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62 黒幕は……②

突入回です

「ようこそお越しくださいました。招待状を……おいっ…何を……っ! う……っ!」

「しっ、しーっ! 静かに~!」

 

 入り口で恭しく頭を下げた男を羽交い絞めにすると、ラウルがその口を塞ぐ。


「ごめんね~。おとなしくしててくれたら、痛いことしないからね~。わかってね?」


 ラウルの鋭い瞳に気圧され、男がコクコクと頷く。そのまま気を失わせ、近くの木に縛り付けると、テオたちに向かって大きく手を振る。


「他に見張りは?」

「裏と表に二人ずつ、手前の林に五人。全て制圧しました。逃走経路となり得る出入り口には既に人員を配置してあります」


 騎士の報告にテオが小さく頷く。


「行くぞ」



 ラクルドの中心部から少し外れた郊外にひっそりと佇むタウンハウス。この国(ラクルド)で銀行業を営む資産家の邸宅だと言うが、実際は違法なギャンブルに興じる金持ち連中が集まる、会員制の賭博場だ。


 目的の部屋は二階の中央にある執務室。

 今日この時間、ここに彼らが集う事は綿密な内偵により既に把握済みだ。


 屋敷の中は、存外静かだった。わずかな明かりが灯るだけの邸内は薄暗く、かろうじて足元が確認できる程度だ。時折、どこからか上がる歓声にようやく人の気配を感じる。


 階上の見張りを、音もなく一瞬で倒したフリーダが扉に手をかけた。こちらに視線を送り小さく頷くと、勢いよく押し開ける。バタンッ!と大きな音を立てて扉が壁に跳ね返ったのと同時に、中にいた人物たちが一斉にこちらを振り返った。


「なんだ、お前たちは!!」


 その中の一人が気色ばんだ声を上げる。


「これは皆さん。突然の無礼をお許しください。今夜ここで面白い会合が開かれると聞いて、居ても立ってもいられなくなりました。宜しければ私も仲間に加えて頂きたいのですがよろしいでしょうか?」


 テオの畏まった口上に、さきほどの男が椅子を倒して立ち上がる。


「ふざけるな……っ! 誰の許可を得てここへ……っ!? 外の見張りはどうした?!」


 中にいたのは全部で五人。そのうちの二人は全く知らない顔だった。事前の調査内容から察するに、ラクルドの中枢に籍を置く高官に間違いないだろう。


「全員疲れてたみたいで、外で寝てるよ? 働かせ過ぎなんじゃないの?」

「……っ!」


 ラウルが親指で外を指さすと、男の顔が青ざめる。


「おや? そこにいるのは義兄上ではありませんか? 奇遇ですね、こんなところでお会いするなんて」


 男の後ろで呆気に取られていたフレデリックが、急に我に返りこめかみに青筋を立てる。


「テオドール……っ 貴様……っ!! よくもぬけぬけと……っ」

「義兄上があまりに足しげくこちらに通っているようでしたので、我慢できなくなりました。それにしても随分と珍しいものが並んでいますね。あっ、その短銃。もしかして最新式ではありませんか? 私もつい最近、友人の伝手で同じものを見ました。しかし……変ですね? 短銃の個人所持はわが国では禁じられているはずですが……。それは王族であっても例外は設けていません。ラクルドの法も……確かそのはずですよね?」


 テオの問いかけに、もう一人の知らない男が慌てて席を立つ。


「おっと、逃げても無駄だよ? あんたたちの事は大公世子(たいこうせいし)のフラントから聞いてるんだからね。あ、びっくりした? 僕たちフラントとはアカデミーの同期なんだ。この件は大公閣下もご存じだから、どっちみち逃げられないよ?」


 ラウルの言葉に、男はおかしなうめき声をあげると、その場に崩れ落ちた。


「義兄上、エドワード、それに……お前がこの一連の事件の首謀者…だな?」


 テオは、正面に座る男を真っすぐに見据えた。男は取り乱すこと無く悠々とカウチに腰掛け、手すさびかのようにゆっくりとグラスを回す。


「どれだけの人間がお前の私欲のために犠牲になったかわかってるのか。答えろ。マーシャル=オルコット。いや、ミゲル=オルコット!」

「………」


 男はグラスに目を落とし、無言で琥珀色の中身を見つめる。その表情にはあきらめも怯えもない。落ち着きはらった様相は、これまでテオが会った誰よりも威風があった。


「なぜ、私がミゲルだと?」


 初めて聞く男の声は、こんな状況にも拘らず穏やかで、どこか無機質だった。


「古い使用人の証言から、お前の屋敷の古井戸を調べた。中からは一人分の男性の遺体が発見された。遺体自体の消耗は激しかったが枯れ井戸だったため、かろうじて着衣は形を残していた。それに腕輪も。腕輪には内側に刻印があった。マーシャル・O。それから指の欠損。マーシャルは幼い頃、農機具に挟まれ左の小指を一本失っているそうだな。遺体にはその痕跡があった。……殺したのはお前だな?」

