49 「形見」の真意
「あなたがこんなに頑固だなんて知らなかったわ」
荷馬車に揺られながら、アデルは今にも泣き出しそうな空を見上げた。
「そう? 僕は昔からこんな性格だけど?」
昨日とは異なり、白シャツにスラックス、腰には剣という軽装で御者台に腰かけ、手綱を握るのはアルベルト。二人は今、彼の地の調査に向かうべく馬車を走らせている。
あれから長い長~い押し問答を繰り返し、苦渋の選択を迫られた結果、折れたのは結局アデルだった。
「そんな顔しないでよ。仕方ないじゃないか。本来あの場所は立ち入り禁止区域なんだから。立会人は必要だろ?」
「……」
「大丈夫。その格好なら誰も君が女性だなんて思わないよ。どこからどう見てもりっぱな商家のご子息だ」
「そういう問題じゃないんだけど……」
アデルは納得のいかない顔のまま、額にかかる黒髪をクルリと指に巻き付けた。
今日のアデルは、仕立てのいいこげ茶色のマオカラースーツに、頭には織模様の美しいゴダード産のスカーフ。フワフワとウェーブのかかった黒の短髪ウィッグに褐色の肌、目には赤いレンズ。典型的なゴダード王国のお坊ちゃまをイメージした装いだ。
今回ソアブルを出国するにあたり、アデルの荷づくりを手伝ってくれたのはゴドウィン商会のアウグストとその義母ゴドウィン夫人だった。
「アデルが生きてるってバレたらいけないのよね? だったら変装なんてどうかしら。ウィッグで髪の色を変えたら気づかれにくいんじゃない?」
「それならいっそ男装はどうでしょう? 設定はゴダードの商家の令息。アデルならきっと似合うと思いますが」
「そうね! それがいいわ!! となると早速仕立て屋を呼ばなきゃ」
「では私はウィッグの手配を。ああ、どうせなら瞳の色も変えてしまいましょう」
ベルノルトとの交流を経て、アデルとゴドウィン家の仲は急速に深まっていった。家族の食卓に招いてもらったり、夫人とお茶や刺繍を楽しんだり。今回の決断も、最初に相談したのはゴドウィン夫人だった。彼女はアデルを抱きしめ「あなたの思うようにしなさい。でも危ない事はしないでね。そして必ず帰ってくる事。いいわね?」と、背中を押してくれた。
あーでもないこーでもないと荷作りを楽しむ二人に、立ち寄るであろう街や村に宿の手配をするベルノルト。ゴドウィン商会の交通網の中から目立たない安全なルートを調べ上げる当主。アデルが口を挟む余地など全くないまま、騒々しく準備は進む。
まるで本当の家族のようにアデルを気にかけてくれる彼らの優しさに、アデルはこれまで感じた事がない温もりを感じた。
到着した現場は、昨日と同じく閑散とし、天候のせいか周囲はより薄暗かった。時折草むらがガサガサと音を立て、その度に腰に手が伸びる。アルベルトの話を聞いてから、いつ野犬に襲われても大丈夫なようにと、昨日のうちに町で軽量のナイフを購入しておいた。倒す事はできなくても、せめて相打ちくらいには持ち込める。……はずだ。
「それでどこから調べる? この辺は随分調査が入っているから、真新しい情報は厳しいと思うけど」
アデルは屋敷のあった残骸の裏手へと足を向けた。
「この向こうはどうなってるの?」
「切り立った山肌と森が続くばかりで気になる事は特になかった。 細いけもの道がしばらく続いているけど、そこから先は山肌が崩れていてそれ以上先には進めない」
「がけ崩れ……?」
「見立てではここ一、二年に起きたんじゃないかって聞いてるけど、何か気になる?」
「……ここにいた男の人たち、毎日朝早くこの方向に出かけて行って、日暮れまで帰ってこなかった。服はいつも汚れていたし、みんなすごく疲れてた。直接聞いたわけじゃないけど、何か作業をさせられてるんだろうなってずっと思ってたの。それと……、私が逃げ出す数日前、ものすごい大きな音がしたのを覚えてる。近くに雷が落ちたんだと思ったんだけど、もしかしたらそこなのかも……。その崖崩れがあった場所って遠いの?」
「どうかな。近くはなかったと思うけど」
「案内してくれる?」
森にあったというけもの道は、蔦や草木が生い茂り、既に道ですらなくなっていた。それらを掻き分け前に進むと、唐突に開けた場所が現れる。山肌から広がる土砂が木々をなぎ倒し、周辺に不自然な空間を作っていた。おかしな事に、大小の岩々が周囲に飛び散り、あちこちにゴロゴロと転がっているにもかかわらず、土砂の起点となる山肌には上部から滑り落ちた大きな岩の塊が張り付くように鎮座している。
「……ねえ、アルベルト。この崖崩れ、変じゃない?」
「変?」
「……当時は冬の終わりでずっと乾燥した日が続いてた。何日も雨は降ってなかったし、今思えば雷が鳴るような天候ではなかったわ。それに見て。土砂を見る限り水を含んで流れた感じじゃない。岩の散らばり方も不自然だわ。それに雷が落ちたなら、上からの力が加わるからこの大きな岩はもっと遠くに転がるはず。こんな風に上から真下に滑り落ちるなんてありえない」
高所からの衝撃じゃなければ、残る可能性は下方。下方部で起こる衝撃と言えば地震だがこの五年、そんな揺れを感じた事はなかった。アデルは崩れた崖を背に、もう一度周囲を見渡す。周囲に点在する岩々はここを中心に広がっているように見えた。その様子は、何かが破裂した時に起きる状況にとてもよく似ていて……。
「……もしこれが、山の内側からの衝撃だったとしたら……?」
アデルの頭に一つの可能性が生まれる。
「………っ!?」
アデルは急いでカバンをあさると、中から小さな麻袋を取り出した。
「……アデル?」
「……これ! この石!!」
アデルが取り出したのは、昨日回収した銀灰色の小さな塊。
「最初はみんなの形見だと思ってたけどもしそうじゃなかったとしたら?! これがただのがけ崩れじゃなくここにあった何かを隠すために敢えて崩落させたんだとしたら?! これを……この石を掘り出すために彼らがここに連れて来られてたんだとしたら……?!」
「……!」
「彼らはこの場所で、この石の採掘をさせられていた! 何らかの事情でそれが頓挫して、全ての証拠を消すためにここを崩壊させ、彼らを皆殺しにして火を放った……!!」
「……っ!」
「戻ろう、アルベルト。町に戻って一旦状況を整理しよう」




