24 調査
「何かわかったか?」
重厚な机に肘をつき、テオが問う。
「はい。まずはアデルの着ていたドレスについてですが…」
対面に立つラウルが書面をめくりながら報告を始める。傍らには数名の男と男性服に身を包んだ女性らしき人物。
「……という事です。持ち出された経緯についての明確な情報は得られませんでした。申し訳ありません」
「まあ、そうだろうな」
アデルを逃したあの日。
深夜に戻ったテオが見たのは炎に包まれた屋敷だった。襲い掛かる手練れを躱し、切り伏せアデルの元に向かう。彼女を逃して間もなく、上がった火の手は周辺の小屋に燃え移り、すべての痕跡を焼き払った。うず高く積み上げられた労働者たちの死体と共に。
「あの場に雇われていた者のうち、生き残った数名に聞き込みましたが知ってる者はいませんでした。あの状況で嘘をつけるとも思えませんので、やつらが盗み出した可能性は低いでしょう。あなたの目もありましたし…」
「他に出入りできた者は……」
「娼婦たちを当たります」
間髪入れずに女性が答える。
「現場はすべて燃えてしまいましたし、現在はリムウェルの騎士団が調査に入っています。これ以上の立ち入りは厳しいかと」
リムウェル北西部、ソアブルと北のラクルド大公国に跨る森の奥地で見つかったアデルのドレス。現物を見る事は叶わなかったが、発見された諸々の装身具を鑑みてもおそらく彼女の持ち物で間違いないだろう。子どもの人骨まで用意する周到さから、狡猾な人間の仕業だと推測する。
「それからマクミラン公爵家についてですが、先月嫡男のアルベルト小公爵が正式に婚姻を結び、公爵位を継いだようです。夫人はセシリア。現オルコット男爵の実兄の娘だそうです」
「実兄の娘?」
「現オルコット男爵は先代の次男に当たります。嫡子だったミゲル氏は二十年前に失踪。家督は現男爵マーシャル氏に移りました」
「失踪理由は?」
「平民の女性と恋仲にあったとの噂もあったようですが真相はわかりません。元々真面目で勤勉な人物だったようです」
「娘はどういった経緯で男爵家に?」
「自身で名乗り出たそうです。ミゲル氏の名が刻まれた懐中時計を所持していたらしく、それが証拠となりマーシャル氏が引き取ったそうです。今では実の娘同様かわいがっていると」
オルコット男爵家。
元は大した財産もなく、さほど広くない領地で取れる作物と農民からの税収だけで細々と暮らしているような弱小貴族家だった。当代のマーシャルが男爵家を継いでからは、金融業を始め、あらゆる事業で成功を収め、その社会的信用度は王家も一目置くほどだという。人柄は温厚で、学校への投資や教会への寄付などノブレス・オブリュージュの精神を持った貴族の中の貴族だと平民の間でも評判が高い人物だ。
「小公爵……ではなく、マクミラン公爵とは、市井で暴漢に絡まれていたところを偶然助けられ、交流が始まったようですね」
「……」
「街で語らう二人の姿が良く目撃されていました。最も話題の中心は常にアデルだったようですが。聞き込んだ感じではセシリア夫人の方が熱を上げていたようです。公爵の方はただの友人だと話していたようですが」
「友人?」
「まあ…言いたいことはわかりますが…。真面目で純真な男のようですし、彼にはアデルしか見えてなかったようですから。その後アデルの死をきっかけに二人の関係も変化したようです」
「おい、アデルは死んでない。言葉には気をつけろ」
「……」
「なんだ?」
「いえ…別に。当時の状況を酒場の主人に確認したところ、その日の小公爵は相当酒に酔っていたらしく、周囲の客の手をかりてセシリア夫人と共に店を出たそうです。その後事に及び子を成したと…」
「……」
ラウルの言葉に、組んだ手に額を乗せて何かを考えていたテオが、フッと鼻で笑った。
「何かおかしな点でも?」
「…お前、どう思う?」
「何がでしょう?」
「勃つか?」
「……」
ラウルがチラリと隣を見る。彼女は正面を向いたまま微動だにしない。
「抱えられなきゃ店を出る事も出来ないような男が、急に復活して一発当てられると思うか?」
「あの…そう言う事はもう少し濁してもらえると…」
「私は気にしませんので。どうぞお続けください」
女性が間髪入れずに言う。
「少なくとも俺には無理だ」
「ではなにか裏があると?」
「さあな。中には強靭な男もいるだろう。あの優男がそうじゃないとは言い切れない。まあ、俺には関係ない話だ。アデルを泣かせた事だけは死んでも許さないけどな。……それより、ランクルの様子は?」
「今のところ問題はありません。アデルの実兄とそれに近しい者以外、彼女が生きている事は知りません。偽装は上手くいったようですし葬儀も無事に執り行われたようです。追手が迫る可能性は低いかと」
「油断するなよ」
「もちろんです。彼女の周辺は村の者に見張らせています。ご安心ください」
アデルを攫った黒幕は、テオの情報網を駆使しても特定には至らなかった。
当時アデルを拉致したのは、テオとも面識のある二人組の傭兵崩れだった。いくつもの闇ギルドを介して出された依頼。依頼主の特定を防ぐため国外のギルドをも経由し、更に実行犯も始末されていたことから、依頼主にたどり着くことは叶わなかった。
目的が見えない誘拐ほどタチの悪いものはない。アデルの件はまさにそれだった。
身代金を要求するわけでもなければ殺すつもりもない。五年もの監禁生活の間、外部からアデルに接触する者は一人もいなかった。
理由がわからず、先も見えない生活をただ送るだけの毎日は、大人であっても地味に精神を削られる。それを十三になったばかりの子どもに強いるのはあまりにも残酷な行為だ。そんな報復に値するだけの何かを、幼いアデルがしたとは到底思えない。
あの場において、ただ異質な存在でしかなかったアデル。
それでも彼女は泣き言は愚か、愚痴の一つも零したことはなかった。そんな彼女がいじらしく、何もしてやれない事が歯がゆかった。
彼女をあの場から連れ出し家に帰すことは容易かった。しかし事後を考えればそれは正解ではない。再び攫われる可能性がゼロではない上、次は殺される可能性も否定はできない。もし目の届かない所に連れていかれたら今度こそ守ってやることすら叶わない。
それなら多少の不便には目を瞑ってでも自身の目の届く所で守ってやりたい、そう考えたのは間違いなく己の欲だった。
テオはその場の全員に視線を送る。
「引き続き、調査は続けろ。彼女の時間を奪った人間を特定し必ず後悔させてやる」
本日もお読み頂きありがとうございました。
今回はテオ視点でした。
次話投稿は明日13:00頃を予定しております。
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