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23 趣味と実益

 テオと再会を果たした日から数日後。


「もう!  なんでそんなに頑固なわけ?!  試すくらいいいじゃん?!」

「ムリムリッ!  絶対無理!  あり得ないから!  絶対いや!」

「大丈夫だって!  悪いようにはしないから。俺が保証するって!!」

「ラウルの保証なんて当てになんないでしょうがっ?!」

「ひどい……っ!!」


 昼下がりのアデル宅。

 テーブルにはサンドイッチにクッキー、ケーキにマカロン、香り高い紅茶に、花瓶には香しい大輪のバラまで。まるで貴婦人のお茶会にでも招かれたかのようなごちそうが、所狭しと並べられている。


 ラウルの『お詫び』は、思った以上の物量でやってきた。


 そして、現在進行形で口論を繰り広げているのは、ラウルとアデル。その様子をテオとフェデリカが紅茶を啜りながら黙って見守る。


「もう…っ!  ラウルしつこい!!  これはただの暇つぶしなの!  お金を貰えるような物じゃないんだってば!!」


「そんなことないって!  この出来なら銅貨三十……いや五十枚で買い取ってもらえるよ!」


「銅貨五十…っ!?  ありえない……っ それじゃ私、なんのために働いてるの……?」


 二人が何を揉めているかというと……。


 屋敷を出る際、小さなトランクに詰めて持ち出した僅かな私物。お気に入りだった筆記具に少量の衣類、本、それに大切にしていた裁縫箱。その中には数枚のシルクの生地と刺繍糸、それにレース糸が入っていた。

 習った当時のまま放置されていたそれらを、夜の余暇を使って仕上げたハンカチがこの口論の原因だ。


「いや、あるね!  絶対ある。ねえぇっ!!  二人とも黙ってないで何とか言ってよ!」


 急に矛先を向けられ、テオが仕方なさそうにその中の一枚を手に取る。


「確かにいい出来だとは思うが……フェデリカはどう思う?」

「私はすごくいいと思う。アデルってば、こんな才能もあったのねぇ。素敵」


 フェデリカの両手がアデルの両頬を包み込み、チュッと額にキスを落とす。


「だよね?! ほらぁ!!」

「ダメだってば! これは売らないの!」

「なんでそんなに嫌がるんだ?」


 頑ななアデルにテオが首を傾げる。


「だって……っ」


 アデルはテオの手からハンカチを奪い取ると、目の前で指を指しながら説明を始めた。


「よく見て! ここ…ステッチが均一じゃないでしょ? このバラだって隙間が開いてて不格好だし、葉っぱも微妙にきれいじゃない…っ! わかるでしょ?!」


「わか……るか?」


 お手上げと言わんばかりにテオがフェデリカを見る。フェデリカは自身のハンカチを取り出すとアデルのものと見比べながら答えを導き出す。


「これ、私の持ってる中ではかなりいい物なんだけど、比べて見ても遜色はないと思う。むしろアデルの方が図案も複雑だし色味も多いし、飾りレースも繊細に仕上がってる。商品価値はこっちの方が高いんじゃないかしら?」


「お前のそれ、いくらしたんだ?」


「貰い物だから買値はわからないけど、店頭でよく似たものが銀貨三枚だったわ」


「ほらぁ!!  聞いたでしょ!!  僕ね、こういうのの目利きは得意なんだって。モノは試しって、ね?  悪いようにはしないから、ね?!」


 詐欺師のような口ぶりに、アデルは見えない全身の毛を逆立てて威嚇する。見かねたテオが、ため息混じりに助け舟を出す。


「アデル。信じられないかもしれないが、こいつの見る目は悪くない。元々しつこい奴だけど、ここまで食い下がるのも珍しい。一度だけチャンスをやってもいいんじゃないか?」


「……うううっ」


 納得いかない顔で呻いていたアデルだが、テオの一押しで観念したように盛大にため息をついた。そうして完成していたハンカチをグイっとラウルに押しつける。


「……わかった。とりあえず持ってって。断られたらラウルの好きにしていいから」

「オッケーオッケー。じゃ、ちょっと行ってくる!」

「え?!  今から?!」

「アデルの気が変わらないうちに。じゃ、またね!」

「あっ…え…っ?」



 そそくさとハンカチをまとめると、ラウルはグイっと紅茶を飲み干しこちらに手を振ると、あっという間に出て行ってしまった。


「まぁ…いいんじゃないか?  お前だって収入が増える分には困らないだろ?」

「そうだけど…」

「それにしてもほんと上手ねぇ。誰に習ったの?  お母様?」


 手を付けたばかりの刺繍枠を手に取りフェデリカが聞く。


「基本的なステッチは母だけど、母はあまり刺繍が得意じゃなかったから。その後は上手な人の作品を参考にして独学で勉強したの」

「独学…」


 フェデリカが驚いたように息を漏らす。


 きっかけはアルベルトの母だった。彼の家で見た刺繍があまりに美しく一目で虜になった。既に故人のため教えを乞う事はできなかったが、どうしても同じようなものが作りたくて色んな指南書を読み漁り、図案を取り寄せて研究した。その結果がこれらな訳だけど、当然のことながら今でも彼女の足元にすら及ばない。


「これはリムウェルの?」


 図案の束をめくりながらテオが聞く。


「そう。あとはこっちに来てから私が描いたのがいくつか。ソアブルとリムウェルじゃ少し傾向が違うから、それぞれを取り入れたら面白いんじゃないかと思って…」


 一人で過ごす夜の時間はとても長い。節約のため、早く寝る事を心掛けてはいるものの、そうすんなりと眠りにつける日ばかりじゃない。手元の本も繰り返し読めば飽きるし、新しい物を買う余裕はない。紙は本に比べれば安価だし、何より新しい物を考えだすのはとても楽しい作業だ。


「アデルのデザインとても素敵よ。私も欲しくなっちゃった」

「いいですよ。まだ生地も残ってますから。どんなのがいいですか?」


 女同士の会話に花が咲く。

 その様子を横目にテオは少し冷めてしまった紅茶に口をつけた。

本日もお読みいただきありがとうございました。

次話投稿は明日13:00頃を予定しています。


今後ともよろしくお願いします

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