26 ラウルと②
諸事情により少し早めの投稿です。
少しだけタイトルを変更しました。
「自分の価値…?」
そう言われて何のことか分からなかった。
「そう! アデルはさ、なんていうか……自己肯定感が低い!!」
「自己肯定感……」
聞き馴染みのない言葉。知らない言葉ではないけれど、面と向かって言われるのは初めてだった。
無意識に、グラスに添えていた手に力が入る。
「謙虚と謙遜って、似てるけど違うでしょ? アデルが本心から思ってることでも、他人からは嫌味に取られちゃうことって割とあると思うんだよね。自分の価値を見誤ると、無駄に敵を作ることにもなりかねない。言ってる意味わかる?」
「……」
「もちろん、どっちも悪い事じゃないよ。人として謙虚であることは美徳だし、謙遜は人生を生きやすくする。でも必要以上に遜る必要はないって僕は思うんだよね」
「そんなつもりはなかったけど…そんな風に見えてたって事だよね」
「人を正しく判断するって難しいから。アデルはもともと貴族の家のご令嬢でしょ? だから当然、それに見合うだけの教育を受けてきてる。その中でもかなり優秀な方だったんじゃないかな?でも今、アデルはただの平民で、文字すら習った事がないような人たちの中でこれからは暮らしていかなきゃいけない。そんな中で、アデルみたいに知識や教養を持った子が私なんて…って遜ったりしたらみんなはどう思う?」
ラウルの言葉に思わずハッと息を飲んだ。
今まで、そんな風に考えた事は一度もなかった。アデルの周囲には兄もアルベルトも含め優秀な人ばかりで、ピアノや詩に秀でた令嬢もいれば、乗馬や剣が得意な令息もいた。一芸に秀でる才がなかったアデルはとにかく努力を積むしかなかった。周囲に認めてもらうにはそれしかないと思っていたからだ。五年の空白期間で別のスキルを習得する事はできたけれど、それまでの学びはすべてが中途半端に終わっている。完ぺきではないそれらを他人に誇るべきではない、そう思っていた。でも…、
「……たぶんそれは…嫌な気持ちになると思う」
「うん、僕もそう思う。言い方は悪いけど、貧しい暮らしをしている人はそれなりの劣等感を抱えている場合が多い。アデルの態度を見てるとそういう人たちを刺激しかねないかも…っていうこれは僕の杞憂。不安の芽はなるべく摘んでおきたくて。ごめんね! ヤな事言って」
顔の前でパチンと両手を合わせて頭を低くするラウルに、アデルは慌てて首を横に振った。
「ううん! 自分じゃ気づけない事だったからはっきり言ってもらえてよかった。そうだよね……分かる、なんとなく……」
アデルはセシリアと対峙した時の事を思い出した。
本人に悪気がなくても他人の怒りに火をつける事はある。あの時のセシリアの言葉に怒りを覚えたのは事実だ。そんな対象に自分がなる事だって当然あり得るのだ。
「ありがとう、ラウル。言いにくい事なのに……ごめんね」
「いやいや、余計な世話を焼いた自覚はあるから」
「……ラウルはすごいね」
言いにくい事をきちんと指摘してくれる友人がいる事はとてもありがたい事だと思う。そんな人に出会えたことはアデルにとって幸せ以外の何者でもない。
「あ、そうでしょ? やっぱりすごいんだよね~ 僕って」
アデルの称賛にラウルがうんうんと頷く。
「そうやって気持ちよく褒めてくれたら、僕いくらでも頑張れちゃうんだけどさぁ。なのにテオはいっつも顎でこき使うし、フリーダはずっと冷たいし」
「フリーダ?」
「うん。僕の婚約者」
「え?! ラウル婚約者がいるの?!」
サラッと投下された爆弾に思わず大きな声が出る。
「あ、ヤバ…っ。余計なこと言っちゃった。う~んまあね、いるにはいるんだけどね…。あんまり男として見られてないというか、相手にされてないというか…。もしかしたら嫌われてるんじゃないかって最近思い始めてもいる……」
ラウルの独白に何ともいたたまれない気持ちになる。普段明るいラウルがこんなにジメジメと語り出すという事はよほどため込んだ何かがあるのだろう。
「口に出すと悲しくなるから、なるべく考えないようにしてたんだけど…」
高級ジュースをちびちびと口に含みながら聞いていると、不意に言葉が途切れた。不思議に思い顔を上げるとグラスの淵をクルクルと撫でながら、アデルを見ているラウルと目が合う。嫌な予感がした。アデルはサッと視線を逸らすと、気づかないふりをしながらグラスを持ちあげる。と、その手をガシッと掴まれた。
「よかったら……少しだけ僕の話を聞いてくれない?」
「……え」
逃がさないと言わんばかりの圧に、アデルは負けた。
その後、アデルはフルーツサンドとキウイジュース、それにパインのシャーベットという豪華接待を受け、ラウルの愚痴に日暮れまで付き合う羽目となった。
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