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18 生きるために

連日のブックマークありがとうございます(^^)

「あ、やっと戻ってきた」


 真剣な顔つきでこちらに向かってくるテオは、なぜか静かに黒いオーラを纏っている。


「あれ? もしかしてめっちゃめちゃ怒ってる?」

「怒ってる。この件に係わった人間のはらわたを引きずり出して、切り刻んで獣の餌にしてやりたい程度には」

「何それ…… 凶悪過ぎるんですけど…」


 幌馬車の荷台にテオを押し込み、ラウルが手綱を引く。


「アデルが当時着ていたドレスについて調べてくれ」

「は…? あの紫の?いやいやいや、どう考えても無理でしょ。何年経ってると思って……」

「マクミラン家についても調べろ。ついでに現婚約者の女も。セシリアという男爵令嬢だ」

「…まったくもう……。相変わらず人使いが荒いんだから……」


 有無を言わさぬその様子に空気の読める男は素直に従う。反論したいのはやまやまだが今はボヤくにとどめておく。


「とにかく一旦戻ろう。騒ぎになるとまずい」

「ああ…」


 カラカラと幌馬車の車輪が回転を速める。誰もいない夜の街道を、馬車は闇の中に消えていった。



  

◇■◇




「あら、アデル。ちょうどいいところで会ったわ。これあげる」

「こんばんは、フェデリカさん。いつもありがとうございます」


 監禁されて一年が経った頃。

 ここでの生活にも随分慣れたアデルは、少しの間なら部屋の外に出られるようになった。足枷と重りは相変わらず煩わしく、行動範囲はせいぜい炊事場と洗濯場の往復のみだったが、それでも部屋から出られるのは嬉しかった。


 一年が経過して尚、ここがどこなのか見当すらつかない。いつも親身になってくれるテオも、契約上の守秘義務とやらでそれだけは絶対に口にしなかった。雇われ傭兵の身でそこまでアデルに肩入れする必要はない。それはアデルも承知しているし、彼を困らせるつもりは毛頭ない。


 背後を山、周囲を森に囲まれたこの場所は、アデルが知りうる場所では到底なかった。国内であれば国境近くの辺境、もしくはどこかの廃領地と言ったところか。そうじゃなければ国外の可能性もある。あれこれ想像を巡らすも結局場所の特定には至らなかった。


 それでも慎重に生活していると、分かることもある。

 アデルが監禁されているこの建物。そこそこの大きさはあるが、部屋数から見ても高位貴族の屋敷というにはかなり規模が小さい。首都であれは末端子爵の邸宅、地方であれば伯爵クラスの別荘、もしくは豪商の別邸と言ったところだろうか。

 内装については、持ち主に然程(さほど)拘りがなかったのか、まるで統一性が感じられない。一つ気付いたのは、祖母の時代に流行ったと言う様式が使われていた事。柱や窓の形状から見ても、百年以上の歴史がある建物ではないだろう。長くて半世紀、傷み具合から見ても数年前まではきちんと手入れがされていたのでは、と想像がつく。


 ここにはアデルと、テオの率いる傭兵団の数名、それにガラの悪い男たちが集団で生活している。傭兵たちは定期的に運び出される荷物の運搬と護衛、それ以外の男らは外にある小屋の監視が主な仕事のようだった。


 小屋というのは、窓越しに見える数戸の小さな建物の事だ。それらはあばら家と呼ぶのに相応しい粗末なもので、一戸に付き十人前後の男たちが暮らしていた。足にはアデルと同じく足枷と重り、服は着の身着のまま、皆一様に顔色が悪く、常に疲れた顔をしていた。

