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33 『お兄様』

今日は4回更新します(8:00 13:00 16:00 19:00)

「通訳か……。まさかゴダード語が話せたとはな」

「ほんとそれ! アデルの事だから、他にもまだ引き出し持ってそうだよね〜」


 屋台の脇に移動し、三人でホットドッグにかぶりつく。小さいけれど噛み応えのあるパンから両端に長くはみ出たソーセージ。噛み切るとピチッと小気味いい音と共に、中の肉汁が弾ける。多めのマスタードは粒の食感が楽しく、ピリリと味を引き締める。


「おいし……っ!」


 思わず感動の声が漏れる。


「はい、アデル。あ~ん」


 反射的に口を開けると、ほくほくのポテトが口に放り込まれる。


「…っあつ…!ふぁ、おいふぃ……っ」

「あははっ! ついでにエールも行っちゃう?」


 馬車の中でも餌付けという名の接待を散々受け、そしてまたここでも……。


(いい加減にしないと太っちゃうかも……)


 そう思いながらお腹をさすっていると……、


「アデル!!」


 急に名前を呼ばれ、顔を上げる間もなく腕を引かれた。バランスを崩して倒れ込む体はその勢いのまま引き寄せられ、トンッと広い胸に落ち着く。


「大丈夫かっ?!」

「あっ…え…? ベルノルトさん?!」


 見上げると、険しい顔のベルノルトがそこにいた。


「心配して見にくれば……。おい、お前ら! こいつに何の用だ! ナンパだったら他所でやれ!」

「あ゙……?」


 怒気をはらんだテオの声。


「…お前こそ誰だ。馴れ馴れしくアデルに触るな。その手を放せ」


 にらみ合う二人の間に火花が散る。

 一触即発の雰囲気の中、なぜかラウルだけがニヤニヤと笑みを浮かべ、のんきにホットドッグを頬張っている。


「悪かったな、アデル。ここは治安がいいと思って油断した。怖かったろ? もう大丈夫だ、行くぞ」

「あ…や、あの…そうじゃなくて……」


 有無を言わさず肩を抱き、ベルノルトが歩き出す。それを見て弾かれたようにテオが動き、アデルの腕をつかむ。


「チッ! しつこい野郎だな」

「こいつをどこに連れて行く気だ」

「なんでお前に言う必要があんだよ。関係ねぇーだろ?!」


 二人の間に挟まれて、なんとか口を挟もうと試みるが、全く入る隙がない。


「関係はある! こいつは俺の…友人だからな」

「はぁ? 友人だぁぁ? お前みたいなやつがアデルの友達なわけねぇだろーが! テキトーなこと言ってんじゃねーよ!」

「だったらお前はなんなんだ!」


 気づけば周囲が騒がしい。二人の激しい口論にやじ馬たちが集まり始める。


「あの、ちょっと二人とも話を……」


 今にも殴り合いに発展しそうな二人をなんとか引き離そうと試みるも、体格のいい男二人、アデルの力ではどうすることもできない。


「俺か?」 


 テオの怒声に、なぜか勝ち誇ったような顔をしてベルノルトがフフンと鼻を鳴らす。


「…?」

「俺はな、アデルの……」


 ちょっと嬉しそう、というか、はにかんだような顔でチラチラと視線を送られ、アデルは訝し気に眉をひそめ首を傾げる。


「アデルのお兄様だ!! どうだ! ザマァ見ろ!!」


 語尾に捨て台詞までつけて胸を張り、高らかに笑うベルノルト。その場にいた全員が一斉に固まる。


「は…?」

「えぇ…っ?!」

「ぶはっ!! あはははっっっ!!」


 言葉を失うテオとアデル。

 そんな二人を尻目に、ラウルだけが堪えきれないと言わんばかりに吹き出し、のたうち回って笑い転げた。



■◇■



「すまなかった! あんたたちが()()()()()()の恩人だったなんて知らずに失礼な態度を取っちまった。本当に悪かった!」

「いや、俺の方こそ、()()()()()()が世話になってる相手に取る態度じゃなかった。すまない」

「………」


 あれから場所を移動して事情を説明し、互いの紹介まで済ませた。その結果がこれ。


「なに、気にすんなって! アデルの恩人は兄である俺の恩人でもあるからな」

「アデルの兄なら俺も知ってるが、あんたみたいなガサツな男じゃない。アデルが困るようなことを吹聴するのは親友として看過できない」

「………」


 買ってもらった果実水をちびちび飲みながら、二人の顔を交互に見る。

 表面上は穏やか(?)だが、ブスブスと互いを刺しまくる口撃戦は、全く終わる気配を見せない。

 この場をうまく収めてくれそうなラウルはというと、笑い過ぎで脇腹がつり、隣でずっと呻き苦しんでいる。現状においてアデルに出来る事は何もなかった。


 日もそろそろ暮れ始め、街に明かりが灯り始める。

 早朝からの馬車移動に商会との打ち合わせ、突然のベルノルトの「兄」宣言に、二人の口から頻繁に飛び出す「うちのアデル」というワード。ネチネチと続く剣呑な両者の会話に空気はピリつき、肉体的にも精神的にも疲れがピークに達する。


(もう帰りたい……)


「いやぁ〜、予想外の展開になってきたね〜」

「あ、ラウル。大丈夫?」


 脇腹を押さえながらようやく起き上がったラウルが、腰の水筒を手に取りそう言った。


「『お兄ちゃん』の方はまだ自覚がないみたいだけど、まあ時間の問題かなぁ。テオの方は…ようやく危機感を自覚した感じ?」

「……?」


 ラウルの含みのある物言いが何を指しているのかアデルにはさっぱり分からない。

 説明を促したアデルに、ラウルは意味ありげな笑顔を浮かべただけだった。

本日もお読み頂きありがとうございました。

次話投稿は13:00頃の予定です。

よろしくお願いします。

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