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「それで、お前はどの面を下げて俺の前に顔が出せているんだ、アルベルト」


 冷たい眼差しで腕を組み、長い足を横柄に組むのはロウェル家の「氷の貴公子」ことノア=ロウェル。カフェの店員がテーブルに置いたコーヒーに口をつけると、再びアルベルトを見据える。


「それに……」


 眼鏡を手で押し上げたノアが、その視線をアルベルトの隣に座る少年へと移す。


「なぜ俺の妹が、おまえと一緒にいる?」


 旧ノールズ領での情報収集を終えたアデルは、アルベルトと共にロウェル領を訪れていた。

 屋敷を訪ねるのは流石に身バレの危険性が高いと判断し、敢えて人の多いカフェに呼び出し、現在に至る。


『ご無沙汰しております、お兄様。……よく私だと分かりましたね』

「…………」


 妹が話す流暢なゴダード語にノアは大きく息を漏らすと、自身もアデルのそれに倣う。


『姿を変えたくらいで、自分の妹が分からない訳ないだろう。……まあいい。それで? お前(アルベルト)の書簡にあった石というのはこれの事か?』


 同じく流暢なゴダードでそう返すと、ノアはポケットからハンカチを取り出し、テーブルの上の「形見」の中から銀灰色の小さな塊を手に取った。


『見たところ方鉛鉱(ほうえんこう)のようだが……これが旧ノールズ領から採掘された可能性があると?』

『ほうえんこう?』


 聞き馴染みのない言葉にアデルが聞き返す。


『鉛と硫黄からなる鉱物資源だ。主成分は鉛。古くは化粧品や食器、金属の精製なんかにも使われていたそうだが、毒性が強く、中毒になる危険性も高いため、わが国では現在利用が禁止されている。他国では今でもガラスや弾丸、陶器の釉薬なんかに多く利用されていると聞く。汎用性が高く扱いも容易だから、危険性を度外視してでも欲しがる奴らが多い鉱物だな』

『登記簿を確認したけど、ノールズ領で鉱物資源が取れるなんて記載はどこにもなかった。領地経営の主たる財源は小麦や酪農、木材なんかの第一次産業のみ。それ以外の事業に携わっていたって話も出てこなかった。決して裕福な領ではなかったみたいだね。八年前、当時の領主だったエドワード=ノールズ伯爵が領地を放棄して、現在は王家の直轄地になっている』

『何があったの?』


 アデルの質問に答えたのはノアだった。


『伯爵がギャンブルで身を持ち崩したそうだ。元々真面目で気が小さい男だったそうだが、そう言う男ほど依存性が高まる傾向が強い。負けた分を取り戻そうと躍起になるうちに、全ての財産を食いつぶし抜け出せなくなる。結局この男も負債の全てを銀行に肩代わりさせ、夜逃げ同然で北のラクルド大公国へと身を寄せたらしい。銀行も、この地の扱いを持て余し所有権を放棄、国に返還したようだ』

『……じゃあ、ノールズ伯爵はこの件に関与してないのかしら?』

『おそらくな。あくまで憶測だが、一度手放した領地に出戻るほど肝の座った男ではなかったはずだ』

『じゃあ、何らかの方法であの地の鉱脈を見つけた誰かが不法に採掘をしてたって事……?』

『そう考えるのが妥当だろう』

『じゃあ、そいつらが……アデルを攫って監禁を?』


 アルベルトの眉間が険しく歪む。


『いや、それに関してはかなり疑問が残る。アデルを攫って監禁する事と不法採掘に関連性が見いだせない。これだけ大掛かりな事をする連中が、メリットがない事に手を出すとは到底思えない』

