4 再会
林を抜ければ、そこはもうマクミラン家の敷地だ。
無駄に広い土地を所有する両家の間には、特に境となる柵もなく往来は比較的自由だ。最も暗黙の了解で、良識ある大人や使用人がそこを利用することはない。あるとすれば両家の子女子息か、あるいは逢瀬を重ねる恋人たちくらいだろう。
公爵夫人のお気に入りだった温室の脇を抜け、勝手知ったるなんとやらで昔よく遊び場にしていたコンサバトリーを目指す。
中庭に面した日当たりのいいコンサバトリーは昔と変わらずそこにあった。ここは幼い頃、アルベルトとよく過ごした場所だ。お茶を飲んだり本を読んだり、昼寝をしたり。今ではすっかり雰囲気が変わり、随分かわいらしい内装と調度品で彩られているが、目を閉じればあの頃の様子が思い出される。
そっと中を窺うも、そこに人の気配はなかった。周囲を見渡すも、今日に限り庭師一人見当たらない。
暫く辺りをうろつくアデルだったが、その足がピタリと止まる。壁に手をつき、自身の額に手をやるとおもむろに「はぁ…っ」と大きく息を吐きだした。
「…何やってるのよ、私…」
不意に気づいてしまった、自身の行動の愚かさ。
子どもの頃ならいざ知らず、分別をわきまえた妙齢の令嬢が事前の連絡もなく屋敷に(しかも裏から)特攻するなんて、非常識極まりない行為だ。
しかもここに来るのは五年ぶり。成長したアデルは随分と変わっているだろう。それに使用人の入れ替わりもあるはず。自分が不審者扱いされる可能性を全く考えてなかった浅はかさに思わず頭を抱えた。その上、ただでさえ忙しい身のアルベルトが休日でもない昼日中に屋敷にいる保証なんてどこにもない。
「いい?こういうとこよ、アデル…。後先考えないで突っ走るとこ…全然変わってないじゃない。気をつけないと、またお父様に何を言われるか…」
元の性格というのは、いくら矯正したところでそう簡単には変われない。
「帰ろう…誰かに見咎められる前に早く」
アリスの困り顔を思い浮かべ、そそくさと踵を返す。
が、そういう時こそ、人は希望とは真逆の事象を呼び寄せてしまうもの…。
さっきまで無人だったはずのコンサバトリーの扉が突然開き、中から人影が現れた。
「……うっ!」
「キャ……ッ」
咄嗟の事に交わしきれずお互い思わず声が出た。出てきたのはアデルと同じくらいの若い女性。
アデルに似た茶色の髪に菫色の瞳。清楚な雰囲気を纏ったその女性は、最近の流行りなのか胴回りのふんわりとした可愛らしいドレスを身に着けている。
「え…?あの…どなた…?」
「えっと…あの…っ。ごめんなさいっ!私、決して怪しいものではなくて…っ」
あわあわと両手を突き出し左右に振る。慌てている人がよくする仕草だなとは思っていたけど、まさか自分がするなんて。無意識ってすごいな、と自己分析する自分を脳が俯瞰する。
服装からしてメイドではない。侍女という可能性も考えたが、アルベルトの母は随分昔に亡くなったし、姉もアデルが失踪する少し前、隣国のソアベルに嫁いで行った。侍女を必要とするような女性は今この屋敷にはいないはずだ。
小花柄のピンクのワンピースが良く似合う可愛らしい彼女の腕には、ガラス製の大きな花瓶。随分と重そうなそれをよいしょと抱えなおすとコテンとかわいい仕草で首を傾げた。
「あ、あの…私は…」
名乗ろうとしたその時だった。
「セシリア!!」
突然背後から声が響き、ビクリと体が跳ねる。
「何やってるんだ!ダメじゃないか、そんな重たい物を持って…っ!」
「ごめんなさい、アル。あなたのお花が待ち遠しくて…」
「全く君は…」
はぁと大きく息を吐き、アデルの横を通り過ぎた男性は、真っすぐ彼女に歩み寄ると花瓶を取り上げた。片腕にはピンク色のチューリップがいっぱいに抱えられている。
アデルはその光景を信じられない目で見つめた。
華奢なイメージのあった体格は随分と逞しくなり、身長も当時より幾分高くなったような気がする。母親似を気にしていた優しい顔立ちは、甘さを残したまま男らしい顔つきに変わっていた。
よく知っているはずなのに、別人のような感覚。
感情がこみ上げ、胸が震える。五年間、一瞬たりとも忘れたことのなかった人が今、目の前にいる。
すぐにでもその胸に飛び込みたかった。でも…、
「アル。そちらのご令嬢がお訪ねのようですが、ご存じですか?」
彼女のための微笑みを浮かべたまま振り返ったアルベルトもまた、アデルの顔を捉えた瞬間、驚愕したかのように瞳を凍り付かせた。
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