32 王都『ルネド』
誤字脱字報告ありがとうございました(^^)
「アデル!ちょっと来てくれ!」
カフェでの面談(?)以降、ベルノルトはアデルを名前で呼ぶようになった。当然終了すると思っていた家庭教師の仕事も、当面継続が決まった。ベルノルト曰く、読み書きとリスニングには自信があるが、話すのは苦手らしい。アデルのスパイ容疑も無事に晴れ、今は毎日二時間ほどの授業を真面目に受けている。
「悪いな。専門用語が多すぎてうまく伝わらない。代わってもらえるか?」
「わかりました」
そして今日、アデルはベルノルトに同行して、ソアベルの王都ルネドに来ている。
ルネドはアデルの住む地域から北西に、馬車で半日ほどの距離にある王のお膝元だ。目的はルネドに隣接する公爵領に置かれた工場の視察だが、今日は観光も兼ねて首都中心部にあるゴドウィン商会の支部に顔を出している。
数日前、工場の視察に通訳として同行しないかとベルノルトに打診された。仕事があるからと断ると、知らないうちに根回しされ、アデルの契約満了と同時に日程が組まれ、強制参加が決定していた。
視察期間は三日。メンバーはベルノルトとアデル、ゴダールの職人が二名、工場長、そしてベルノルトの兄、アウグスト。初めて対面するアウグストは、優しい面立ちの穏やかな青年だった。ベルノルトの三つ上だというから今年で二十九になるはずだが、とてもそんな年には見えない。幼いというわけではなく、どちらかというと中性的な印象で、おそらく母親似なのだろうと想像できた。礼儀正しく親切な性格らしく、ここまでの道中ずっとアデルを気遣ってくれた。
ベルノルトはというと、四人乗りの馬車の二席分を占領し、当たり前のように横になっていた。揺れが酷い街道にもかかわらず、ぐっすり眠っている所を見ると余程疲れているんだろうと察する。
「女性の前でだらしない姿をお見せしてすみません。このところ、夜中まで勉強していたようですから疲れが溜まっていたんだと思います。窮屈な思いをさせて申し訳ありませんが、大目に見てやっていただけますか?」
大きめの箱馬車のため狭さは全く感じない。でもその嬉しい気づかいに自然に笑みが浮かぶ。
「大きな馬車ですから大丈夫です。本来なら私は向こうの馬車に乗るべきなのに…。お邪魔しているのは私なのでどうぞお気になさらないで下さい」
後方にはもう一台の荷馬車。そちらには工場長と職人、そして多種多様な有形商材が積載ぎりぎりまで積まれている。
「あちらは重量的にキャパオーバーです。いくらあなたが軽くても乗せる訳にはいきません。あきらめてください」
いたずらっ子のような表情で冗談をいう。
「それより、先日取引先からもらったチョコレートがあるんですが、いかがですか?」
「え? いいんですか?こんな高級品……」
「もちろんです。お礼…と言ったら失礼ですが、私の気持ちです。弟との事、本当にありがとうございました」
先日、ベルノルトからも同じような言葉をかけられた。きちんと話ができたと言っていたのでおそらくその件だろう。
「ありがとうございます。じゃ、遠慮なく」
「あ、お腹に余裕があればこちらもどうぞ。うちの料理人のサンドイッチはとてもおいしいんですよ。それに、これは母のミートパイです。是非アデルさんに食べてほしいと。それから……」
その後もそんな接待が続き、到着前にはお腹が満たされ、ついウトウトと居眠りを始める始末。
「……ベルノルトさんとは大違い」
「あ? 何か言ったか?」
商会の役員たちとの打ち合わせが終わり外に出たアデルは、張っていた気も緩みついそんな悪態を口走った。
「別に何にも言ってません」
「うそだ。あっ! 俺の悪口だろ? おい、正直に言え!」
「大した事じゃありません……っ、わっ…! ちょっ…ッ、頭掴むのやめてくださいっ! 髪が…っ」
「はははっ! 心配すんな。乱れてねーよ、ちょっとしか」
ベルノルトは絶対、女子に嫌われるタイプだろう。