「……」

「なぜ殺した? それにその顔。なぜそんなに()()()()している? 肖像画を確認したが、お前たち兄弟は全く似ていなかった。どうなってる? 何をしたんだ?」


 母親似の兄ミゲルと父親そっくりの弟マーシャル。今目の前にいる男の顔は、弟のマーシャルの面影を色濃く残している。当時からの使用人も皆口をそろえて、当主はマーシャルで間違いないと証言した。

 男は、ゆっくりとグラスを持ち上げると、唇を湿らせる程度に傾けた。そうして、当時を嚙みしめるように静かに話し始めた。


「この顔は……当時酒場で知り合った男に()()()()()()()

「変えてもらった? 顔をか? どうやって……?」

「言葉通りだよ。故意ではないにしろ、弟を殺してしまった私は、絶望し、生きる気力を失っていた。愛していた女性にも顔向けできない。酒でも飲んで川にでも飛び込もうかと、近くの酒場に入った私は偶然彼に会った。彼は私を面白いと言ってね。好きな顔に変えてやるから言ってみろと言ったんだ。私は半信半疑で、偶然持っていた家族の肖像画の中から弟を指さした。男はこんな顔がいいのかと言いながら、不思議な針を私の顔にいくつも刺した。驚いたよ。みるみる顔が変わっていくのだから。しばらくは抜けやすいから、表情はあまり動かさない方がいいと言い残し、男は立ち去った。その時から私はマーシャルとして生きる事を余儀なくされた」


 信じられない話だったが、目の前の男の顔と証言、それにこれまで集めた証拠はすべて符合する。


「なぜ、弟を殺した?」

「当時の私はくそも面白味のない男でね。取り柄と言ったら生真面目さだけ。そんな私が一度だけ不正を犯した。領収入の一部をほんの少し持ち出したんだ。それを弟に見つかり咎められ言い争いになった。そのうちつかみ合いになり突き飛ばした弾みに、干し草用のフォークが背中に……」


 男は自嘲的に笑った。


「まさか、あなたに追い詰められる事になるとは……。縁とは恐ろしいものだな」

「……どういう意味だ」

「………」


 男はそれには答えなかった。静まる室内に不意にガタガタと大きな音が響く。勢いよく椅子を蹴って立ち上がったフレデリックが脱兎の如く扉に向かう。ノブに手をかけようしたまさにその瞬間、間に割り込んだフリーダの剣が、彼の首元に突き付けられる。


「ひぃぃ……っ!」


 情けない声を出して尻もちをついたフレデリックの股座に、ストンとフリーダの剣が突き刺さる。


「お、お前……っ! こんな事をしてただで済むと思っているのか?! 俺はリムウェルの王太子だぞ!!」

「生憎ですが、私はソアブルに籍を置いておりますので、治外法権です」


 にっこりとほほ笑むフリーダの艶やかな笑顔に、フレデリックの股間に大きなシミが出来る。



「どんな理由があろうと、お前の罪は許されるものではない。ここに書かれている罪状をお前は償う必要がある」


 テオが突き付けた令状を一瞥したマーシャルは、無言でゆっくりと頷く。

 地方の弱小貴族として生まれ、王都一の財を築くまで登りつめた男の末路。彼は今何を思うのだろう。


「最後に一つ」

「……?」

「セシリアは、お前の子なのか?」


 セシリアの出生には未だ謎が多い。王都の外れで男を取っていたという彼女の母親とミゲルの出会いだけが、どうしても結びつかなかった。


「……さあ、どうだろう。彼女は私の懐中時計を持って現れた。娘だというから受け入れた。それだけだ」

「確認はしていないのか? 騙りの可能性だってあっただろう」

「興味はない。私の財産が目的ならそれでもいい。どうせ汚い金だ。それに……私にはそれを補うだけの商才と信用があるからな」


 最後にようやく悪人らしい笑みをうかべた男の顔を、テオは厳しい顔で見つめた。



顔のくだりは異世界という事でご容赦ください。黒髪ロングの暗殺一家の長男が関わってる……とかではありますん。


もう一つ。


ミゲルにはずっと片思いをしていた女性がいました。貧しい家に生まれ、家族を養うため志願して騎士の道に進んだ彼女は、数年後一人で出産し他国に移ります。ミゲルはそんな彼女の力になりたくて領費を持ち出そうとし事件を起こました。黒髪が印象的な正義感の強い女性でした。

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