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60 なぜ

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 アルベルトは混乱していた。



 言い知れぬ焦燥感から自然と足取りが早くなる。

 そのただならぬ雰囲気に、道行く人々の視線がチラチラとアルベルトに向かう。



(なぜ……)



 自問する言葉だけが、ぐるぐると頭を巡る。



 アデルは今日まで、自身の監禁時の詳細を一度も口にした事はなかった。鎖で繋がれ奴隷のように扱われていた身の上を、まるで取るに足らない事かのように明かしたアデル。彼女曰く、これまでにその事実を打ち明けた相手はたった三人だけ。兄であるノア、メイドのアリス、そしてグレイシア殿下。彼女の心情に寄り添える者のあまりの少なさに、アルベルトの心は沈む。当然その中に、アルベルトはいない。


 それなのに……。




(なぜ僕は……その事実を知っているんだ………)



 急なめまいに襲われ、アルベルトは足を止めた。呼吸は無意識に浅くなり、心臓はバクバクと早鐘を打つ。先ほどの朝食が喉の辺りまでせり上がり、慌てて口元を押える。

 あり得ない、あってはならない。そう自分に言い聞かせるが、心の動揺は収まらない。


 それはある人との会話で放たれた、何気ない一言。



(なぜ……?)




「なぜ君は……その事実を知っていたんだ……?」




■◇■




 アデルは、朝食を終えると一人自室に戻った。

 別れ際のアルベルトの様子が気にかかり、先ほどまでの会話の流れを思い出す。鎖の(くだり)を話した辺りから、急に彼の顔色が変わったような気がした。いやそれよりも前、ドレスが持ち出された理由に言及した辺りだったかもしれない……。


「私を死んだ事にしなきゃいけない事情……か」


 あの時あのタイミングで、アデルがこの世にいては都合が悪い相手。そんな事情を持つ人間とは、果たしてどんな人物なのか……。



 その時だった。



 コンコンコン。

 再び控えめに部屋の扉が叩かれる。


「アルベルト?」


 てっきり彼が戻ってきたのだと思い、アデルは躊躇いなく扉を開けた。


「…? ……あなたは」


 アデルはその人物を見上げた。

 そこにいたのは、アデルの全く予想だにしない人物だった。





■◇■



「遅かったな。アルベルト」

「……ノア」


 王宮の会議場には、侯爵以上の爵位を持つ家門の当主が既に集まっていた。召集の理由が分からず、その目的についても明かされていないため、各々が勝手な憶測をめぐらし、議場は騒然としている。


「どうしてお前がここに? 領地の方はもういいのか?」


 約束の五日までには、まだ三日も残っている。ノアが今ここにいるという事は、アデルの騎士(ナイト)としての役目もこれで終わるという事だ。


「父上が思いのほか早く折れたから、残務は全て押し付けてきた。あれでも()当主だ。最後にそれくらい働いてもらってもいいだろう」

「元当主? どういうことだ」


 ノアの話が見えず、アルベルトが眉間にしわを寄せ首を傾げる。


「ここへ来る前に継承の手続きを終わらせてきた。今のロウェル家の当主はこの俺だ」

「……!」


 彼らの父親である前ロウェル侯爵には、昔からあまりいい心証はなかった。見栄を張り、知識も実力も伴わない分野に手を出しては、財産を削る。その都度ノアの助言を得て何とか持ち直すが、再び同じ轍を踏む。自身を大きく見せようとするものの、うまくいかないと自分の殻に閉じこもり、責任はすべて周囲に押し付ける。アデルを蔑ろにしたのもその小さな器のせいだと、ノアもアルベルトも子ども心に呆れ、憤っていた。ノアは昔からそんな父親を軽蔑し、感情を表に出さないようフォローをしつつ、一刻も早い代替わりを望んでいた。


「全く……お前にはいつも驚かされるよ」


 ため息混じりのアルベルトをノアがチラリと横目で見る。


「俺の事はいい。それよりお前、どうした? ひどい顔色だぞ」


 普段人の心配などしない彼が言うのだから、今のアルベルトは相当ひどい顔をしているのだろう。


「いや……大丈夫だ。それより、今日の議題は何なんだ? これだけの人数が集まるなんてただ事じゃないだろう」

「さあな。とうとう王太子が廃嫡にでもなるんじゃないか?」

「まさか」


 冷ややかな笑みを浮かべ、珍しく冗談を言うノアに、アルベルトの口角も僅かに上がる。


「ほら。今日の主役の登場だ」


 ノアの視線の先に現れたのは、精悍な顔つきの青年だった。短い黒髪の端正な顔立ち。後ろに従えているのはオルブライト侯爵家の子息だったと記憶する。


 一瞬、こちらに目を向けた殿下と視線が交わる。

これまで挨拶すら交わした事がないと言うのに、その瞳はやけに鋭い。そんな気がした。


「今日はわざわざ集まってくれて感謝する」


 堂々とした立ち居振る舞いに、よく通る声。王太子であるフレデリックにはない威厳を持った第二王子に、アルベルトは思わず息を呑む。


「私、テオドール=ウイングフィールドは、今日はここで、ある人物の犯罪を糾弾する。私がこの七年をかけて調べ上げた結果だ。心して聞いて欲しい」



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