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6 忌まわしい記憶

◆■◆■◆


 知らない部屋に閉じ込められ、どれだけの時間がたったのか。

 木片で封じられた窓からは僅かな光すら入ってこない。今が昼なのか夜なのかもわからず、ただじっと、膝を抱えて(うずくま)る。ドアの隙間から定期的に与えられる食事は、これまで見たこともないような粗末なものだった。アデルはそれらを無理やり口に運び、ただ静かに耐えた。


(いつ…帰れるのかな)


 数日前、華やかなパーティーで誕生を祝われていた少女にとって、今のこの状況を正確に理解する事は難しかった。なぜ自分が?誰に?何のために?そんな疑問ばかりが浮かんでは消える。不安に押しつぶされそうになりながらも疲労感からは逃れられず、ついうとうとと寝落ちかけては慌てて覚醒する。その繰り返しにアデルの精神はとうに限界を迎えていた。


(疲れた…少しだけ、眠りたい)


 アデルが眠れないのには訳があった。

 それはここに来たばかりの頃……。



 バタンッ!!


 激しい音を立ててドアが開いた。

 暗闇の中、突然広がる光にぼんやりしていた意識が一気に覚醒する。


「お、起きてるじゃねーか」


 酒に酔っているのか、フラフラとしながら男が近づいてきた。

 髪を掴まれ無理やり上を向かせると、酒臭い息を吐きながら男が顔を近づける。

 思わず背けると、今度は顎を掴まれ強引にのぞき込まれた。


「へえぇ…。きれいな顔してるじゃねーか」


 チロリと出した舌で唇を舐める仕草に、全身に鳥肌が立った。


「おい、やめとけよ。まだガキだぞ」

「ガキだって、ヤれないわけじゃねーだろう?」


 男の言葉の意味が分からなかった。


「初物かぁ…。しかもこんな上物、手を出さねぇ理由があるか?」


 男の手がドレスの裾にのびた。そのまま太ももを這うように、靴下の隙間に手をかけられる。


 その時、アデルはようやく理解した。


「や、やめて!!」


 縛られた両腕を振り回し、体をよじる。


「へへ、暴れんなって。お前だって痛い思いをするのは嫌だろう?」


 足首を掴まれ引き戻されると、今度は上に覆いかぶさられた。


「大丈夫だって…悪いようにはしねぇよ。すぐに気持ちよくなるから…」


 首筋に顔を寄せられ、背筋が凍った。

 その瞬間、アデルは偶然手に触れた何かで、思い切り男の頭を殴りつけた。


「いってぇ…っ!」


 ガシャンと割れる音と男の悲鳴。見上げた男の頭からは血が滴っている。

 アデルは急いで男の下から這い出すと、手にしていたランプの欠片を自分の首元にあてた。


「これ以上近づいたら、これで首を切ります!!」

「いてぇなぁ!このガキがぁ!!そんな脅しが通用すると思ってんのかっ?!」


 恐怖に体が竦む。でもここであきらめたらすべてが終わる。アデルは声の震えを無理やり抑え、声を張った。


「私をここに連れてきたからにはそれなりの理由があるはずでしょ!!私を殺したかったのならとっくにそうしてたはず!いいの?!私を死なせたら、罰を受けるのはあなたたちよ!!」


 震えに気づかれないように、必死で何でもないふりをした。少しでも怯えていることを悟られたら足元をすくわれる。


「チッ…気の強えーガキだぜ」

「…おい…もう、やめようや。上からも殺すなって言われてんだしよ」

「あーあぁー!興覚めだぜっ!!」


 男は目元の血を乱暴に払うと、ペッと床に唾を吐いた。


「今日のところは引いてやる。でもな、安心して眠れると思うなよ。隙があればいつでも襲ってやるからな」


 男たちが出ていき、アデルはその場に崩れ落ちた。恐怖と悔しさに思わず涙がこぼれる。

 

(なんで私こんな目に遭ってるの…。怖いよ……アルベルト……っ)


 アデルはベッドから降りるとカーテンを割いてドアノブを固定した。机で扉を塞ぎ、ランプの欠片を握りしめベットの奥に身を潜める。


(寝たらだめ…。油断したら襲われるから…。大丈夫。大丈夫だから、きっと家に帰れるから)


 がくがくと震える体を抱きしめ、そうひたすら自分に言い聞かせた。






 あれ以来、気の休まらない時間だけが過ぎて行った。ドアの隙間から差し入れられる食事はこれで6食目。日に何度の食事が与えられているのかわからないため、正確な経過日数はわからない。

 疲労と睡眠不足で全く食欲はわかなかった。でもいざという時の事を考え、固いパンを千切ると無理やり水で流し込む。


(大丈夫…。きっとみんなが探してくれてるはず。だからもう少し頑張って…)


