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47 究明 ~グレイシア~

今話も回想回です。少し長めですがお付き合いください。

次話より本線に戻ります。

「アデルが死んだ? 何を言っているの? あれは心無い人間のばらまいた只の噂よ」


 侍従の報告を、グレイシアはバッサリと切り捨てた。


「こちらに書簡が届いております。差出人はロウェル侯爵家のノア=ロウェル様です」


 差し出したのは黒い縁のある封筒。この国では葬儀の案内でよく使われるものだ。


「……」


 恐る恐る封を切り、内容を確認すると、グレイシアは静かに両手で顔を覆った。


 手紙には、シュベールの修道院に向かう途中、盗賊に襲われアデルが亡くなった事、葬儀は既に内々に済ませた事、遺体は共同墓地に埋葬された事が、淡々と書かれていた。


「至急ノアを呼んで。すぐに来なさいと、そう伝えて」




 グレイシアの呼び出しに応じてノアが登城したのは、翌日の事だった。


「遅かったわね」

「……昨日まで領地に居りましたので。それで? お急ぎの用件だとお伺いしましたが、なにかありましたか?」


 例え相手が王女であっても、ノアの態度は普段とさほど変わらない。幼い頃からの付き合いもあり、お互いそれなりに気心は知れている。


「よくもそんなに落ち着いていられるものね。アデルが死んだって本当なの? 何か隠してるんじゃない?」


 ノアの片眉がピクリと動く。それを悟られないよう、眼鏡の左右のヨロイ部分に手をかけ、押し上げる。


(相変わらず、鋭いな)


 心の中でそう独り言ちる。野生の勘とでも言うのだろうか。こういう時の彼女は昔から非常に鼻が利く。


「隠す事など何もありません。手紙でお伝えした事が全てです」

「……」


 グレイシアは何も言わなかった。僅かに、握っていた拳に力が入ったように見えた。しかし表情は微塵も動かない。これが王族として身に着けた表情管理の賜物だろう。


「ねえ、ノア」

「なんでしょう?」

「私、決めたわ」

「そうですか」

「……そこは、何をですか? でしょう?」

「……何をでしょう?」

「アデルの噂を流した人間を突き止める。あんな嘘を平気で流すような人間、この国には必要ない。絶対に見つけて、必ず報いを受けさせてやるわ!」

「……」


 ノアは無言で小さく息を漏らすと、再び眼鏡を押し上げた。



◇■◇



 アデルが旅立つほんの少し前、ノアはこの件について、既にアデルとの話し合いを終えていた。


「お前の例の噂だが、流した人間を特定した」


 アデルの純潔についての噂は、早々にノアの耳にも届いていた。彼女の耳に入らないよう配慮しつつ、秘密裏に調査を進めた。噂の出所は某伯爵家の嫡男。ノアより二つ年上の、かなり前からアデルに好意を抱いていた男だった。


「どうする?」


 兄の質問に、カップに口をつけようとしていたアデルの手が止まった。


「どうするって何を?」

「決まっている。どう断罪するかだ。俺は徐々に締め上げて家ごと潰し、路頭に迷わせてやろうかと思っているが、まずは当人の意向を聞くべきだろうと思ってな」

「……」


 アデルはノアの顔をじっと見つめると、少し口角を上げて紅茶をすすった。


「必要ないわ」

「なに?」


 放たれた妹の言葉に、ノアは思わず聞き返した。


「必要ないって言ったの。広まった噂が消える訳じゃないし、その人を断罪したところできっとまた同じような人は現れる。キリがないわ」


 アデルはテーブルの上のクッキーに手を伸ばす。バターがたっぷり入った卵色のそれは、ホロホロと口の中で溶けてなくなる。これはこれでおいしいが、時折、フェデリカがくれたあのボソボソしたクッキーが懐かしくなる。


「みんなよっぽど暇なんでしょうね。それか疲れているのかしら。人の噂で憂さ晴らしをするなんて褒められた事じゃないけど、そうでもしなきゃ発散できないなんてそれはそれで可哀想だわ」

「だからと言ってお前が奴らの餌になる必要はない」

「いいのよ。その人たちだって、いなくなった人間の話題でいつまでも盛り上がる事はないはずよ。すぐに別の話に夢中になるわ。噂なんてそんなものでしょ? お兄様は只でさえ忙しいんだから、そんな事まで気に掛ける必要はない。もっと自分のために時間を使って」




