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30 ベルノルト②

「目的…ですか?」


あまりに突拍子もない指摘に一瞬思考が止まる。それなのに、手は無意識にタルトを口元まで運び、口は従順にパクリと頬張る。


「とぼけても無駄だぜ。どこの商会の探りだ? ハイントか? それともガルーダか? 今話せば悪いようにはしない。さっさと吐けよ」


もぐもぐと咀嚼しながら、とんでもない誤解だと思った。でもこれまでベルノルトが逃げ回っていた理由がなんとなく理解でき、同時に彼の人間性についても興味が湧く。うまくすれば職務完遂のきっかけがつかめるかもしれない。


「つまり私がスパイで、ゴドウィン家を探ってるって言いたいんですか?」

「そうだよ!それ以外に何がある。用心深い親父をどうやって誑かしたか知らないが、あきらめろ。時間の無駄だ」

「どうしてそう思うんですか?」

「は?」

「私をスパイだと思った理由です。なぜそう思ったのか」


逆に問いを投げ、更にタルトを口に運ぶ。サクサクのタルト生地とカスタード、それにフルーツの果汁が口の中で混ざり合い、心の中で天使がラインダンスを踊る。


「なぜって……ただの洗濯婦にしてはお前はおかしい所だらけだ。所作も言葉遣いもきれいすぎるし、今だってこんな高級店に連れてきたのに堂々と茶をすすってる。テーブルマナーも申し分ない。それに、ゴダード国内でも北の方でしか使わないような言葉をなんで話せる? 地元の人間ならまだしもお前は違うだろ? よっぼど意欲がないと身につかない言語を身に着け、親父の懐に入り込むなんて怪しまない方がおかしい」

「……」

「どうした? 図星だろう。反論できるならしてみろよ」


目だけ合わせたまま、もぐもぐと咀嚼していたタルトを名残惜しく飲み込む。フォークを置き、紅茶で口を湿らせ、ナプキンでそっと拭う。


「ベルノルトさんって、案外よく人を見てるんですね。ちょっと驚きました。ただの無礼な人かと思ってました。ごめんなさい」

「ああっ?!」

「やっぱり人を見かけで判断してはだめですね」

「お前…っ。喧嘩売ってんのか?!」


机を鳴らし勢いよく立ち上がったベルノルトに周囲がざわつく。


「落ち着いてください。心配しなくても私はただの洗濯婦ですよ。もしベルノルトさんが今後一切ゴドウィン家に係わるなとおっしゃるなら、今ここで解雇してもらっても構いません。何の情報も漏らさないと念書に署名もします」

「何を根拠にそれを信じろと?」

「お知りになりたい事はなんでもお話します。最終的な判断はベルノルトさんがしてください。それ如何(いかん)では警備隊に突き出してもらっても構いません」

「別にそこまでする必要は…っ…まあいい。取り敢えずお前の素性は?」

「今は友人の勧めでランクル村に住んでいますが、生まれはリムウェルです。ツテも身寄りもないので洗濯婦で生計を立てています」

「ランクル村?よりによってなんであんな田舎に…。どうせ住むなら王都の方が都合がいいだろう。若いなら尚更じゃねーの?」

「あまり人目につきたくなくて…って言っても悪いことした訳じゃありませんよ。家族は私が死んだと思ってるので…」


アデルは家門の詳細や貴族である事は伏せ、これまでの経緯を話せる範囲で詳細に話した。


「…ゴダード語は、元婚約者の家がゴダードと取引をしていたから、少しでも役に立つならと学びました。結局、披露する機会は逃しちゃいましたけど…。でもまあ、今お役に立ててるので結果オーライです」

「……いくつから?」

「はい?」

「学ぼうと思ったのは、いくつの時だ?」


おかしな質問だと思ったが正直に答える。


「十歳…だったと思います。これでも当時は必死で勉強したんですよ。ゴダード語って発音が難しくて…」

「…ああ。知ってる」

「……」


さっきまでの勢いを失い、ベルノルトが静かにつぶやく。


「あの…。私からも一つ、いいですか?」

「なんだよ」

「ベルノルトさんってゴダード語話せますよね?どうして分からない振りをしてるんですか?」

「……なっ!」

 

ベルノルトが慌てたように腰を浮かす。衝撃でガチャンと鳴った食器の音に、周囲の視線が再び集まる。


「な…なんでそう思うんだよっ?!」


倒れそうになったポットとグラスを押さえながらベルノルトを見る。


「職人さんたちの言葉が聞き取れてるなって思うことが度々あって……。さっきのハサミの時もそうでしたし」


作業場に現れたベルノルトはたくさんある色違いのハサミの中から何のためらいもなく″黄色″のハサミを選んだ。


「あとは、職人たちの何気ない冗談で吹き出したり、資料のページが入れ替わってるのを文脈から直したり。あと、ゴダードから届いた手紙を宛名を見ながら本人に手渡してたこともありましたよね?」

「………」


黙り込んだベルノルトが目の前で頭を抱える。よく見ると両耳が赤い。


「あと……」

「まだあんのかよっ!!」

「その粗野な言葉遣いと態度もあれですよね? キャラ作り?」

「………っ?!」


ガバッと上げた顔が予想以上に真っ赤だ。何か言いたそうにパクパクと口元が動く。


「言葉が…丁寧だなって思う時がちょくちょくあって。さっきも、ベルノルトさんなら『女』とか言いそうところ『若い女性』って言ってましたし。なんか引っかかるなぁって。他にも同じような違和感が度々あって……」

「……まじか」

「それと…」

「まだっ?!」

「さっきのエスコートも完璧でした」


入店時から今に至るまで、ベルノルトはさりげなくフォローし続けている。傍目には分からないかもしれないが、あからさまに態度で示す三流貴族なんかより余程自然で紳士的だった。


「かなり努力されたのかなって。私も昔そうだったから」

「……」


ベルノルトはガシガシと頭を掻き「はあっ」と嘆息を漏らすと、あきらめたような目でアデルを見た。


「そうだな…。お前の言う通り、俺はゴダート語が話せる。お前と同じだ。兄貴の右腕になれるよう必死で勉強したから…」


ベルトルトは姿勢を正すときちんと椅子に座り直した。その姿は紳士そのもので。アデルも背筋を伸ばすとベルトルトに視線を合わせた。



お読みいただきありがとうございました。

ストックがあと2話……。頑張ります。

明日もよろしくお願いします(^^)

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