44 噂の真相は
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「落ち着いた?」
アデルが差し出したハンカチを受け取り、アルベルトが気まずそうに頷く。
「ごめん……みっともない所を見せて」
「いいわよ、別に」
陽射しを避けるため木陰に場所を移し、きっかり二人分の距離を取って並んで腰を下ろした。
真っ赤な鼻に泣き腫らした目のアルベルトを眺めているうちに、アデルはぼんやりと昔の事を思い出す。
「そういえば小さい頃、今みたいによく顔を真っ赤にして泣いていたわよね」
アデルが構い倒した大型犬に二人して追いかけられた時も、アデルが池で捕まえた大きな魚が運悪くアルベルトに向かって飛んで行った時も、アデルと喧嘩をして言い負かされ茂みの陰で蹲っていた時も。
そんな時アルベルトは大抵、目と鼻を真っ赤にして隠れて泣いていた。
思えば全ての原因がアデルだった事実に気づき、今更ながら深い罪悪感を抱く。
「……なんていうかあの頃は、その……ごめんなさい」
「……何を思い出してるかは何となく想像できるよ」
アルベルトの苦笑いと落ち込む表情に、思わずアデルの口からフフッと笑い声が漏れる。
不思議だった。
あれだけ絶望的な別れを経験し、夜会での許しがたい断罪。にもかかわらず今のアデルは、昔と変わらず普通に彼と言葉を交わしている。抱いていた恋心も依存心も、怒りの感情も悲しみも、今は何も感じない。横にいるのは、ただ幼い頃から多くの時間を共に過ごした友人。それだけ。
(ああ、そっか……)
唐突に、ストンと何かが胸に落ちる。
(終わったんだ。本当に)
幸せだったアデルの初恋。
思いがけない形で引き裂かれ、成就する事はなかった彼女の初恋は、時を重ね新しい恋を知り、ようやく過去のものになった。
二度目の恋も報われることなく終わりを迎えたが、今後アルベルトの事で思い悩む事は二度とないだろう。
「……いいよ、もう。好きなだけ笑ってく……」
そう言いかけたアルベルトが、弾かれたようにアデルを見た。
「違うだろ……っ そうじゃなくて……っ!」
「……?」
頭を搔きむしり、はぁ…と膝に顔を埋める。そうして改めてアデルに向き合うと、地面に額がめり込むほど深々と頭を下げた。
「今更どの面下げてって、思うかもしれないけど、あの時は本当にごめん!! 君には心の底から申し訳ないと思ってる!」
あの時、と言われて思い当たるのは一つしかない。
「あの晩はつい頭に血が昇って、事実確認もしないまま君を糾弾してしまった。君が言った事は全て真実だったのに……、僕が耳を傾けなかったばっかりに、君にとんでもない不名誉を与えてしまった」
「……」
「あれからロアンに会って全部聞いたよ、あの日の事…。セシリアにもちゃんと確認して、僕に伝えにきた給仕もちゃんと見つけた。目撃者も探して裏も取って、社交界に広まった誤解はすべて解いた」
ロアンというのは、あの夜会で案内をしてくれたソワール卿のファーストネームだったと記憶する。
「……どうしてそこまで? そんな事をしたらあなたの評判が悪くなるかもしれないのに…」
死んだ人間の名誉なんて回復したところで誰の得にもならない。それどころか、これから結婚しようという男が、昔の婚約者のために動いたとなれば今度はどんな噂が立てられるかわかったものじゃない。
「僕の評判なんて今更だよ。それより、これまで必死で頑張ってきた君の尊厳を守る事の方がずっと大切だ」
「でもそれじゃ、セシリアさんの立場が……」
「彼女の事は大丈夫。何があっても僕が守るから」
きっぱりと言い切るアルベルトが頼もしく、急に男の顔に見えた。
「ロアンにも…初めて怒鳴られた。どんな理由があっても君をないがしろにしていい理由なんてないって。本当にその通りだと思った。ちゃんと話をするべきだったんだ、あんな風に逃げたりしないで。最初からきちんと話して許しを請うべきだった。君はずっと話そうとしてくれていたのに。その勇気が僕にはなかった。僕の後ろめたい気持ちが君を傷つけ、あんな目に合わせてしまった。本当に……ごめん」
再び深々と頭を下げるアルベルト。その真摯な姿勢に、アデルもこれまで伝えられなかった気持ちを改めて言葉にする。
「私も……あなたを責めてばっかりだった。あなたの気持ちなんてちっとも考えてあげられなくて……辛いのは自分だけだって、そう思ってて……本当にごめんなさい。それから……私の事、ずっと探してくれてありがとう」
関係は変わり、道も違えた。
二人の道が交わる事は、未来永劫やってくることはない。
アデルとアルベルトは互いに顔を見合わせ、数年ぶりに笑い合った。
「それともう一つ。先に出回っていたもう一つの不名誉な噂だけど、そっちはグレイシア様の働きかけで全てがデマだったと結論づいた。表向き、君を非難する人間は誰もいない。むしろ同情的な意見の方が多いくらいだ」
「グレイシア様が……」
もう一つの噂……これはアデルが純潔を失ったという、例の噂だろう。
「広めたのは、君に秋波を送っていた伯爵家の令息だった。彼自身は街で知り合った娼婦から聞いたと言っていたが、そんな娼婦は実在しなかった。彼は最後まで抵抗したようだけど、証人がいないんじゃどうしようもない」
「私に秋波を送っていた伯爵家の令息……」
瞬時に記憶の糸を辿る。数人の令息が頭に浮かぶが、アデルに秋波を送ってきたというワードを検索に追加すると結果はゼロ。一人も思い浮かばない。
「アデルはそう言うとこ鈍感だからね。分かってはいたけど……」
「……?」
「とにかく、君に関する悪い噂はすべて終息した。今度は君の番だ。今日までの事、話して貰えるかい?」
アデルは頷くと、今日までの出来事を詳細にアルベルトに話して聞かせた。




