61 黒幕は……①
少し長めです。
「テオ、準備できたよ」
「いつでも突入できます」
腹心二人の言葉に、テオは転がしていたクルミの手を止め、ゆっくりと顔を上げた。視線の先には、とある屋敷。今日ここに、これまでの調査の集大成ともいえる連中が集結している。
「それじゃ、行くぞ」
マントを翻すテオの後ろには、総勢五十名の精鋭たち。
第四騎士団と銘打たれ「私生児のおもり」「騎士の流刑地」などと揶揄される厄介者の集団だ。だがその実力は近衛をも凌ぐという事をテオは知っている。そんな彼らの信頼を得られたからこそ、テオは今ここに立っていられる。
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アデルがソアブルから姿を消したのと時を同じくして、テオは王都に戻っていた。
今日までの七年間に収集した情報や内偵の結果の全てを携え、父である王の元へ向かう。
これ以上先延ばしにする必要はなかった。一刻も早くすべてを終わらせる。それこそがテオの急務だった。
全ては七年前、父のある一言から始まった。
「王太子であるお前の義兄が、次期王に相応しいか否か見極めてほしい。その対価としてお前の望むものはなんでも与えよう」
アカデミーを早期で卒業したテオは、父でありリムウェルの王であるグレゴールにそう告げられた。
アカデミーに入学した当初から、義兄であるフレデリックの黒い噂はそれなりに聞き及んでいた。情報の出処はオルブライト家の三男だというラウレンツという同級生。私生児である事を理由に皆がテオを避ける中、この男だけがなぜか最初からずっとテオに纏わりついてきた。
ラウルは不思議な少年だった。
授業には滅多に顔を見せず、学業の成績は全く振るわなかったが、決して頭が悪いわけではなかった。剣術の授業では長剣の年長者を相手に短剣二本で挑み、軽く制圧してしまうほどに腕が立つ。チャラチャラしているかと思えば、時にぞっとするような鋭い眼光で相手を見据え、黙らせる。知り合った時には既に自身で立ち上げた商会を持ち、かなりの利益を上げている実業家でもあった。
そんなラウルが告げる義兄の黒い噂。閉鎖的な学園の中でそれらの情報をどうやって仕入れてくるのかは謎だったが、妙な信憑性だけはあった。
ラウルの卒業を待つ間、テオは度々離宮を抜け出しフレデリックの周辺を探った。調べていくうちにこれまで知らなかった義兄のとんでもない素行にたどり着く。王宮内の侍女やメイドに片っ端から手を付けたかと思えば、従僕として潜入していたテオにまで手を出そうとする始末。気に入らなければすぐに暴力を振い、力で叶わない相手には権力を振りかざす。学ぶ事を嫌い、何人もの教師が耐えきれずその職を辞したと聞いた。乗馬や狩りは好むが、それに飽きると今度は街の浮浪児を呼び寄せては狩りの真似事に興じる。
あげればキリはなく、誰の目から見ても次期王にふさわしいとは思えない人間性。元々、自身がされていた嫌がらせの数々が可愛らしく思えるほど、奴の悪行は年を経てよりエスカレートしていくようだった。
その後成人し、外の世界を知るようになると、フレデリックの遊びはより一層派手さを増していった。高級娼婦に酒にギャンブル。彼に与えられた予算はあっという間に底をついた。
そんな時、彼に資金を提供する者が現れた。ラクルド大公国で銀行業を営むというその男は、フレデリックに言われるままいくらでも資金を用立てた。借用書は年間数十枚にも及び、フレデリックはその返済のためとうとう国庫にまで手を出すようになった。この愚行には流石の王妃も看過できなかったようで、自身の予算で秘密裏にその穴を埋め、フレデリックにはほとぼりが冷めるまで一切の外出を禁じた。
そうまでされても、義兄のギャンブル依存は一向に収まらなかった。こっそり王宮を抜け出しては、北のラクルドにまで足を伸ばし、身分を隠して賭け事を続ける。そこでも負けが込み、途方にくれていた所に声をかけたのがエドワード=ノールズ。ノールズ領の元領主だった男だった。
エドワードはフレデリックに、自身の元領地であるノールズ領について話し始めた。今は国領地となっているため自分は手出しできないが、あの地にはとんでもなく金になる鉱脈が眠っている……と。
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「それにしても、ノールズ領に鉱脈が眠ってるなんて、あの人、どこでそれを知ったんだろうね? エドワードは最初知らなかったんでしょ?」
