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15 謂れなき噂

 その時、


「セシリアッ!!」


 既に集まっていた人垣を掻き分け飛び込んできたアルベルトが、アデルを押しのけセシリアを抱き起した。


「セシリア…大丈夫か…っ!」

「ごめんなさい…ごめんなさい……っ。アデル…様」

「アデル…っ!セシリアになんてことを…っ!」


 アルベルトがこれまで聞いたことのない大声でアデルに迫る。


「…なんてことって…私はなにも……」


 彼の剣幕に押されて思わず口ごもる。


「…君が僕にいい感情を持ってないのはわかってる。恨まれても仕方がないことを僕はしたんだから…。でも…っ、だからってこんな形で彼女を害することはないだろう! セシリアはずっと君の事を気遣ってた…っ 身重の体にも関わらず、君のためなら別れてもいいと……っ。それなのに…っ! そんな優しい人に君は……っ!」


「待って…っ 落ちついてアルベルト…私は何も…」


「惚けないでくれ!セシリアに手を上げたんだろう! 君が彼女の頬を叩いていたと教えてくれた人がいるんだ!」


「……えっ?!」


 明らかな悪意。目的も理由も分からないが、誰かがアルベルトに嘘を告げたという事実に当惑する。


「待って…っ! アルベルト!私はそんなことしてない!手なんかあげるわけないでしょ…!」

「じゃあ彼が嘘をついたとでも?そんな事をして何の得があるんだ。わざわざ僕を探してまで知らせてくれた人に…君は…っ」


「…本当に何もしてない!嘘じゃないわ!!」


「やめてくれ…っ!」


 絞り出すような声と怒りと軽蔑の眼差し。今まで見たことのないアルベルトの顔にアデルの唇が震える。


「…もしかして、彼女の堕胎を望んだのか?」

「……なっ!」


 謂れのない非難に、アデルの顔から一気に血の気が引く。


「今が一番大切な時期だって知ってたはずだ…。だから彼女に手を……」


「違う…っ!!」


「…こんなことになるなら…連れてくるんじゃなかった。君がいるなら尚更…。そもそも何故ここに? 君は夜会に参加する資格はないはずだろう。それなのに、わざわざこんな人目のつかない場所に彼女を誘い出しておいて…」


「違う!! そんなことしてない!私は彼女が話したいって言うから…っ」


「いい加減にしてくれ!もうたくさんだ…っ! 君が強引にセシリアを連れ込む所を見たと言う人が何人もいるんだぞ!」


「………ッ!?」


 何が起きているのか全く理解できなかった。

 それ以前に自分を糾弾するアルベルトの勢いに押され、言葉が全く出てこない。


「君は…変わってしまったね。昔の君はそんな人じゃなかったのに…」


 悲し気に、そして憎々し気に、アルベルトの瞳がアデルを貫く。


「残念だよ…本当に…。ちゃんとわかってもらえたと思った僕が浅はかだった」


「……」


「もう一度言う。アデル、僕はもう君を愛していない。今一番大切なのはセシリアただ一人だ。君が彼女の不幸を望み、例えそれが叶ったとしても、僕が君の元に戻ることはない。絶対に…」


「……」


 アルベルトはセシリアを抱き上げると、彼女の額に優しく口づけた。

 人垣が割れ道ができる。その中央に立ち、最後にアルベルトが冷たく言い放つ。


「…信じてなかったけど、案外噂は本当なのかもしれないな。大人になった女性は変わるというから……」


「…え?」


 つぶやくような声はざわめきにかき消され、最後まで聞き取ることが出来なかった。思わず聞き返したが、アルベルトが再びアデルを見ることはなかった。

 二人が消えた回廊には、見物人の囁く声がさざ波のように押し寄せる。一人残されたアデルの耳に、その小さな雑音は次第に容量を増し、やがて意味のある大きな塊となってアデルを押しつぶす。



「聞いた? 妊婦に対してなんてひどい事を……」

「無理もないわよ… 五年も荒んだ環境に置かれていたんだから」

「性格なんてそうそう変わるものじゃないだろう。元からじゃないのか?」

「手を上げるなんて、なんて品がない」

「やっぱりあの噂は本当なんじゃないか?」

「攫われて純潔を失ったという、あれだろう?」

「あの美しさだ。何もなかったと考える方が無理がある」

「まるで娼婦だな」

「確かに男を惑わす容貌だ」

「おかわいそうに。私だったらあんな平気な顔で人前には立てないわ」



 ざわざわ ざわざわ ざわざわ。



 囁きが津波のようにアデルを襲う。無意識に両手が両耳を覆う。

 呆然と立ち尽くすアデルの腕を誰かが強引につかんだ。顔を上げると苦虫を嚙みつぶしたような顔の父が力任せに腕を引く。そのまま引きずられるようにその場を後にすると強引に馬車に押し込まれた。向かいに座る父が、窓の外を見つめたまま、ため息交じりに口を開く。


「…お前をシュベールに送る」

「シュベール…?」


 それは北の地にある修道院の名だった。

 過去様々な理由で、社交界に身を置くことができなくなった夫人や令嬢が、家門の体裁を取り繕うために送られる、そんな場所。アデルも昔、母から一般常識程度に聞かされたが、わかっているのはここに送られたら最後、一生出る事は叶わないという事だけ。


「なぜですか…?なぜ私が…?」


「お前の醜聞が王の耳にも届いている。王女殿下の傍には置けないと…そう言われた。お前にとっても好奇の目に晒され続けるよりはその方がいいだろう」


「待ってください!醜聞って…。私が純潔を失ったと本気でお思いですか…っ?!そんなの根拠のないでたらめです!!私の体は誰にも汚されていません!!」


「お前がそう言うのであればそうなんだろう。でも誰がそれを証明するんだ。これだけ噂が大きくなればなかった事にはできない。真実かどうかなんて社交界では意味をなさない。それはお前も十分分かっているだろう?」


「……でも!」


「この醜聞は一生お前について回る。新しい縁を結ぶことはおそらく叶わないだろう。もう他に道はない」


「私に…このまま人生をあきらめろと、そうおっしゃるんですか?」


「そうは言ってない。シュベールの生活は他の修道院と比べ、かなりの好待遇だと聞いている。それに…お前は妹たちがかわいくないのか?おかしな噂のある姉のせいで婚期を逃したらどうする。お前の巻き添えであれらが不幸になるのは、お前も本意ではないだろう」


「……」


「お前に家族を想う気持ちが少しでもあるのなら…これくらいの我慢は許容の範囲だ。そうだろう? アデル」


 父の言葉にアデルは絶句した。自分もこの人の子どもであるはずなのに、なぜ……。

 無言で唇を噛みしめると、力なく座席にもたれる。

規則正しい馬の足取りにカラカラと回る車輪。アデルはその後一言も、父と言葉を交わすことはなかった。


本日もお読みいただきありがとうございました。

悲しいことが続きますが、悪いことばかりではありませんので今しばらくおつきあいくださいませ。


次話投稿は明日13:00頃を予定しています。


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いつも更新、楽しみにしています。 今後の展開もどうなるんだろうかと楽しみです! 楽しみとしか言ってないですね…すみません。 とっても楽しみです!
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