21 選択と洗濯②
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「えーと、ドリスさんのベーコンとチーズ、それにリンネルの生地でしょ…グレタさんから頼まれた小包は受け取ったし、リンゴに香辛料、お酒に塩、インク、あとは…」
村の人たちに頼まれた物を一つ一つ確認する。過疎が進むランクルは年配者が多く子どもは少ない。
産業の軸となるものが乏しいため、働き手世代の多くが街に出るか出稼ぎに行くかの二択を迫られるためだ。一番近い街まで徒歩で一時間、老人の足ではなかなか腰も上がらない。そのため、毎日街まで仕事に通うアデルは彼らの足になることを申し出たのだ。
「あっ、刺繍糸も欲しかったんだ」
買い忘れに気づき立ち止まる。一旦荷物を置きその中身を見つめる。
(今日はいいか…。今から戻るのもちょっとね)
行きは空っぽだった買い物かごが今はパンパンに詰まっている。
これからの長い道のりを考え、その重量に思わず尻込みした。
(まあ、休み休み行けば何とか……)
覚悟を決めてかごを持ち上げようとした瞬間、ひょいッと横から伸びた手にかっさらわれた。
「おい……なんだよこの荷物。底が抜けんじゃないのか?」
顔を上げると黒髪の青年がひどく驚いた顔で立っていた。
「テオ!」
ニか月ぶりに会った青年は、がっしりとした肩で荷物を担ぎ上げた。
「まさかお前、これを持って村まで歩くつもりだったんじゃないよな?」
驚いた顔が、あきれ顔に変わる。そうしてはぁ、とため息をつくとアデルの肩に掛かった大きな袋も取り上げた。
「ちょうど村に行くつもりだったから運んでやる。全く…お人好しなのも大概にしろ」
「へへ……ありがと」
中身から察したのかテオが窘めた。馬に荷物を括りつけ、村までの道のりを並んで歩く。
「そういえば、仕事を始めたらしいな」
通りがかりに買ってもらった串焼きを頬張っていると、テオがそう訊いてきた。
「……うん。そうなの。いい職場が見つかって本当によかった」
香ばしい肉の塊をもぐもぐと咀嚼して飲み込んでからそう答えると、テオが何とも言えない顔でアデルを見つめた。
「なに?」
「…よりによってなんでそれなんだ? お前だったら他にもっといい働き口があっただろう」
テオが言うそれ。
「だって、自信をもってできる仕事ってそれくらいなんだもん」
「一日銅貨二枚。この辺の最低賃金だぞ。そんなんで生活できてんのか?」
早朝から昼過ぎまで拘束されて、リンゴ二つと同等の日当。学のない女性たちが仕方なく選ぶ職種だがアデルはあえてそれを選んだ。
「あ、それがね。なんと先週、銅貨三枚にあげてもらえたの。すごいでしょ? 二カ月で昇級よ。あ、褒めていいわよ?」
「……」
嬉しそうに自慢するアデルにテオは言葉を失う。
職業紹介所に張り出されていたいくつもの求人。上に行くほど賃金が高く、スキルが必要となる職種が並んでいる。所狭しとピン留めされた張り紙を眺めているうちにアデルの瞳は次第にキラキラと輝きだした。
世間にはなんて多くの職業が存在してるんだろう。
今まで気にも留めなかった現実を知り、アデルの心は高揚した。
パンを買うためには売る人が必要であり、売るためには作る人が必要となる。作るためには材料が必要で、小麦、卵 牛乳……それぞれに生産者が存在する。運ぶ人、粉を挽く人、粉を挽く建物を作る人……。パンという食糧の一つのために、これだけの人が係わっていることに胸が高まる。これまで何の疑問も持たず当たり前に生きてきたことが、何だか勿体なく感じた。
ずっと壁に張り付いたまま舐めるように張り紙を見つめているアデルを、同じく職を探しに来た人たちが奇異の目で見つめる。
そんな中、アデルは壁の一番下に張られた求人に目を止めた。
《洗濯婦募集》
張り紙にはそう書かれていた。
この地域では唯一となる洗濯業者は、この街で一、二を争う豪商が営む独占業種だ。
利用システムは簡単で、持ち込まれた品物を店舗で仕上げて戻すか、直接洗濯婦を現場に派遣するかのいずれか。前者は商人や裕福な市民が利用し、後者は裕福な商家や貴族が依頼する。賃金は基本日払いで銅貨一枚もしくは二枚。派遣の方が少しだけ日当は高い。
「本当は店舗勤務が良かったんだけど、そっちは人がいっぱいだって言われちゃったの。今は市街の商家に派遣されてるわ」
アデルの派遣先は装飾品の流通で財を成した商家で、比較的大きな邸宅だった。住み込みの使用人も多いため洗濯婦の人数も多く必要となる。
「銅貨三枚で満足してるのなんてお前ぐらいだぞ。もう少し欲を持てよ」
「欲は十分あるつもりだけど」
「どこがだよ」
テオの言い分は最もだった。でも、
「今はまだ、これでいいの」
「なんでだ?」
納得いかない顔でテオがアデルを見る。
「テオのおかげで再出発できたんだから、折角なら一番下からのし上がるのも悪くないかなって思って」
アデルの言葉にテオの目が大きく開く。
「これ以上下はない!ってとこから始めればあとは上を目指すだけでしょ? まだ若いんだし、自分の力でどこまでやれるか、どこまでのし上がれるか試してみようって、そう思ったの。そう考えれば楽しいでしょ?一生をかけたゲームみたいな?」
「……」
「…ん? どうしたの、テオ」
急に立ち止まり、両手で顔を覆うテオにアデルが聞く。
「……俺はお前がまぶしいよ」
「あははっ!何よそれ」
声を上げて笑うアデル。歩みを止めたテオに代わり、手綱を握ると馬に何かを話しかけながら歩き出す。その後ろ姿をテオは目を細めて静かに見つめた。
「一生がゲーム…。そう考えられたら、俺も少しは楽になれるんだろうな…」
そう独り言ちた。
本日もお読みいただきありがとうございました。
次話投稿は明日13:00頃を予定しています。
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