャンスに恵まれた。それはこの上ない僥倖だ」
「……一体、なんのことでしょうか…?」
「マクミラン卿」
テオは真っ直ぐな瞳でアルベルト見た。
「アデルはどこだ?」
「………!?」
アルベルトの瞳が大きく見開く。
その時だった。
「旦那様!!」
人の減った議場に、男が一人飛び込んできた。
それはマクミラン家の若い従僕だった。
「どうした?」
「セシリア様がご出産されたと、オルコット家から知らせが……っ!」
「なに!?」
アルベルトは勢いよく立ち上がると、慌てて従僕に続く。が、はたと気付き、テオを振り返った。
「……殿下。あの……」
「いい、行け。行って……その目で見極めろ」
「………それは…」
「旦那様!! 急いで下さい!!」
意味深な物言いが気になったが、従僕に急かされるまま、アルベルトは後ろ髪を引かれる思いでその場を立ち去る。
「なかなか、意地の悪い事をおっしゃられるのですね、殿下」
少し離れたところから一部始終を見ていたノアが、テオに歩み寄る。
「あいつはアデルを傷つけた。本当ならもっと罵ってやりたいところだが、絶望が待っている男をここで追いつめる必要もないだろう」
「殿下は……一体どこまでご存知なのですか?」
ノアの問いかけに、テオは意味ありげに微笑む。
その顔を見てノアは確信した。
「アデルの滞在先には私がご案内致しましょう。妹の事、どうぞ宜しくお願いします」
オルコットの屋敷に向かう道中、アルベルトの心中は複雑だった。
なにやら意味深だった殿下の物言いに、子どもが生まれた事への喜びと戸惑い。そして突然明るみに出たオルコット家の罪過……。あの純粋なセシリアが事件に関わっているとは到底思えないが、知らないうちに巻き込まれている可能性もある。もしそうだとしても彼女だけは絶対に守らなければ……。男として、夫として、そう心に誓う。
屋敷に到着したアルベルトを出迎えたのは、若いメイドがたった一人だけだった。普段であれば必ず出迎える執事も、今日は姿すら見せない。当主の身柄が拘束された事により、邸内が混乱している事は一目瞭然だった。
「ご子息様はこちらでお休みになっております。セシリア様はお支度を整えていらっしゃいますので、今しばらくお待ち下さい」
「……子息。子どもは男の子なのか」
「はい。左様でございます」
「そうか……」
先ほどまでの不安が嘘のように、心が高揚する。
ずっと待ち望んでいた子どもの誕生。大きなお腹を抱えて頑張ってくれたセシリアを思い、心の中で何度も感謝を伝えた。
メイドが頭を下げて立ち去ると、アルベルトは大きく息を吸い、ドアノブに手をかけた。
室内は、甘い匂いで満ちていた。
部屋の中央に置かれた木製の小さなベッドには、白い布に包まれた小さな存在があった。呼吸に合わせて上下する小さな動きに感動を覚え、胸がジンと熱くなる。
恐る恐る近づき覗き込むと、そこにはスヤスヤと眠る赤ん坊がいた。毛量の少ない金色の髪は、細く柔らかそうに見える。まつ毛は生えている事を疑うほど少なく、目は一本の線のようだ。ぷくぷくと柔らかい頬にそっと触れると、ビクリと体を震わせ、険しい顔を作る。
「この子が、僕の……」
目に映る全てが愛らしく、鼻の奥がツンと痛くなった。
アルベルトはそっとお包みをめくり、赤ん坊を抱き上げると、その胸に優しく抱いた。
それはあまりに小さく、温かかった。
その温もりをもっと近くで感じたくて、そっと顔を寄せた。それが不快だったのか、赤ん坊が片足を上げて抵抗を見せる。
「ああ、イヤだったか……っ。ごめんごめんっ」
その足を捕まえ、目の前に出された足裏にそっと口づけた。唇に触れた柔らかい感触に、自然と口元がほころぶ。そして、優しく小さな足を撫でると何気なくその足裏を見た。
「………」
アルベルトの顔から、笑みが消えた。