◇■◇




「いい? ノアも手伝うのよ。あなた昔からこういうの得意でしょ?」


 グレイシアの声に、ノアの意識が浮上する。


「その人間なら、既に特定済みです」

「そうよね、まずは聞き込みから始めて……え? 今なんて言ったの?」

「噂を流したのはロマーニ伯爵家の嫡男、チェスター=ロマーニです」

「チェスター=ロマーニ……。あ、アイツね……っ! 昔っからアデルの事狙ってた……っ!」

「殿下。誰が聞いているかわかりませんので、言葉にはお気を付け下さい」

「…いいのよ、今は。あなたしかいないんだから」


 ノアが(たしな)めると、グレイシアが唇を尖らせる。


「でも、どうしてあいつが今更?」

「それは……、本人に聞いてみるのが一番手っ取り早いかと。こういう事は昔からお得意ですよね、グレイシア様」


 ノアがニヤリと笑う。


「ええ、そうね。じっくり聞いてみようじゃない」



◇■◇




「違うんです! 私は嵌められたんです! どうか信じてください!!」



 グレイシアからの呼び出しに意気揚々と登城したチェスターは、騎士たちに囲まれ青い顔で懇願する。


「誰に嵌められたと言うの? 名前は?」

「わかりません……っ 夜の街で遊んでいた時に話しかけて来た女です。アデル=ロウェルについて面白い話があると言われて……例の話をされたんです! 事実かと聞いたら意味ありげに笑っていて……っ 私は嘘は言っていません!!」

「愚かね。なぜそんな信憑性のない話を信じられるの?」

「自分はアデル=ロウェルが監禁されていた場所に出入りしていたと、その女が言ったんです! 場所は旧ノールズ伯爵領の別邸……っ、そこには週に一度娼婦たちが派遣されていて男たちを慰めていたと、自分はその中の一人だったとそう言ったんです!」

「その女は、そこでアデルがそう言う行為を強いられていたと、断言したの?」

「それは……してはいませんでしたが……、でもそう言う事でしょう?! そう捉えてもおかしくない! そうでしょう?!」 

「「……」」


 ノアとグレイシアが互いに目をやる。


「あなた……ずっとアデルの事追い掛け回してたでしょう? それなのにどうして彼女を貶めるような事をしたの?」

「……それは……噂を広めてくれたら、王都一の高級娼婦(クルチザンヌ)を紹介してくれると、その女が約束を……」

「はぁ……呆れた」


 グレイシアは軽蔑の眼差しでチェスターを見る。


「女の特徴は?」


 それまで黙っていたノアが初めて口を開いた。


「長身で細身の女だった。暗かったしベールを被っていたから容姿まではわからないが、色白でアメジストのような瞳が印象的だった」

「それで、王都一の高級娼婦は紹介してもらえたのか?」

「……それが」


 チェスターは、何かを思い出したかのように悔しそうに歯噛みする。


「指定された場所には誰もいなかった……。全部嘘だったんです! 騙されたんだ! 俺も被害者なんです!! どうか……あの女を探して罰を……っ」

「黙りなさい!!!」


 グレイシアの怒号が響く。


「すべてあなたの自業自得じゃない?! あなたのせいでアデルは、多くの人に誤解されたままこの世を去ったのよ!! あなたのした事は絶対に許されない。少なくとも私は絶対に許さない……っ」


 今にも飛び掛かりそうなグレイシアを、侍従がハラハラしながら見守る。


「……もういいわ、連れて行って」


 グレイシアの言葉にチェスターはホッと息を吐いた。去り際、その口元には笑みが浮かぶ。その顔を見てグレイシアは再度チェスターを呼び止めた。


「最後に一つだけ言っておくわ、チェスター=ロマーニ。今回の事であなたが法的に罰せられる事はない。でも私は、あなたの顔を二度と見るつもりはない。言ってる意味は分かるわね?」

「は……? それは一体……?」

「話は以上よ。ごくろうさま」

「あの……いえ、でも……」


 騎士に両側を固められ、引きずられるようにチェスターが退出する。侍従が追って出て行くのを見届け、グレイシアは大きく息を吐いた。


「わかってるわね。ノア」

「当然です。殿下」


 二人は顔を見合わせ、ニヤリと笑った。




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