22 「テオ」という人
「そうだ、ねぇテオ!昨日村の人から鶏肉と牛乳を頂いたの。よかったら夕飯食べて行かない?」
アデルが振り返りながらそう聞いた。その笑顔を見て、テオの顔にも自然に笑顔が浮かぶ。
「おう! 食べる食べる! お前のシチュー、久しぶりだな」
「よかった! じゃあテオの用事が済んだらうちに寄って。待ってるから」
変わらない。
どんな状況であってもアデルはずっと変わらない。
今も、捕らわれていた時も、幼い頃からずっと…。
テオはグッと拳に力を込めた。そうして顔を上げると、小走りにアデルの後を追いかけた。
◇■◇
「どう? おいしい?」
アデルが三杯目のシチューを皿によそう。答えは聞かなくても分かり切ってるが、作った者としてはとりあえず安心を得たい。
大きく頷きながら、無言でスプーンを口に運ぶテオ。よほど口に合うのか、それともかなりの空腹なのかはわからないが、その姿は見ていて気持ちが良い。アデルはワインの入った木製のカップに口をつけるとフフッと小さく笑った。
それほど広くはないテーブルの上に所狭しと並んだごちそう。ワインにチーズ、それに果物。シチューに合うパリパリのバケットまで。用事を済ませて訪れたテオは.それらを両手いっぱいに抱えてやってきた。
さっきまで会っていた依頼人が持たせてくれたと言うが、果たしてこの近くにそんな裕福な人がいるのだろうか。これまで積極的に聞いたことはないが、テオには相変わらず謎と秘密が多い。
「いい村だね、ここ」
腹が満たされいい具合に酒も回った頃、アデルはそう呟いた。
左手で頬杖をつき、右手でカップの淵をクルクルとなぞっていたテオが少し眠そうな顔でチラリとこちらを見る。そしてほんの少し口角を上げ、ゆっくりと口を開く。
「まあな……。何にもない村だけど、住民はバカみたいに人がいい。母親が死んだ時もみんなで面倒見てくれた。もう十五年も前の話だけどな」
「そうなんだ。じゃあ今は……?」
「……今は王都に。耄碌した親父とろくでなしの兄貴、それに生意気な妹が一人ずつ、同じ敷地に住んでる。滅多に顔は合わせないけどな」
初めて聞くテオの昔話だった。
「俺は…私生児ってやつでさ。母さんが死んですぐ親父に引き取られた。訳も分からず連れていかれて急に知らない家族が出来た。こっちからすればいい迷惑だ……」
腕を枕に、うとうととまどろみ始めたテオ。常に強者で隙のない彼の、こんな無防備な姿を見るのは初めてだった。普段より幼く見える、なんて言ったら怒られるだろうか。
「なんでほっといてくれないんだろうな…。兄貴がいれば、俺なんか必要ないだろ。そうしたらもっと…自由に生きられたかも…しれないのに……」
ぽつりぽつりと零れる言葉には、うら悲しい彼の心情が見え隠れしているようだった。アデルの心に固く閉ざした闇があるように、彼の心にもそんなモノが存在するのかもしれない。人は生涯、なんの障害もなく生きていける訳じゃない。多かれ少なかれ心に傷を負う事もあるだろう。
この地に生まれたテオがどんな経緯で傭兵になり、今を生きるのか、その中でどんな思いを抱えているのかはアデルにはわからない。だからと言ってそれを聞き出すつもりは毛頭ない。触れられたくないものは誰にだってある。
アデルは身を乗り出すと彼の頭にそっと手を乗せた。
「…なんだ?」
「……ほめてあげようかと思って。テオはよくやってると思うよ。えらいえらい」
頑張っている時にテオがいつもしてくれた事。それが嬉しかったから、アデルもそれに倣う。
柔らかくはないが、艶やかな髪。仕事がらもっと荒れていてもよさそうな髪は思いのほか手入れされている。そのまま撫でていると、ゆっくりとテオの瞼が閉じる。
幼子のようにされるがままの様子が、まるで猛獣を手なずけたかのようで思わず笑みが漏れた。そんなアデルの気配を察しトロンと潤んだ瞳が再びアデルを見た。
「気持ちいいな……これ」
「そうでしょ? テオは背が高いから。かがんでくれたらいつでもやってあげるわ」
宝石のような金色の瞳がスッと弧を描く。そのままゆっくり瞼を閉じると、テオはスースーと寝息を立て始めた。
■◇■
「ごめんねー、アデル! こんな時間まで酔っぱらいの相手させちゃって」
迎えに来たラウルが、顔の前で両手を合わせる。テオはラウルが連れてきた屈強な男たちに担がれ、荷馬車へと運ばれていった。
「よくここにいるってわかったね」
「…まあそこは、いろいろとね……」
ははっと笑いながら言葉を濁すラウル。彼もまた、テオと同じく謎が多い男だ。
「それにしてもよく飲んだね~。いつもは絶対こんなに飲まないのに。しかも寝ちゃうなんてありえない」
テーブルの上の空き瓶を見てラウルが驚く。
「だよね。私も初めて見た」
「よっぽどアデルに気を許してるんだね~?」
「そうかな? それなら私も嬉しいけど」
「えっ?!」
なぜかラウルが声を上げ、ぱぁっと顔を輝かせる。
「……どうしたの?」
「いや、別に? ……そっかぁ、嬉しい…そっかぁ」
ブツブツと呟くラウルがなぜか楽しそうだ。
「……?」
テオとは違う意味で謎を抱えた男ラウルが、アデルの肩をポンポンと叩く。
「このお詫びは近いうちに改めてするから、ね?」
「え、いいわよ。そんなの」
「いやいや。口実は作らないとでしょ?」
「口実?」
「…ん?いや、なんでもない、独り言。じゃあ、今日の所はこれで」
傭兵というには妙に品のあるボウ・アンド・スクレープとウインクを置き土産に、ラウルは荷馬車と共に夜の闇に消えて行った。
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次話投稿は明日13:00頃を予定しています。
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