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57 本物と偽物

感想、ブックマーク、評価ありがとうございます。

引き続きよろしくお願いします。

「エールと……牛テールの煮込みに魚のフライ。それからシェパーズパイを」

「僕にはサイダーをください」


 アンガスの家を出た二人は、オルカで一番人気だというパブに立ち寄った。

 テーブルの上には、先ほどアンガスの部屋で拾った金貨。


『これ、どう思う?』


 アデルの問いに、アルベルトは胸の内ポケットを探ると一枚の金貨を取り出した。それを左手に乗せると、右手には同様に先ほど拾った金貨を乗せる。


『どっちかが本物で、どっちかが偽物』

『……だよね』


 アデルは金貨を拾った時、その重みに若干の違和感を感じていた。


『比べて見ないと分からないレベルだけど、明らかに重さが違う。大きさもほら、僅かに右の方が大きいし厚味がある。ただ細工は、ぱっと見た感じ違いはない。問題は、どっちが偽物かって事だね』


 この大陸で貨幣として流通しているのは、金貨、銀貨、そして銅貨の三種類だ。その中でも金貨は価値が高いため、流通は王国内で制限されており、持つことが出来る人間も限られる。


『彼の家にあったこれが本物であれ偽物であれ、十分に問題だ。でも……、もし僕の持っていたこれが偽物だとすると、事はより重大になる』


 屋台の女性の情報から推察すると、アンガスは五年前、オージーと共にアデルを攫い、その報酬として大金を手に入れた事になる。その時受け取った報酬がこの金貨で、もし仮に全てが偽物だったとしたら……。偽金貨は彼らを通じ、既に国中にばらまかれた後だろう。回収には途方もない時間と労力がかかるに違いない。


 でも、もしそれだけじゃなかったら……?


 アデルとアルベルトの懸念はその先にあった。


 彼らに金貨を渡した人間が、もしもその製造に関わっていたとしたらどうだろう。

 もしアルベルトの金貨が偽物だとすれば、それは人知れず、既に国中に出回り、誰一人気づく事なく使用している事になる。流通量はおそらく彼らの報酬量の比ではない。それはもう、国の信用に関わる大問題となってくる。


『これ……ずっとペンダントトップの土台だと思ってたんだけど』


 アデルは持ち歩いていた巾着袋から、ひしゃげた銀色の塊を取り出した。


『よく考えたらこれ、バチカンの部分がないの。これだとチェーンがつけられないでしょ? もしかしたら、貨幣の試作品なのかもしれない。それを知らせるために、あの人は私に鉱石とこれを渡したのかも……』

『……!』


 これまでバラバラだったパズルのピースが、徐々にはまっていく。


『ここからはあくまで仮説だけど……五年前、私が誘拐されて連れて行かれたノールズ領では、既に何者かによって違法な採掘が行われていた。その鉱石は偽貨幣の材料になっていた可能性が高い。私の知っている限り、あそこに滞在、もしくは出入りしていた人間は、採掘に関わっていた男たちとその管理をしていた男たち、それに傭兵が数名と、たまに来る娼婦たちだけ。傭兵たちは週に一度、どこかに何かを運び出していた。それが原料なのか加工された貨幣なのかはわからない。もしかしたら両方なのかもしれないけど、傭兵たちはよく「北」って言葉を口にしてた。この国の北にあるのはラクルド大公国よ。この件の黒幕はラクルド大公国の何者かと繋がってる可能性がある。ノールズ伯爵の亡命先もラクルドだったし、フレデリック第一王子殿下も…何らかの形でこの件に関わっているはず。私は……都合よくその場所を利用されて、別の誰か……私に怨恨のある何者かに監禁された。その報酬として犯人たちは金貨を受け取った。偽物かもしれない金貨を……。私を攫った真犯人は、偽貨幣の事を知っている、黒幕とかなり近しい関係にある人物……」

『……一体誰なんだ。その黒幕って』

『わからない……とりあえずお兄様と合流したら相談してみようと思う』

『……そうだね』


 アルベルトの声がワントーン低くなる。



「はいはーい、お待たせしましたぁ! エールとサイダー、牛テールの煮込みに魚のフライ。シェパーズパイでーす!」


 難しい顔で話していた二人の元に、パブの店員が両手いっぱいに料理を運んできた。


『わっ! おいしいそう……っ』

『本当だ。……難しい話はこれくらいにして、とりあえず食事にしようか』


 アルベルトは大皿から器用に料理を取り分けると、アデルと自分の前に置いた。


『随分と手馴れていますね。公爵様』

『お褒めに預かり光栄です』


 二人はグラスを合わせると、喉を鳴らして半分ほどを飲み干す。


『ああ、おいしいっ!! 外が暑かったから余計に染みる!!』

『君もいつの間にか、酒を嗜む年になったんだね』 


 アルベルトがしみじみとそう言う。


『そうよ。成人した私に怖いものなんてないんだから』


 アデルは残りのサイダーを飲み干すと、追加のエールを注文する。おいしそうに料理をパクつくアデルを見ながら、アルベルトの顔には自然に笑みが浮かぶ。


『久しぶりに見たよ。君のその食べっぷり。子どもの頃に見た顔とおんなじだ』


 口いっぱいに肉の塊を放り込み、一点を見つめたままもぐもぐと咀嚼を続けるアデル。リスのように膨らんだ頬がかわいくて、それ見たさに何度もお菓子を勧め続けた、幼い日のアルベルト。

 思わず笑いだしたアルベルトを一瞥し、口の中のものを飲み込むとアデルも一緒に笑う。


『ちまちま食べるよりいっぱい口に入れた方がおいしいの! ほら、見てないであなたも食べたらどう?』

『ちょ……っ、入れすぎだよ! こぼれる……っ』


 スプーンに山盛りのシェパーズパイを、アルベルトの皿に追加する。

 慌てるアルベルトを見てアデルもまた声を上げて笑った。


 その時、新たに入店してきた男の一人が、フラフラとした足取りでアデルの椅子に(つまづ)いた。男は既に酔っているらしく、赤い顔でアデルを見下ろす。


「おお、あんちゃん。すまねーなぁ……」

「……!」


 男は千鳥足のままカウンター席へと向かう。その背中を見つめながら、アデルは勢いよく立ち上がった。


『どうした?』

『あれ……っ! あの声……っ! 間違いない! あの男……あの時のだみ声の男……っ』

『………っ』




アデルの頼んだサイダーはリンゴのお酒です。俗にいうシードル

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