2 運命の日
本日二度目の投稿です
その日はアデルの十三歳の誕生日だった。
屋敷では盛大なパーティーが開かれ、多くの招待客が祝宴を楽しんでいた。侯爵家の長女として生まれたアデルは、同世代の令嬢令息の間でも特に慕われる令嬢の一人だった。もちろん家柄もその一端ではあるが、何よりそれをひけらかすことのない謙虚さと優しさ、目上であろうと間違ったことを正すことのできる堂々たる姿勢が皆の好感を呼び、憧れの存在として認識されていた。
年毎ごとに規模が大きくなるパーティーに多少思うところはあったが、両親の気持ちを無下にはできず、自慢の娘として尽力した。招待客に挨拶を済ませ、友人と会話を楽しんだ後、アデルは婚約者であるアルベルトのエスコートで自室に戻った。
アデルより四つ年上の婚約者はとても穏やかで優しく、誠実な人だった。数日前、王室の近衛騎士団に最年少で任命されたばかりの公爵家の嫡男は、アデルにとって誰よりも大切な人だった。
扉の前で彼と別れ、着替えのために部屋に入る。準備が整うまで待つという彼の提案を幸せな気持ちで断る。待っていられると落ち着かないし、彼にも友人との時間を楽しく過ごしてほしかったからだ。
それにこれは、本日三回目のお色直しだ。どうしても一つに絞り切れなかった母の願いを断ることができなかったとはいえ、都度部屋の前で待たせるのはどうしても気が引けた。
ドレスルームにはトルソーにかけられたミモザ色のドレスが美しく輝いていた。周囲の静けさが気になり無意識に辺りを見回す。着替えを手伝ってくれる専属メイドの姿がなぜかない。誰かに呼ばれたにしても、五人同時に席を外す事があるだろうか?多少の違和感を拭えぬまま、婚約者から贈られたラベンダー色のドレスのリボンに手をかけた。
その時だった。
背後から回された何かがアデルの口を塞いだ。
ゾクりと背筋に悪寒が走る。振りほどこうともがく体を羽交い絞めにされ、体が宙に浮いた。男は二人いた。一人が体の自由を奪い、もう一人が布で口を覆う。鼻をつくアルコールのような匂いに慌てて息を止めたが、それも長くは続かなかった。吸い込んだ空気と共に何かが胸に、そして頭に徐々に浸透する。意識が次第に遠のく。
瞼が落ちる間際、ぼんやりと何かが視界に入った。それは無残に殺された五人のメイドの、血まみれの姿だった。
■□■
目が覚めたアデルが最初に見たのは、知らない場所の天井だった。
繊細な模様が施された天井は埃にまみれ、あちこちに蜘蛛の巣が張り巡らされている。
口にはぼろ布を割いて作ったであろう猿轡が噛まされ、呼吸をするたび鼻をつく嫌な匂いが漂う。外そうと右手を上げると、なぜか左手もついてきた。両手首は細い縄できつく結ばれ動かすたびに皮膚が擦れた。動かした足は重く、見れば頑丈な鎖で繋がれている。
何が起こったんだろう。
アデルはぼんやりとした頭で考えた。
少し前まで、華やかなパーティー会場で皆に囲まれて笑っていた。
きれいなドレスを着て、たくさんのプレゼントを貰い、友人やアルベルトと楽しい時間を過ごしていたはずなのに…。
混乱した頭で周囲を窺う。同時に、これから自分がどうなるのか、いったい何をされるのかを考え、不安と恐怖に体が震えた。粗末なベッドの端に身を寄せると無意識に小さく体を縮める。今のアデルが己を守る手段はそれしかなかった。
「おい、ガキはどうしてる?」
不意にドアの外から声が聞こえた。これまでの人生で一度も聞いたことのない粗野な口調。アデルは慌てて体を起こすと身構えた。おそらく自分の事だろうと力が入る。
「さあな。まだ眠ってんじゃねーか?」
「呑気なもんだぜ。叩き起こすか」
「よせよ。泣いて騒がれたら面倒だ」
「違いねぇ」
三人の男の声。
「でもなんなんだ、あのガキは。そっちはウチの生業じゃねーだろ?」
「さあな。どっちにしろ、金さえもらえりゃ文句はねぇ。いちいち気にするな」
「そういうこった。まあ、なんだ…。せっかく大金にありつけたことだしよ…、俺はちょーっと野暮用済ませて来っから。お前ら、ちゃんと見張っとけよ」
「あっ!キタねーぞ!オレだって最近ご無沙汰なのに!」
「うるせーなぁ!!今日はフェデリカが来てんだよ!あんな小僧に独り占めされて黙ってられっかよ!!今日こそ一発ぶち込んでやる」
「がははっ!!無理無理~。お前なんか相手にされるわけねーだろ!自分のツラ見てからもの言えよ」
「うるせーっ!!とにかくお前らはガキを見張っとけ!目を覚まして騒ぐようなら薬使え。まあ頬の一つも張り飛ばしゃあ、静かになると思うがな」
「「ガハハッ」」
大声で笑う会話に身がすくむ。
絶望に震える体で、アデルは己の運命を呪った。
お読みいただきありがとうございました。
次話投稿は21:00とさせていただきます。