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20 選択と洗濯①

本日二度目の更新です。

「アデル様。私たちはここまでです。どうかご無事で」

「ここまでありがとうございました。皆様もどうかお気をつけて」


 アデルが丁寧に頭を下げると、二人の騎士が顔を見合わせクスリと笑う。


「アデル様、私たちは()()()()()()のです。これから大怪我をしなければなりませんので」

「そうですよ、私なんか死ななきゃいけないのに」


 御者台の男も、楽しそうに笑いながら話に乗っかる。


「あっ、そうでした。でも……どうかお気をつけて」

「ええ、承知しております」


 これから北へ向かう三人と、西の国境へ向かうアデルはこの分岐での別れとなる。


「ここからはそちらの馬車にお乗り換えください。信頼のおける御者で腕もたちます。どうぞご安心ください」


 家門の入った先ほどまでの馬車(キャリッジ)と違い、用意されていたのは庶民用の馬車(ワゴン)。御者台では体の大きな男が一人、胸を張りニカッと笑う。


「乗り心地はよくありませんが、しばしご容赦を」

「問題ありません。戻ったら兄に礼を伝えてください」

「承知しました。必ず」


 この旅のすべての手配をしてくれた兄に感謝しつつ、アデルは馬車に乗り込む。

 馬車が出発すると、アデルは先ほど別れたばかりの兄に思いを馳せた。





 三日前、アデルは兄にはすべての事情を話した。父の言、テオとの再会、亡命の誘い。兄はすべてを聞き終えるとアデルに選択のすべてを委ねた。アデルの心は決まっていた。アデルの中で選択は一つしかなかった。



『アデル=ロウェルはシュベールに向かう途中の森にて、賊に襲われ命を失う』



 兄の立てた筋書きはこうだった。

 まさか二度も殺されるとは思ってなかっただけに、少しだけ複雑な気持ちになる。

 だが私の知らない五年間の家族の事情を知る兄は、この作戦以外の選択を許さなかった。兄がこんなに冷たく切り捨てるのだからよほど腹に据えかねる何かがあったのだろう。


 準備はすべて兄が整えてくれた。アデルがしたことと言えば、トランクへの荷づくりと屋敷のみんなへのお別れくらい。


 兄から譲り受けた焦げ茶色のトランクの中には、入れ子状にキャメルのトランクを収めた。中身は着替えと裁縫道具、兄がくれた当面の生活費と筆記具に、祖母から贈られた本が数冊。小さなトランクにはそれが精一杯だった。



 そして当日。


 見送りは家族以外の者が中心だった。事情を知らない彼らは再びアデルの死に心を痛める事になるだろう。それを思うと心苦しかった。アリスの気遣いに涙がこぼれそうになるのを必死に耐えた。私と兄にしかわからない別れの言葉。理解したのは事情を知るマーカスだけ。


 時が経ち、いつかまた兄に会える日が来るかもしれない。

 そんな日が来ることを願い、アデルは思い出深いロウェル家を後にした。




 ◇■◇





「おはよう、アデル。今から仕事かい?」


 早朝、家畜の世話をしていた村人がアデルに声をかけた。


「おはようございます、ドリスさん。今日は必要なものはありますか?」

「ああ、アデル! ちょうどよかった。街まで行くんだろ?頼まれてくれるかい?」

「おはよう、グレタさん。もちろんいいですよ」



 アデルがこの地に移り住んで二カ月が過ぎた。

 ここはリムウェルの隣国、ソアブルの南に位置するランクルという小さな村。特にこれといった観光資源があるわけでもなく、突出した名産品もない。周囲を森に囲まれ、主な生計は狩猟と農業。自給のため、わずかな家畜を飼う程度ののどかな場所だ。

 ここを治めるのは、この地で何代も続くデリス伯爵家。当代の当主は、貧しい領民から無理な税を取り立てるようなことはしない懐の深い人物で、アデルの移住も思いのほか簡単に許可が下りた。


 兄にはこの地に着いてすぐに、指示された商会を通じて手紙を送った。忙しい兄の事だから返事はあまり期待していなかった。が、数日後、思いがけない速さでそれは届いた。周囲の状況などには一切触れず、ただ一言、


「困ったことがあれば、いつでも言え」


 それだけが記されていて、アデルは思わず吹き出した。兄が変わらず兄だった事が嬉しかった。



 ◇■◇



「家はここを使え。築年数は古いが改修は済んでる。家具もある程度揃ってるから、そのまま使ってくれて構わない」


 村についてすぐテオに案内されたのは、村はずれの一軒家だった。

 赤い三角屋根がかわいい山小屋風の家屋。空き家だったなんて思えないほど、屋内は整備され家具や備品が充実していた。


「しばらく誰も使っていなかったら、もっと荒れていると思ったけど、案外片付いているな。なあ、ラウル」

「……」


 なぜか死んだような目をして返事をしないラウルの足をテオが思い切り踏んづけた。


「……っいったぁ!!!」

「そうだよな?」

「……そうです。そのとおりです」


 涙目になりながらなぜか敬語でラウルが返す。


「あの…大丈夫?ラウル」

「全然大丈夫……」


 全然大丈夫そうではないが、テオは全く気にしていない。


「あの…ここって……」

「俺の生家だ。今はもう誰も住んでない。だから気兼ねなく使ってくれ」


 改めて室内を見る。


「明日はフェデリカを寄こす。これからの事は彼女に相談するといい」

「えっ?フェデリカさん?」


 思いがけず彼女の名を聞き思わず聞き返した。


「ああ。アイツの家もこの近くなんだ。顔も広いから色々聞くといい」

「そうなんだ……」


 慕っていた彼女が傍にいる事が何とも心強かった。


「俺はしばらく国を離れる。当分様子は見に来られないけど、お前なら大丈夫だろう。村のやつらもお節介なくらい親切だから、困った時は何でも言え」

「仕事?」

「ああ、北にちょっとな。短期の予定だから二カ月くらいか。その頃また様子を見に来るよ」


 テオの手がポンとアデルの頭に乗る。


「いろいろありがと。全部テオのおかげ」

「……ああ」


 撫でる、ではなく頭を掴まれグイグイと揺すられる。


「がんばれよ」


手が離れ見上げると、テオがほほ笑んでいた。

それを受けてアデルも笑顔で頷いた。

本日もお読みいただきありがとうございました。

次話投稿は明日13:00頃を予定しています。


とうとう再出発です。



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