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41 始まりの場所

第二部スタートです。

 額ににじむ汗を拭い、肩から下げていたバッグを一旦地面に置く。渇いた喉を潤すため水筒を取り出し、木陰に移動すると、喉を鳴らし中身の半分ほどを飲み干す。


「ふぅ……」


ようやく一息つき、改めて周囲を見回す。


 鬱蒼と生い茂る森の中、馬車が一台かろうじて通れる程の山道をひたすら登り、ようやくたどり着いたこの場所。切り立った山肌を正面に、不自然なほどぽっかりと開けた平地には、あちこちに怪しげな黒い跡が点在している。上モノは既に片付けられているが、そこに何があったのか、アデルは今もはっきりと覚えている。


「ここが5年間、私が閉じ込められてた場所……」


 一際(ひときわ)大きな黒い焼け跡の近くには、大きな建物の土台のみが黒く焼け残っていた。あれから随分と月日が経つのに、近づくほどに焦げた匂いが鼻をつく。


 ここは、リムウェル北東部に位置する旧伯爵領。現在は王土として、国が直轄しているというその地にアデルは今、再び足を踏み入れた。



◇■◇



 さかのぼる事、数週間前。


 三日間の視察を終え、日常に戻ったアデルだったが、全てが元通りという訳にはいかなかった。

ルネドでの思いがけないテオとの再会に、予想だにしなかった彼からの告白。そしてクライバー領で見た彼と彼女……。


 全ては一瞬だった。

 あまりに唐突に始まったそれは、嵐のようにアデルの心をかき乱し、一瞬で終わりを告げた。


 二度目の恋。

 

 そう呼ぶにはあまりに未熟で、蕾すらつけていなかったアデルの恋心。

 自分の気持ちに向き合う間もなく、無理やりこじ開けられてしまった彼への気持ちは、向うべき方向を見失い、ポツンとアデルの胸に残された。

 始まる可能性のない恋なんて知りたくもなかった。あの時のような苦しい思いは二度としたくなかった。それなのに……。


 その日からアデルは、寝食を忘れてひたすら仕事に打ち込むようになった。何も考えずにいられる術はそれくらいしか思いつかなかった。


 それでも人は考える。

 ふとした瞬間に思い出す、彼との楽しい会話。それはつい最近の事だったり監禁中だったり。思えば辛い事ばかりじゃなかったのは、全部彼がいてくれたからこそだった。

 自身の中で、いつのまにか大きくなっていた彼という存在。彼の事が好きなのだと心の声がそう告げる。


 でも……、


 この思いを告げるつもりはなかった。

 想像の中のティナがあの日の自分と重なる。ティナに自分と同じ思いは絶対にさせたくない。

 大丈夫。我慢するのには慣れている。あきらめるのも初めてじゃない。大丈夫、私は大丈夫……。


 そう自分に言い聞かせた。


 そうした日々を送るうち、アデルは次第に自身の原点について考えるようになった。

 自身がテオに出会うきっかけになった出来事。そして誘拐されたばかりの頃、毎日のように考えていた事。



 「自分はなぜ誘拐され、なぜあの場所にずっと放置されていたのか」



 監禁中はその日その日を生きる事に必死で、次第に頭の片隅に追いやられていった。家に帰ってからは、次から次へと起こる問題に翻弄され、心を砕く余裕がまるでなかった。

 でも今なら、自由になり侯爵家の令嬢という「張りぼて」を捨てた今なら、過去の出来事とも真剣に向き合う事が出来るかもしれない。


 それからのアデルの行動は早かった。

 その日のうちに地図を買い、兄から聞いていた情報を元に自身の監禁場所を推定した。

 旅費を稼ぎ、各職場には早々に休職願いを出し、旅支度を整えた。

 多少の諍いはあったものの、概ね了承は得られ、出発を当日に控えたあの日。


 テオたちが村に来た。

 きっとこれが彼らと集う最後の時間になる。そう思ったアデルは精いっぱい「今」を楽しんだ。そして……、

 既に決まっていた答えをテオに告げた。


 胸の奥に燻る思いと心の傷は、アルベルトの時同様、いつかは癒えるだろう。それはただアデルが乗り越えればいいだけの事。


 そうしてその夜、アデルは人知れずランクル村を後にした。


 


◇■◇

 



 瓦礫を掻き分け、屋敷の土台に足を踏み入れる。数日前に降ったという雨のせいなのか、歩く度じっとりと湿った灰がじゃりじゃりと音をたて、触れた部分を黒く染める。服は半ばあきらめ、アデルは自室として与えられていた部屋を目指す。


「一階の奥の角部屋だったから……たぶん」


 壁がない分進みやすいが、一面が同じような状態で部屋としての括りがない分、目的の場所がなかなか定まらない。燃え朽ちた柱や、家具などの残骸を搔き分け、地道に部屋の場所を特定する。

 ようやく見つけたそれらしい場所は、出火地点から離れていたせいか、他の場所よりも比較的焼け残りが多かった。覆いかぶさるように倒れている柱をどけ、黒焦げのチェストを横にずらすとその下はきれいな状態で残っていた。床板を数枚外すと床下に手を入れる。



 ここに来ようと思った理由は、自身の誘拐の手がかりを探す事ともう一つ、どうしても取り戻したいものがあったからだった。それは他人が見たらただのガラクタかもしれない。でも彼らにとってはきっと大切なものだと思ったから。


「あ、あった……」


ゴソゴソと奥から引きずり出した麻袋は、火災の被害を待ったく受けず、きれいな状態で残っていた。


「………」


中身を確認したアデルは無言でそれらを見つめた。


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