 直接顔を合わせるのは、食事を取りに来る決まった数名だけ。会話は禁じられているためもちろん話したことはない。

 小屋の住人たちは決まって朝早くどこかへ出向き、日暮れ過ぎ、ひどく疲れた様子で戻ってくる。どこで何をしているのかは知る由もない。


 この一年で把握できたのはたったそれだけ。あとはここに続く道が正面の一つだけだという事と、定期的にやってくるマントの男がここを取り仕切る人物だという事。





「まだ仕事なの?」

「はい、後片付けと明日の仕込みがあるので」


 一ヶ月程前から、アデルは炊事場で働くようになった。ただ食事を与えられ眠るだけの、家畜のような生活はアデルには耐えられなかった。自ら男たちに訴え、テオの圧力を味方にアデルはなんとか部屋から出る事に成功したのだ。アデルを襲った男はあれ以来姿を見かけない。その裏にテオがいる事を何となく察したが、あえて触れる事はしなかった。


 今では日に二回のスープの仕込みとパン作り、全ての片づけを任されている。新しい事を覚えるのは楽しかったしできる事が増えるのは純粋に嬉しかった。それがたとえ下働きの仕事であってもだ。毎日寸胴鍋四つ分の仕込みは、中々にハードだったがやりがいは常に感じていた。


「洗濯番も始めたんでしょ?こんなに手が荒れて…かわいそうに」

「部屋に閉じこもってる方が苦痛だったから…今の方が気か楽です」


 フェデリカが労るような顔でアデルを見る。


「とりあえずこれ食べて、あとこれもあげるわ」


 包みを開き、中のクッキーが一つ口に押し込まれた。素朴な甘みが口の中に広がる。


「おいひいでふ。すごく」


 硬くて甘みの少ないそれは、ぼそぼそとして口当たりはかなり悪い。アデルが知っているバターがたっぷり入ったサクサクのクッキーとは比べ物にならないが、今はこれが一番の贅沢だ。ポケットに押し込まれたのはおそらくハンドクリームだろう。いつもアデルを気遣ってくれるフェデリカの優しさがなにより嬉しかった。


「テオはいる?」

「はい、いますよ」


 アデルがドアを指さすと、まるで計ったかのようにドアが開き、テオが顔を出した。


「遅いぞ、フェデリカ。早くしろ」

「もう…慌てないで、テオ。せっかちね」


 テオがフェデリカの腰に手を回すと、こめかみに口づける。二人は見つめ合いながら部屋の中に消えた。


 フェデリカは娼婦だ。

 彼女を含め何人かの女性が、毎週末ここを訪れては男たちを慰めていく。フェデリカはその中でも特に美しい容姿を持った女性だった。こんな山奥に出向かずとも王都で屋敷を構える高級娼婦(クルチザンヌ)にでもなれそうな知識と教養を持っていたし、アデルのような少女の目から見ても、艶やかで魅力のある人だった。

 フェデリカは、ここではテオの専属だった。他の男には目もくれない。テオもまた他の娼婦を部屋に入れる事はなかった。


 部屋の中でどんな行為が行われているのか、アデルだって全く知らないわけじゃない。初めの頃こそ、各々の部屋から漏れ聞こえる音と声に驚き、熱を出したこともあったけどそれはもう昔の話。今じゃ多少の事では動じない鋼の心臓を手に入れた。


「テオは上手いの。アデルももう少し大人になったらその意味が分かるわ」


 上手いというのが何を示すのか、アデルにはわからなかった。大人になったら唇を合わせる事が特別な意味を持つのだと言ったらフェデリカをはじめとする女性陣に「かわいいっ」と笑われてしまった。



「アルベルトは上手いのかしら…」



 そんな事を考えて思わず赤面する。

 手や額ではない特別な口づけ。そしてその先の行為については想像の域を超えない。大人になるため、そして跡取りを残すためには必要な行為であることは十分理解している。でもそれと上手さがどう繋がるのか見当もつかない。


(いつかは私もアルベルトと…)


 現実への不安と未来への憧れ。それらを胸に、アデルは今を生きるべく歩き出した。

本日もお読みいただきありがとうございました。

本日の夜投稿はお休みさせて頂きます

次話投稿は明日13:00頃を予定しています。

よろしくお願いします。

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