 ぼんやりとする意識の中、自分で自分を励ます。

 そんなある日、外がいつもより騒がしい事に気づいた。


「使えないってどういう事だよ!」


 声は扉のすぐ外から聞こえてくる。ガチャガチャと乱暴にノブを回す音に扉を蹴る音が続く。アデルは慌ててランプの欠片を握りしめ、息を詰めた。


「落ち着けって、テオ!さっきから言ってるだろ?ここにはガキがいるんだよ」

「だからなんでここなんだって聞いてんだよ!ここは俺の部屋だろうが!!だいたい、誘拐なんてお前たちの生業じゃねーだろ!」

「しらねーよっ!俺たちは見張れって言われてるだけだ!大体、ここんとこ顔も出さなかったくせに大きな顔すんなよ!」

「ああっ?誰に向かって口きいてるんだ?!」

「…っなぁ…テオ…。そんなカッカすんなって。貴族のガキなんだ。いきなりこんなとこに連れてこられてかわいそうだろ?」

「俺の知ったことじゃねぇ。ガキは他所へ移せ。ここは俺の部屋だ」


 会話はそこで途切れた。静かになった外の気配に耳を澄ましていると、



 ガンッガンッ!!



 と、ドアノブの辺りからものすごい音が聞こえる。何が起きているのかわからず、恐ろしくなってベッドの奥から様子を窺う。やがてポトリとノブが外れて落ちると、ドアが内側に向かって大きく開く。


「あ?なんだこれ?バリケードのつもりか?」


 アデルが懸命に移動させた、机や椅子、書棚にチェストが簡単に突破されていく。


「来ないで!それ以上近づいたら、首を切るから…っ!本気よ…っ」


 男が顔を上げてアデルを見た。その瞳が驚いたように見開く。


「ガキって………なんで…。…おい!こいつをどうするつもりだ!!いつからいる?!」

「知るわけねーだろ。殺すなとは言われてるけどそれ以上の指示はねぇ。五日前に連れてきてそれっきりだ」

「……」


 男は何かを考えるように黙っていたが、やがてアデルに視線を移すと乱暴な足取りで近づいてきた。


「そ、それ以上近づかないで…っ」


 首元に強く欠片を押し付ける。ピリリとした感覚と同時にじんわりとそこが熱を持つ。

 男はその場で足を止めると、片膝を立ててしゃがんだ。


「……名前は?」


 黒髪に整った顔立ち。年はアルベルトと同じくらいだろうか。


「アデル…。アデル=ロウェル…」

「何をした?」


 先程までの荒々しい様子とは打って変わり、穏やかで優しい声音でアデルに問う。

 アデルは泣きそうになるのを懸命に堪え気丈に答えた。


「何にもしてない…。突然何かを口に当てられて…気が付いたらここにいたの。その日はパーティーがあって…私の誕生日で…大勢人が出入りしていて…」

「これはなんだ?バリケードのつもりか?」

「この部屋…鍵がなくて…。ここに来てすぐ…襲われそうになったから…」


 話す声が震えているのが自分でも分かった。この男の問いかけがあまりに優しくて、思わず張りつめていた気が緩む。


「そうか…。大変だったな」

「……っ」


 男の手がポンと頭に乗せられた。堪えていた涙が静かに頬を伝う。

 男は何度かアデルの頭をポンポンと叩くと、入り口に向かって声を上げた。


「おい、ラウル!この部屋を片付けろ!!それからドアを直して、ついでに鍵。内側からかけられるように、頑丈なやつ用意しろ」

「えーうそでしょー?今戻ったばっかなのに…」


 部屋の外から覗いていた男が、不満そうに唇を尖らせた。


「つべこべ言わずに早くしろ。それからこいつを襲った男も連れてこい」

「全くもう…。人使いが荒いんだから」


 ラウルと呼ばれた男はブツブツと悪態をつきながら、その場を立ち去る。

 男は立ち上がるとゆっくりとアデルに近づく。


「い、いや…。来ないで…」

「それ以上力を入れると、取り返しがつかない事になるぞ。知ってるか?首を切ると一気に血が噴き出すんだ。噴水みたいに、ドバッーと」

「ドバッーと…?」


 想像したアデルの手が僅かに首から離れる。


「そうだ。だからそれは俺がもらおう。大丈夫だ。もう誰にもお前に手出しはさせない」

「…ほんと?」

「ああ、本当だ。だから少し眠れ。ひどい顔だ。ここに来てからほとんど寝てないだろう?」


 アデルの手から欠片が落ちる。そうして崩れるように意識を失った。



第六話、お読みいただきありがとうございました。

次話は本日19:00頃を予定しています。

よろしくお願いします

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