国王に提出する資料を読み返していたラウルが、そう尋ねた。
ソアブルから戻り、離宮にこもる事二日。テオたちはこれまで集めた資料や証拠を書類として書き起こす作業に追われていた。そんなラウルの問いかけに、ペンを止めたテオはチラリとラウルを見た。
「あの男は、エドワードが若い頃からノールズ領に出入りしていたようだ。当時は先代の補佐として、農作物の買い付けに訪れていただけのようだったが、もしかしたらその頃から当たりを付けていたのかもしれないな。あの土地は一歩森に入れば山肌がむき出しになっている場所が多かった。その中で偶然『露頭』を見つけたのかもしれない。頭の切れる男だ。それくらいの知識を持っていてもおかしくはない」
「『露頭』ね。テオも十分博識だと思うけど……?」
「……そうか? これくらい普通だろ?」
「……アア………ソウデスヨネ〜」
テオは再び書類にペンを走らせる。
「で、奴はその切れる頭で、エドワードにギャンブルを勧めて破産させ、困っている所を親切顔して領地を買い取り、その土地をタダで返還して国に恩を売る。その上でラクルドの銀行家を名乗ってあのバカ王子に餌をばらまき、飢えた所を見計らってエドワードに声をかけさせ、堂々と採掘権を行使する……。あくどいよね~。ホントあくどい!」
ラウルの喋りは止まらない。
「まさかあの男がそんな奴だったなんてね。すっかり騙されちゃったよ。人のいい振りして裏では偽貨幣作りに、拳銃の密売、人身売買に賭博場、あげくに高利貸しって。これだけ大掛かりな事をしといて全く尻尾を掴ませないとか、敵ながら尊敬に値するよ」
「全くだ。義兄上が関わっていなければ、俺がこの件に介入することもなかった。そうなればアデルもどうなっていたかわからない……。ある意味、義兄上には感謝だな」
「あのような無礼な男に感謝などする必要はありません。もったいないです」
それまで黙って二人の会話を聞き流していたフリーダが、恨みのこもった冷ややかな声を出す。
「フリーダに同意。あれは人としてアウトだね。どういう育て方したらああなっちゃうんだか。あ、育て方じゃないのか。もともとの性質? あれがグレイシア様の実兄だなんて、とても信じられない」
「……」
テオは喉元まで出かかった言葉を静かに飲み込んだ。
脳裏に浮かんだのは、あの日の父のもう一つの言葉。
フレデリックが、実は当時王妃と不貞関係にあった男との間に出来た子どもである、という事。
驚きはしたが妙に納得できた。その上で乾いた笑いが浮かぶ。
(結局アイツも、俺と同じだったって事か……)
「……偽貨幣の方はどうなってる?」
テオはそっと話題を変えた。
「製造された偽物は、輸送の時にすり替えて全部ウチの商会の倉庫に保管してあるよ。アデルの誘拐犯に渡っちゃった数十枚もほとんどが回収できてる。全く、いつ抜き取ったんだか! おかげで余計な手間かけさせられていい迷惑だよ」
「屋敷の金庫には、初期に製造された試作品がいくらか残されていた。おそらくそれを持ち出したんだろう。品質はあまり良くないから、見つけ出すのは容易だったはずだ」
「え…うそ……っ 今、容易って言った? 容易って……金貨とは言え、国内にどれだけ流通してると思ってるの…っ?! それを一枚一枚調べて回収して……どれだけ大変だったと思って……っ」
「お前ならできると思った。それだけ信用してるからな。お前にはいつも感謝してるよ。ラウレンツ」
「……っ!」
ラウルが口元を手で抑え、身を震わせる。
「テオがそんなこと言うなんて……。やだ、もう……。一生ついてくから……っ」
身悶えするラウルを冷ややかな目で見るフリーダ。
「チョロいですね」
「ああ、チョロいな」
「聞こえてますからね!!」
上げて落とされ、不貞腐れるラウル。
「もう! ウチとしては大赤字なんだからね! 全部片付いたらちゃんと清算してよ!」
「わかってる。心配するな」
「……で? アデルの方の犯人はどうするの?」
ふざけた態度が一転、伺うようにラウルが尋ねる。
「そっちは、俺が手を下すまでもないだろう。たどり着くのも時間の問題だ」
『露頭』とは地層や岩石が露出している場所の事です。
昔は山師と呼ばれる方々が、目で見て鉱脈を探していたとか。
今話は、時間軸がとっ散らかっていて少し分かりづらいかもしれません。
ふわっとついてきて頂けると嬉しいです。




