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52 紐解く②

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『どうして……っ! なんでマルクスが?!』


 アデルの問いにノアが左右に首を振った。


『わからない。遺書の(たぐい)は残されていなかった。ただ、お前がいなくなってふさぎ込んでいたのは事実だ。そのうち領地に戻りたいと移動願いが出され、父が受理した。当時はただの心痛だと思っていたが、そうじゃなかったのかもしれないな』

『じゃあ、マルクスもこの件に関わっていたって事?』


 アデルにとって、ルシアもマルクスも信頼していた人間だけに、事実ならショックはかなり大きい。


『それはまだわからないが、この辺りも、もう一度洗い直してみた方が良さそうだな』

『わかった。ルシアの方は僕が当たるよ。マルクスの事は頼んでもいいかい? ノア』

『お前に頼まれるまでもない。これは我がロウェル家の問題だ』


 ふん、と鼻を鳴らす兄と微笑むアルベルトの姿に、今も変わらない二人の関係性が見え、アデルの顔にも僅かな笑みが浮かんだ。


『それで……その後の事なんだけど、王都を出た辺りで、一度馬車を乗り換えてると思う。馬車の揺れが大きくなって割とすぐだったから、リーネの森……辺りかな?』


 王都中央付近はきちんと整備されている街道も、一歩郊外に出ればそうはいかない。都市部から離れるほどに道は悪くなるのが一般的だ。馬車に伝わる揺れの大きさは道の作りに比例するため、おそらく石畳から土の道へ変わったのだと推測できた。


『確かに家門入りの大型馬車(キャリッジ)では目立つからな。庶民用の馬車(ワゴン)荷馬車(コート)に乗り換えたんだろう。人の目を気にせずそれを行うには、リーネの森はうってつけだ』


 アデルは頷くと、先を続ける。


『そこからはずっと直進してた。周囲はずっと静かで、馬の蹄と車輪の回る音しか聞こえなかった。そのうち徐々にスピードが落ちて馬車が止まって、周りが騒がしくなった。それにいい匂いもしてたわ。屋台の串焼きかもしれない。威勢のいい呼び込みの声も聞こえてきて……』

『男か?』

『ううん、女の人。若くはなかったと思う。そしたらその人が「久しぶりじゃないか、アンガス。仕事かい」って』

『アンガス……。確かにそう言ったのか?』

『うん、間違いない。ここから先は到着して目が覚めるまで記憶はないけど、それだけは確実』

『アルベルト。調査の中にその名前は?』

『ない。始めて聞く名前だ。すぐに当たってみるよ』


 新しい情報を得たアルベルトの目が輝く。


『アデルの話から推測すると、そこはおそらくオルカだろう。あまり大きくはないが活気があって人の出入りも多い宿場町だ。仮に追っ手が迫っても、ごまかす事は容易だと判断したのかもしれない。もしくはそこでまた馬車を乗り換えたか……』

『これだけはっきりとした足取りがつかめれば十分だ。僕はこの足で王都に戻るよ。取り敢えずルシアの方から当たってみる』

『だったら私も、オルカの町に行ってみるわ。お兄様はマルクスの方よろしくね』


 立ち上がったアデルをぎょっとした顔で二人が見上げた。


『何を言ってるんだ! 犯人と遭遇する可能性のある場所に一人で行かせられる訳がないだろう!』

『そうだよ! 危険すぎる…っ! オルカも僕が調べるから君はここに残った方がいい』


 慌てて止める二人に、アデルはきょとんとした顔で反論する。


『どうして? アルベルトが行くより当事者である私の方が適任でしょ? 行ったら何か思い出せる事もあるかもしれないし。大丈夫。この格好なら誰も私がアデルなんて思わないわよ。いざとなったらこれもあるから』


 アデルは腰につけた短剣をポンポンと叩いて見せた。


『……』

『……』


 黙り込む男二人。

 最初に沈黙を破ったのは兄ノアだった。


『……お前は、昔から言いだしたら聞かないからな。いいだろう。但し一人ではダメだ。あと三日ほどで体が空く。それまで大人しく待っていろ』

『ダメよ。お兄様が忙しいのは知ってるもの。三日で体なんか空くわけないじゃない。また使用人たちを困らせるつもり? そんなんじゃいい領主にはなれないわよ』

『………』


 始めて言葉を詰まらせ黙り込むノアに、アデルが胸を叩く。


『大丈夫! 危ない事はしないから。そんなに心配しないで』

『あの……少しいいかな?』


 二人の会話を聞いていたアルベルトが、控えめに声を上げる。


『何?』

『その格好で出歩くのはいいとして、言葉はどうするの? オルカでゴダード語は通じないと思うけど』

『あ……』


 言われて初めて気が付いた。二人が当たり前のようにゴダード語で会話をしてくるから、そんな事考えにも及ばなかった。


『やっぱり僕が一緒に行くよ。僕がついていた方が何かと都合がいい。いいよね、ノア』

『……いい訳ないだろう。お前、自分の立場が分かってるのか?』

『わかってる。でもこれは、僕のけじめなんだ。この件が解決しない限り、僕は本当の意味で前には進めない。セシリアは理解のある女性だ。きっと分かってくれると思う。だから、頼むよノア。今だけでいい。彼女を守らせてくれないか?』

『……』


 再びノアがアルベルトを見据える。

 だがその瞳には最初の時のような険はなく、随分やわらかい眼差しへと変わっていた。


『……五日だ。それだけあればこっちでの業務は片が付く。その後こいつはこちらで引き取る。お前はそれでいいか?』


 この期に及んで嫌とも言えず、アデルは渋々頷いた。




 その時だった。


「あのぅ……、お話中よろしいでしょうか?」


 衝立の影から現れた何者かに三人の視線が集まる。見れば二人の令嬢が互いの手を取り顔を赤らめ、もじもじと上目遣いに視線を送る。


「なんでしょうか?」


 不躾な彼女たちに、氷の貴公子が冷たい視線を送る。

 アルベルトは二人の令嬢に見覚えがあった。その上でチラリとアデルの顔を窺う。アデルははるか昔に身に着けた淑女の笑みを浮かべてはいるものの、その目には冷たい炎がゴウゴウと、音を立てて燃えていた。


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