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51 紐解く①

『ここに来る途中でも、当時の状況についてすり合わせてきたんだけど、辻褄の合わない事が多くて……』


 アルベルトは取り出したメモの束をノアに渡した。


『それは、あの日パーティーに参加していた人や、外部の業者、お前の所の使用人たちに聞き込んだ証言をまとめたものだ』

『……随分あるな』

『五百人分ある。あまり関係ないと思われる証言も混ざってるけど、何がヒントになるかわからないから……』


 紙は随分くたびれ、あちこちが擦り切れていた。よく触れる部分の色は変わり、いくつもの折り跡、要所要所インクの(にじ)みも見られる。雨に当たったのかそれ以外の理由なのはわからないが、これまでのアルベルトの思いが詰まったそれらを、アデルはなんとも言えない気持ちで見つめた。


『あの日、僕は会場になっていた大広間の中央階段を使って、二階の南東にあるアデルの部屋に向かった。その時はもう君は連れ去られた後で、部屋には二人分の男の靴跡だけが残されてた。当時の状況について聞き込んだ結果、何らかの目撃情報の提供者は十五名、そのうち有用な情報は三件だった。一つ目はロウェル家のメイドの証言。その時間、面識のない搬入業者が大きな麻袋を勝手口から運び出していたと言うもの。二つ目は招待客のロドニー=マルセル子爵婦人。奥のギャラリーを一人で鑑賞していたら二人の男の後姿を見たという目撃証言。三つ目は君たちの母、ロウェル夫人の証言』

『お母様?』

『一階北西の化粧室の窓越しに、怪しい人影を見たと言っていた。遠くて男女の区別はつかなかったが裏門に横付けられた馬車に乗り込む所を目撃していた。僕はこれらの証言を元に調べていたんだけど……アデルの話を聞いて、全てが根本から間違っていたんじゃないかと思い始めたんだ』


 悔しそうに拳を握るアルベルト。


『お前は誘拐時の事を覚えているのか?』


 兄の問いにアデルが頷く。


『突然後ろから何か薬のようなものを嗅がされたんだけど、咄嗟に息を止めてあまり吸い込まないようにしたの。そうしたら完全に意識を失う事はなくて、耳は……生きてた』


 アデルはあの日の事を思い出しながら、慎重に答える。


『倒れた私の前に、男たちは大きなトランクを置いたの。見たことのないトランクで……私のじゃなかった。運んできたのはたぶんメイドで……』

『メイド?』

『うん、足が見えたの。その時はまだうっすらと目が開けられていたから……』


 男たちとメイドは何かを話していた。声を震わせ興奮したように話すメイドの声はいったい誰のものだったのか。


『その後私はトランクに入れられた。閉じられる瞬間、お金がどうのって聞こえて口論してたみたいだけど、ごめんなさい。内容までは覚えてなくて……』

『アルベルト。あの日、部屋にあったメイドの遺体は五体だったな?』

『ああ』

『一番上にいたメイドの身元は分かるか?』

『え? ああ、えーと…確かルシア……。ルシア=ハモンド。商家の娘で当時十五歳。働き始めてまだ半年も経っていない若いメイドだったはずだ』


 その少女をアデルも覚えている。他のメイドたちより年が近く、何でも話せる姉のような存在だった。実家の事業がうまくいっておらず、自分から働きに出る事を申し出たと言っていた。


『おそらく、そのメイドが手引きをしたんだろう。挙げ句、金でもめて殺された』

『……』


 アデルが黙り込んだのを横目に見ながら、ノアが先を促す。


『トランクに入れられた後、覚えている事は?』

『……持ち上げられて、何かに乗せられた。ガタガタ音がしてたから台車じゃないかな? その後ガヤガヤと人が多い所を通った気がする』

『それから?』

『……あ、マーカスの声が聞こえた。それからお父様の声も。その後すぐ衝撃があって、たぶん……馬車に乗せられたんだと思う』

『あの時間、マーカスと父は接待役としてずっと玄関ホールにいた。馬車に載せられるまでの時間を考えれば、裏門に回るほどの時間はない。お前たちは正面の入り口から堂々と外に出て待機していた馬車に乗って屋敷を後にした。残念だがメイドと母の証言は、この時点で除外していいだろう。問題はどの家門の馬車に載せられたかだが……可能性は低いがマーカスに聞いてみよう。大きなトランクを載せたと言うなら、何か覚えているかもしれない』


 ノアの考察に、アルベルトが「はぁぁ」と大きく息を漏らし、椅子にもたれると天井を仰いだ。


『結局僕は、何年も無駄な事をしていた訳か』

『あの状況、あの情報量では仕方がなかった。お前はよくやってくれた。それには……心から感謝している』


 落ち込むアルベルトに、普段あまり人に関心を見せないノアが、珍しく労いと感謝の言葉をかけた。


『ロドニー夫人の証言は、何か関係があったのかしら?』

『それなんだけど……当時ロドニー夫人はかなり酒に酔っていたそうだ。数日後、僕が話を聞きに行った時にはあまりよく覚えていないと……謝られた。ギャラリーの廊下の角を曲がる一瞬を見ただけで男だったかどうかも自信はないと。一応、それらしい足取りを追ってみたけど何もつかめなかった……ごめん』


 その謝罪にアデルが首を振る。


『謝らないで。お兄様もおっしゃってたけど、アルベルトは十分手を尽くしてくれたわ。本当にありがとう』

『……うん』

『他に、何か覚えてる事はないか?』

『他……、あ、そう言えば』


 兄の問いに、兄と同じ仕草で思案していたアデルが顔を上げた。


『声を聞いたわ。馬車が出発してすぐに、もう一度止まったの。そこで誰かが何かしゃべってた』

『内容は思い出せるか?』

『確か……「うまくいったようだな」って』

『……』


 再びノアが黙り込む。


『アルベルト。あの時間帯、正門の守衛をしてたのが誰かわかるか?』

『正門の守衛?……。えーと、その時間帯はマルクスが担当してたはずだ』

『マルクス……か』


 マルクスはロウェル家の家中騎士の一人で、ノアやアルベルトの一つ年上の若い騎士だった。兄弟が沢山いる家で育ったらしく、アデルの事もよく構ってくれた優しいお兄さんのような人だった。


『違うと思う……』


 アデルがそう呟く。


『あの時聞こえたのは、マルクスの声じゃなかった。もっと年のいった男の人のだみ声で、なんていうか品のない口調だった』

『年のいっただみ声……うちの騎士じゃないな。マルクスにも聞き込みを?』

『もちろんだ。でも、気になるような事は何も言ってなかった。……首都に戻ったら、もう一度彼に話を聞いてみたい。いいかな? ノア』

『いや……それは無理だ』

『どうして?』

『マルクスはあの誘拐事件のひと月後、領地に戻る途中の街道脇の森の中で、首を括って死んだ』



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