急激に気安い関係になってしまったが、それはそれで悪くなかった。幼い頃から顔色を窺うばかりだったアデルにとって、気を遣わなくていい存在はありがたい。
「それよりアデル。俺らはもう少し仕事があるから、少し遊んで来ていいぜ。首都は初めてだろ?」
そう言って銀貨一枚を投げてよこす。
「え、私も手伝いますよ」
「いや、荷下ろしだから女手は必要ない。一人で心配なら商会の人間をつけてやろうか?」
「それは大丈夫ですけど…なんだか私ばっかりすみません」
「いいって。じゃ夕方までには戻って来い。迷子になるなよ」
「……はい」
どうにも子ども扱いされている気がするが、自由な時間はありがたかった。
過去リムウェルの王都に住んでいたアデルだったが、他の兄妹たちに比べ外出の回数は極端に少なかった。月に一度の王宮訪問と同数のお茶会、街に出るのは年に一、二回の買い物程度。幼い頃は街並みになんて興味もなかったけれど、今思えばもっと関心を持っていればよかったと地味に悔やまれる。
ここルネドは、建物の様式から街の雰囲気まで、全てがリムウェルとは異なっていて面白い。大通りに面する建物はすべてが統一された三角屋根。それなのに壁面はそれぞれがカラフルに色づけられ、まるでおもちゃの家を並べたようだ。対してリムウェルの街並みは、全体的な統一感を出すため、色味が少ない。繊細な彫刻の施された古い建築物が多く皆がそれを誇りに思っていた。隣接する国同士であるにも関わらず、これだけ違いがあるなんて、見ているだけでとても楽しい。
そして目を引くのは、街中の至る所にある屋台の数々。中でも腸詰の屋台数は群を抜いていて、それぞれの店からいい香りが漂っている。
その中でも香草の香りが特に好み合いそうな店舗に、アデルは吸い寄せられるように近づく。
行列の後ろに並び、先客がはけるのを待つ。腸詰だけでも売ってくれるようだが、皆が頬張るのは当然ホットドッグだ。あえて小さめのパンに挟むのは、それだけ肉の味に自信がある証拠だろう。
「すみません、ホットドッグを一つください」
「はいよ」
つい数時間前まで馬車であれほど飲み食いしていた事は、忘れる事にした。今ここでしか味わえない物を食べる喜びを純粋に楽しみたい。
出来上がる工程を眺めていると、不意に感じる視線。
「あれ? アデル?」
聞き覚えのある声に顔を上げる。一つ前の客が、買ったばかりのホットドックを頬張りながらキョトンとした顔でこちらを見ている。
「え? ラウル?」
「うわーっ、ほんとにアデルだ! びっくりした! どうしたの? こんな遠くまで」
思いがけない遭遇にアデルも驚きを隠せない。
「今日は仕事で。って言っても洗濯の方じゃないんだけど」
「ああ、聞いた聞いた。家庭教師と通訳の仕事始めたんでしょ? こんな遠くまで大変だねぇ」
「……」
この男はどこまでの情報を掴んでいるんだろう。
「は~い、お待たせぇ」
屋台の店主が焼きたてのドック差し出す。
代金を渡そうと手を伸ばすと、ヌッとつき出た腕に先を越された。
「なーにやってんだよ。こんなとこで」
振り返ると肩越しに見慣れたテオの横顔がある。あまりの近さに唇がその頬を掠めた…ような気がした。
「……っ!?」
慌てて顔を引くと、目の前に差し出されたドック。
「ん」
「あ…ありがと」
テオは慣れた様子で自分の分も注文すると、バクリと大きくかぶりつく。
「……? どうした。冷めるぞ」
「あ…うん」
(当たってない…? 気のせい……? ビックリした)
ほっと胸を撫でおろす。
その向こうでテオの耳が真っ赤に染まっていた事をアデルは知らない。
本日もお読み頂きましたありがとうございました。
書きためたストックが底をつきましたので、
少しの間お休みさせて頂きたいと思います。
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このあと、テオとアデルに少しばかりの進展があります。是非読んで頂きたい!
鋭利執筆に励みますので、次話以降もどうぞよろしくお願いします(^^)