『そう言えば……』


 アデルは過去の記憶を手繰る。


『あそこに連れて行かれてすぐ、男たちが言ってた。誘拐は俺たちの生業じゃない、金さえもらえりゃ文句はない。上からは殺すなって言われてる、って』

「……」


 ノアが握った拳を口元に当て、一点を見つめたまま押し黙る。これは論理的に頭の中を整理する時の、昔からのノアの癖だ。


『可能性として言うなら……、彼らの言う「上」という存在は、一つではないのかもしれない』


 ノアの考察に、二人の目が大きく見開く。


『つまり、不法採掘の首謀者と、アデルの誘拐の黒幕は別だって事か?』

『完全に別……とは断言できないが、その可能性は高いだろう。とは言え、この二つの存在は何らかの形で繋がっている。憶測で言うなら、あの場所で不法採掘を行っている事を知っていた誘拐犯が、ちょうどいい監禁場所として利用した、と考えれば筋が通る』

『不法採掘を知っていた誰か……』


 アルベルトが険しい顔で思案する。


『ねえ』


 アデルが小さく手を上げながら、問いを投げる。


『あの領、王家の直轄って事は責任者として誰か赴任してるはずでしょ? その人はこの事に気づかなかったのかしら?』

『代理領主として派遣されたのは、パーシバル=エルドン。エルドン侯爵家の次男で、フレデリック第一王子の取り巻きの一人だ。僕もあの場所の立ち入り許可を得るために、一度対面したことがある』

『パーシバル=エルドン』

『フレデリック第一王子……』


 アルベルトが口にした名前に、ノアとアデルが即座に反応する。

 久しぶりに聞くその名、フレデリック=ウィングフィールド。この国の王太子で、グレイシアの実兄。母親である王妃に溺愛されて育ったためか、我儘で傲慢で、そのくせ人としての器は小さく、誰かをいたぶる事にしか喜びを見い出せない碌でもない男だった。その取り巻きの一人でもあるパーシバルも口より先に手が出るような乱暴な男で、ある意味フレデリックよりも質の悪い男だったと記憶する。


『あの男じゃ、気づくわけないわね』


 二人とも、学びを嫌い、狩りと乗馬、酒とギャンブルに明け暮れていたイメージしかないが、それはおそらく今でも変わってはいないだろう。


『気づく……か』


 再びノアが思案する。


『……もし、初めから知っていたとしたら?』

『え?』

『気づかないんじゃなく、知っていて敢えて放置していたとしたら……』

『!?』

『彼らに関しては昔からいい噂を聞いた事がない。ここ数年は一段と派手に遊んでいたようだし、その金の出所については周囲も不審がっていた。そのせいで、王が第二王子を後継者に考えているという噂もちらほら出回り始めている』

『第二王子殿下?』

『お前は知らないだろうな。二〇年以上前、王の近衛だった女騎士との間に出来た非嫡出子で、その後、王家に引き取られた。数年間は人の目に触れないよう離宮で隔離されていたが、その後隣国ソアブルのアカデミーに入学されたんだ。飛び級で卒業される程優秀な方で、お披露目されたのはつい最近の事だ』


 昔、グレイシアからそんな話を聞いた事がある。ホントは会ってはいけないし内緒だけれど、実の兄より優しい兄がいるのだと。


(そう言えば、一度会いに行った事があるような気が……)


 ぼんやりと離宮に連れて行かれた記憶はあるが、肝心のその人物の姿は朧気にも浮かんでこない。


『今更だが……この件には、あまり深入りしない方がいいのかもしれない』

「えっ?!」


 ノアの言葉にアデルが驚きの声を上げる。


「でも……っ!!」


 ノアが唇に手を当てて、アデルを制する。アデルは慌てて口を押えた。


『お前の気持ちはわかる。だが調べたいのは、自身の誘拐の真相だろう。第一王子殿下の加虐性は年々増している。昔とは比べ物にならない程にな。諫める者もいないから増長するばかりで今や誰の手にも負えない。下手に藪を突いて、あの男(王子殿下)に目を付けられでもしたら、命の保証はない』

『僕もその方がいいと思う。この件はとりあえず置いておいて、君の件に注力した方がいいよ』

『……うん、そうだね……』


 アデルはテーブルの上の形見の数々に目を落とした。



鉛のくだりはにわか知識の寄せ集めですので、サラッと読み流して頂けるとありがたいです。

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