13 謝罪①
誤字脱字の報告ありがとうございました。
いつも助かっています(^^)
「あの…アデル様……」
俯き、口元に手をやりながら懸命に言葉を選んでいる様子のセシリア。
「アデル様…私 あの…、少しお話をさせて頂けないかと思って…。ここでお待ちしていればお会いできると…それで…っ 私…っ」
ようやく、勇気を振り絞るように切り出した彼女の言葉に、アデルの背筋がゾクリと粟立つ。
(どうして…?いつから……?)
ここに到着し、グレイシア様の所に向かってからずいぶん時間が経っている。今日ここにアデルが来ることは家族以外は誰も知らないはずだ。にもかかわらず、彼女はアデルを待っていた。誰かが口を滑らせればないとは言えないが、現状それを吹聴するメリットは誰にもない。
ソワール卿がアデルを庇うように前に立つ。その向こうで彼女は両手を胸元で組み、祈るようにこちらを見ている。
あの時は敢えて見なかった顔を、アデルは改めて真正面から見た。
艶やかで真っすぐな茶色の髪。例えれば、濃く入れた紅茶に少しだけミルクを垂らしたような、そんな色だろうか。前回は全体的に地味な印象だったが、今日はドレスと髪型のせいか随分華やかな印象を受ける。それでも清楚で可憐なイメージは変わらない。
前婚約者と現婚約者。
なぜ今、彼女がここにいるのかはわからないが、立場の違う二人が対峙する様は、ゴシップ好きの格好の餌でしかないだろう。アデルは小さくため息を吐くと、彼女を促す。
「話とは、なんでしょうか?」
出来れば手短に済ませたい。彼女には申し訳ないが、アデルにはそうしてまで話したいことなど何もなかった。二人の幸せを否定するつもりはないが、今はまだ素直に祝福する気にはなれない。そんなアデルの気持ちを慮れば、スルーしておいてくれるのもまた淑女の嗜みだと思う。
それなのに…、
セシリアはウルウルと目を潤ませるばかりで一向に話し出そうとしない。立ちはだかる騎士にチラチラと視線を送る様に、アデルはもう一度小さく息を吐いた。
「ソワール卿。見送りはここまでで結構です。お手数をおかけしました」
このままでは埒が明かないと判断し、アデルはソワール卿にそう告げた。
「いえ…、しかし……」
「大丈夫です。出口はすぐそこですから。彼女の話を聞いたらすぐに帰ります」
「……」
きっぱりと笑顔で言い切る。ソワール卿もそれ以上は何も言わず、小さく息を吐くと顔を伏せ、一歩下がった。
「それでは…私はここで失礼いたします」
「ええ。卿のお心遣い、感謝いたします」
カーテシーで彼を見送り、セシリアに向き直る。
「それで、お話とは何でしょうか?」
つい口調が固くなったのが自分でも分かった。でもそれくらいは許して欲しい。アデルは決して聖人ではないのだから。
「この度のアデル様のご帰還、心よりお喜び申し上げます」
美しい、とは言い難いカーテシーで、セシリアが告げた。
「先日はお話ができる状況ではありませんでしたので、今日ならお会いできるかと思いお待ちしておりました。その節の無礼をどうかお許しください」
「……いえ私の方こそ、知らぬこととはいえ醜態をお見せして、お恥ずかしい限りです」
アデルと彼女は、アルベルトがいなければ、全く接点のない間柄だ。会ったこともなければ話したこともない。こんな風に対面で無事を喜ばれるような仲では決してない。形だけだと分かる謝罪が終わり、二人の間に沈黙が流れる。
(これだけ…?)
たかがこれだけの事を言うために、この寒く暗い回廊で待っていたのだとしたら、彼女の印象は清楚と可憐に加え無垢と純真が加わるだろう。
(そんな訳ないか…)
セシリアのもじもじと言葉を選ぶような態度に、言いたいことは別にあるのだと悟った。早くこの場を去りたい気持ちを押しとどめ、水を向ける言葉を飲み込み、じっと彼女の言葉を待つ。
「あの…アデル様…。私……っ 本当にごめんなさいっ!!」
「……?!」
頭が膝につきそうなくらい深々と下げられた頭と謝罪に、アデルは目を瞠る。
「アルとの事…っ あんな事になってしまって…、本当にごめんなさい…っ!あなたから彼を奪うつもりなんて全くなかったんです!!……本当にそんなつもりはなくて…だからきちんと謝りたくて…本当にごめんなさい…っ」
声を震わせ、そう訴える彼女の告白にアデルは言葉を失った。
今日の彼女の装いは、ウエストの高い位置で切り替えられたふんわりとしたラベンダー色のドレスだ。お腹を締め付けないようにとの配慮でデザインされている事は一目瞭然だった。送り主はおそらくアルベルトだろう。時期的に今は五カ月といったところか。そろそろ安定期に入るであろう彼女の腹部は、まださほど目立つほどではなかった。
(あのお腹にアルベルトの子がいるのね…)
ぼんやりと彼女のお腹を見つめる間も、彼女は懸命に弁明を続ける。
「アルが王都に戻った際、困っていたところを偶然助けて頂きました。それ以来、気の置けない友人として過ごして参りました。当時は…こんな事になるなんて…全く思っていませんでした。本当です…!アデル様への想いもお聞きしていましたし、お二人が再会できることを心から望んでいました。でも…私が一方的にアルを好きになってしまって……っ ダメだと思いながらも自分の気持ちが抑えきれず……気持ちをお伝えして……」
「……」
「もちろんアルは断りました。自分にはアデル様がいらっしゃるから気持ちには答えられないと。私も自分の気持ちを伝えたことで納得しあきらめるつもりでいました。でもあの日…あなたの死を告げられて、絶望に打ちひしがれるアルを見ていたら慰めずにはいられなくて……っ」
カノジョハ イッタイ ナニヲ イッテ イルンダロウ。
謝罪と称して、涙ながらに二人の馴れ初めを話す現婚約者。そしてそれを聞かされる捨てられた女。あまりにシュールなこの状況にアデルは鼻白む。
おそらく彼女に悪気はないのだろう。だからといって悪気がなければ許されることはそう多くはない。無知と無垢は似ているようで全く違う。彼女は一体どちらの人間なのか。
「アルは…ずっとアデル様を想っていらっしゃいました。あなたの事が忘れられず、ずっと苦しんでいました。私は…ずっと彼の一番近くで見守ってきたので、誰よりもそれを理解しております。彼は全く悪くありません!…悪いのは全部この私なんですっ!! どうか責めるなら私を…っ!どうかこれ以上彼を苦しめないでください…お願いします…っ!!」
「……」
まだ続くのだろうか。この後は何を言うつもりなのか。
気にはなったが、これ以上は時間の無駄だと思った。
「言いたいことはそれだけですか?」
本日もお読みいただきありがとうございました。
対決!!です。
いいところですが明日に持ち越させてください。
次話投稿は明日13:00頃を予定しています。